―イケてる旦那、通称イケダン。

仕事ができて家庭への配慮も忘れず、男としての魅力にも満ち溢れている。

メディアには多くの“イケダン”たちが登場し、礼讃される。

しかし彼らは本当に、全て完璧にこなすスーパーマンなのだろうか?

外資系メーカーに勤務するユウ(29)のFacebookには最近、イケダンたちの投稿が次々に表示されるが、「いいね!」は押さないことに決めている。

その理由とは?




「いいなぁ、ユウは独身生活を謳歌してて…」

日中は半袖でも過ごせるくらい暖かい4月のある日曜日、大学時代の友人である麻理恵が深い溜息をついた。

麻理恵は、大学卒業後に外資のIT系企業に就職。大学時代から付き合っていた商社マンと3年前に結婚し、今や一児の母だ。

今日は、広尾にある彼女の家を訪れていた。

麗らかな西日が差す広いリビングには、1歳半になるという可愛い子供と、結婚と同時に飼い始めたフレンチブルドッグが、まるで兄弟のようにすやすやと寝息を立てている。

「何言っているの。麻理恵だって幸せいっぱいの生活じゃない」

3年前の結婚式に参加したとき、麻理恵はとても幸せそうに見えた。夫である慎一はかなりの人望があるようで、ハワイでの挙式だというのに数多くの友人が来ていた。

「慎一さんみたいな人、なかなかいないじゃない。羨ましいよ」

慎一とは何度か食事したことがあるが、優しくてよく気が利く男だ。斜に構えがちのユウも、「こんな人なら結婚してもいいかな」と思うくらいの好青年だった。しかし、麻理恵は顔をしかめながら言った。

「子供が生まれるまでは、確かに何事にも協力的だったんだけど…」

どうやら最近、麻理恵は悩んでいるようだ。


理想的なカップルに生じた、綻びとは?


総合職として働く麻理恵は帰宅が深夜に及ぶこともあり、結婚当初、慎一も家事分担には協力的だった。掃除は麻理恵で、洗濯は慎一。稀に早く帰れたときは麻理恵が料理を作り、慎一が片づけをしていた。

しかし子供ができ、麻理恵が産休・育休に入ると、慎一は徐々に家事をやらなくなった。

「ちょっと時間ないから、やっておいてくれる?」
「明日の朝やるから、洗い物そのままにしておいていい?」

そうした言葉を徐々に発するようになったらしい。

平日に1回、週末に1回していた洗濯はいつしか週末まで手がつけられず、料理後の片づけもしないで、食べ終わった後はソファでくつろぐ。

最初こそ麻理恵も「仕方ない」と思いながらやっていたようだが、子育てに追われるようになり、疑問を感じ始めたという。

「妻が産休・育休に入った途端、家事分担をさぼる男って多いらしいわ」

麻理恵はやれやれといった様子で、ユウが手土産に持ってきた『空也』 の最中とともに、「日本茶がなくてごめんね」と言いながら、『マリアージュ フレール』の紅茶を淹れてくれた。

友人のそんな愚痴に、まだ結婚していないユウは返答に困ってしまった。

「そうなんだ。慎一さんがそんなタイプだったとは、意外だね」

というのも、慎一が勤める会社にはユウの友人が何人かおり、皆彼のことをベタ褒めしていたのだ。その会社では家族ぐるみのバーベキューや食事会などが頻繁に開催されており、そのときの慎一の子煩悩っぷりもたびたび聞かされていた。




「ちゃんと子供を連れて来て、面倒を見てるのが偉い」

そう言って、友人たちは皆称賛していた。確かに、慎一のFacebookを見る限り、子供と行ったバーベキューや公園の投稿がよく上げられているのだ。

「そうなんだ…。慎一さんこそイケダンだと思ってたのに」

ユウが思わずそんなことを言うと、麻理恵が「イケダン!?何それ?」と反応した。


イケダンって何!?


ユウはこれまで見てきた、1,000円のランチ代を払えない上司の話や、LINEのアイコンを妻特製の手作りパンの写真にしている男の話をした。

「イケてる旦那っていう意味で、イケダン。慎一さんは、結婚しても変わらずイケてる男ってことで、イケダンかなと」

なるほどね、と麻理恵はうなずいた。そしてこう続けた。

「確かに外では、“いい旦那”に見えると思うわ。家族で参加できる会社のイベントには、必ず子供を連れて行くし…。出かけるときの子供の準備をやるのも全部私だから、負担は大きいんだけどね」

そこまで言うと、麻理恵は大きく溜息をついた。慎一は外では子煩悩な父親を演じているらしいが、実際はそうでもないようだ。

週末は、たまに外に子供を連れて行ってくれるらしいが、基本的には自分のやりたいこと優先で、家事にも子育てにも非協力的だと愚痴をこぼす。麻理恵がいくら大変そうにしていても、趣味の山登りやキャンプに行ってしまうことが多いらしい。

特に最近、育休が終わり仕事に復帰した麻理恵は、仕事と育児の両立に苦しんでいるようだ。




「それについて、慎一さんと話したりしないの?」

恐る恐る麻理恵に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「何度も言ってるわよ。そう言うと“家事代行サービス頼んでもいいよ”とか、“晩飯は外食でも構わない”って言うの。これから子供の養育費だってかかるのに、現実を見てないのよね…」

その発言に、ユウは返す言葉がなかった。



麻理恵の家を出て、ユウは改めて結婚とは一筋縄でいかないものだと実感した。あんなに仲が良さそうで、幸せそうな2人だったのに。亀裂が入っていたなんて、考えもしなかった。

慎一自身は、精一杯のことをしていると思っているかもしれない。しかし、妻にも認められる“イケダン”になるには、もう少し時間がかかりそうだ。

▶NEXT:4月30日 日曜更新予定
商社マンたちのランチ事情。マイホーム購入話にあるイケダンが思わず…!?

【これまでのイケダンたち】
vol.1 部下とのランチ代、1,000円さえ払わない。残念過ぎるイケダンの実態
vol.2 妻特製の手作りパンが口説いてくる!?既婚男性のLINEアイコンには、要注意