「人生の中で最も幸せな日」

 ドイツを破りチームをファイナルへと導いた夜、2ゴールを母に捧げたバロテッリはマイクの前で安らかにほほ笑んだ。決勝で敗れると、空をうつろう目から大粒の涙をこぼした。アズーリのジャージはなぜここまで彼に“素”の顔をさらけ出させてしまうのだろうか。

 バロテッリが素直な喜びを表現したのはドイツ戦の試合後が初めてではない。イタリア国籍を獲得した日がそれだ。18才の成人を迎えて真っ先に行なったこと、それが「イタリア人になる」ことだった。

 彼はイタリアで生まれ、イタリア人として育てられながら、バロテッリ家の一員であるために里子としての延長手続きを2年おきに踏み続けなければならなかった。登記上は“市民権を持たない移民の息子”であり、子供の頃から“外国人”として滞在許可証を手にするため警察署で列を作らなければならなかったのだ。

 ガーナ人移民のバルウアー家の長男として生まれた彼が、2歳の時にバロテッリ家へ里子に出されたのは有名な話だ。そうなったいきさつについて、実の両親とバロテッリ本人との間には見解に食い違いがある。だがバロテッリ家の養子申し出にも姿を現さず(養子となれば「イタリア人」になれた)、「今まで誕生日に電話の1本すらくれなかった」というマリオ少年が「親から捨てられた」と感じざるをえなかったのは事実だろう。

 16歳の夏、バルセロナでのテストで選手としては認められながら、「EU枠外」を理由に見送られたことも憎悪を深めることになった。彼は移民の子にもイタリア人にもなりえなかった。肌の色の違いも事態をさらに複雑にした。

 彼には自分がイタリア人であるという強い誇りがあり、イタリア代表に対する執着は尋常ではない。アズーリが自己の証であるかのように。そう考えると、今回のEUROの出だしの、柄にもない緊張とこわばりの理由が見えてくる。

 グループステージのバロテッリはいつもの彼ではなかった。前線で積極的にプレスをかけ守備にも貢献するのだが、動きは固く、思い切りもなく、肝心の絶好機を決められなかった。国内では不満の声があがった。「期待外れもいいところだ」と。また、彼が合宿所でチームメイトから浮いていると報道されたり、スタジアムでは人種差別も入り混じったブーイングを浴びせられたりもした。風向きは悪くなるばかりのように見えた。

 しかしプランデッリはセンシブルな監督だ。3戦目のアイルランド戦で、彼は試合に出られる状態にあったバロテッリをあえてスタメンから外した。ベンチに置かれる怒りを引き出して緊張を解きほぐすと同時に、彼が背負っていた責任の重荷を少し軽くするためだ。この療法が功を奏したのか、後半途中からピッチに立った彼は今大会初のゴールを決めた。

 肩の力が抜けたマリオは普段の自分を取り戻した。スペインとの決勝ではいいところがなかったが、イレブン全員が疲労困憊の中で、あれ以上何ができたというだろう。

 イタリア代表は彼のお陰もあってファイナルまで進んだ。とはいえ今大会のイタリア代表が「バロテッリのアズーリだった」とは言い切れない。真の力を出せたのはドイツ戦だけで、大会を通してチームをけん引したのはピルロ、デ・ロッシら2006年W杯優勝メンバーだった。彼にとってそのあたりが少々“不本意”だったはずだ。

 これからも波はあるだろう。性格的な不安材料もある。だが彼のよき指導者であり懐(ふところ)深いプランデッリの監督続投は朗報だ。この導き手によってブラジルまでに引き出される潜在能力はまだありそうである。

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