文政権下で、日韓の友好関係はどんどん後退していくのだろうか(写真:ロイター/Carlo Allegri)

元徴用工に対する賠償を認めた韓国・大法院(最高裁判所)の判決には、さすがに韓国政府も当惑しているようで、10月30日の段階で出されたのは李洛淵(イ・ナギョン)首相の「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていく」というコメントだけである。11月1日は文在寅(ムン・ジェイン)大統領が韓国国会で施政方針演説をしたが、判決には一切、触れなかった。

韓国政府にしてみれば大法院の判決を否定するわけにはいかない。かといって判決をそのまま認めれば日韓関係が立ち行かなくなる。身動きの取れない状態に追い込まれ、しばらくは国内世論などの動向を見極めようとしているようだ。

この判決を放置すると日韓関係は大きく傷つく

しかし、この判決を放置してしまえば、日韓関係が大きく傷つくことは間違いない。

1951年に始まった日韓の国交樹立のための交渉は、植民地支配の合法性や違法性をめぐって激しく対立するなど困難を極めたが、1965年にやっと決着し日韓基本条約と日韓請求権協定が結ばれた。

今回の裁判で焦点となった請求権問題は交渉の結果、日本からの合計5億ドルの経済支援とのバーターで、「完全かつ最終的に解決」ということになった。賠償金額を一つ一つ積み上げていけば気の遠くなるような時間と労力が必要となる。できるだけ早く日韓の国交を樹立するとともに、韓国経済を発展させようと、両国の当事者たちがぎりぎりの知恵を出し合った政治的決着だった。

その結果、元徴用工の請求権問題も日韓の間では解決済みとなり、徴用工に対する賠償などは韓国政府が対応することとなった。実際、韓国政府は1970年代と2007年に国内法を整備して元徴用工に補償金などを払っている。

植民地支配という苛烈な歴史を踏まえれば、当事者が完全に満足いくことはないだろう。しかし、隣国同士が果てしなく対立し非難し合うことも愚かなことである。お互いに妥協しながら良好な関係を維持発展させようと努めるのが、指導者の責務であり、日韓両国の歴代の首相や大統領、あるいは外交関係者らはそうした努力を積み上げてきた。

そういう意味では今回の大法院の判決は、こうした外交的資産を吹き飛ばしてしまうような内容である。

判決文を読むと、大法院の多数意見の論理は以下のような論理構成になっている。

[元徴用工らが求めているのは、未支給賃金や補償金ではなく、日本の不法な植民地支配や侵略と直結した日本企業の反人道的な強制動員に対する慰謝料だ。請求権協定の過程で日本政府は植民地支配の不法性を認めず、強制動員の法的賠償も否認している。そして、日韓請求権協定は、植民地支配の不法性にまったく言及していない。したがって不法な強制動員に対する慰謝料請求権は、「完全かつ最終的に解決」したとされる請求権協定には含まれていない。だから、日本企業は元徴用工に慰謝料を支払うべきである。]

つまり、元徴用工の慰謝料請求権というのは、すでに決着している日韓請求権協定の枠外の話であるから、認められるべきものであるという理屈だ。日本企業の賠償責任を認めるために無理やり作り出した理屈という印象がぬぐえない筋立てとなっている。

河野外相が求めた「適切な措置」とは?

植民地支配をもたらした1910年の「日韓併合条約」が合法か違法かは日韓の間で激しく論争され、結論が出なかった問題である。一致点が見いだせないからと言って国交正常化しないというわけにはいかない。結局、日韓基本条約では「大日本帝国と大韓帝国の間で締結されたすべての条約、協定はもはや無効である」というあいまいな表現で落ち着いた。これも先人たちの知恵である。

今回の判決はこの問題を蒸し返した。「植民地支配は不法である」と言えば、韓国国内では非常にウケがいい。日本に不満を持つ人たちは高く評価するだろう。

それでは日韓の溝はますます深くなるだけである。むろん日韓両国政府はそんな事態にならないよう取り組むだろうが、その道は極めて厳しいものと言わざるを得ない。

河野太郎外相は判決当日、「大臣談話」を公表した。そこでは、判決を「断じて受け入れることはできない」と強く批判した。同時に韓国政府に「適切な措置を講ずることを強く求める」と訴えた。

ここでいう「適切な措置」とは、判決で新日鐵住金が支払いを命じられた損害賠償金を、韓国が新たな国内法を制定して、韓国政府の予算で元徴用工に支払うという内容を意味している。この解決策は朴槿恵(パク・クネ)政権時代から韓国政府が日本政府に非公式に伝えていた。

当時、私が会った韓国外交部の幹部は、「仮に日本企業に支払いを命じる判決が出た場合、それを韓国政府が認めたら日韓関係はおしまいだ。したがって日韓関係に悪影響を及ぼさないよう韓国政府が代わりに払うしかない」と断言していた。

しかし、政権が保守派から進歩派の文在寅政権に代わったことで、この案はほぼ実現不可能となっている。植民地支配を不法であると断言した判決は、多くの韓国民に支持されるであろう。文在寅大統領は世論の支持率を人一倍気にするだけに、支持率低下につながるような政策はとりにくいだろう。仮に政府がやるといっても、韓国議会で与野党共に反対するため法案の成立は見込めない。

韓国内には、韓国政府が中心となって財団を設立し、賠償金を支払うという案が出ているという。その財団には日本の経済支援を受けた浦項総合製鉄(現ポスコ)や日本の政府と企業も参加するという構想だ。これも同じ理由で実現性は低い。

日本政府はいよいよとなれば、日韓請求権協定に定めた仲裁の規定に基づいて、仲裁委員会を作って協議する、あるいは最後の手段として国際司法裁判所に訴えることも示唆している。しかし、いずれも韓国政府が応じなければ実現しない話であり可能性は低い。つまり、現時点では何の展望も描けない状態である。

慰安婦問題では「和解・癒し財団」が解散へ

そんな中、韓国政府はさらに日韓関係を揺さぶる決定をしようとしている。2015年の従軍慰安婦に関する日韓合意に基づいて設立された「和解・癒し財団」を解散するというのである。

この財団に対しては韓国国民の反発が強く、理事の多くが辞任したため機能が停止してしいる。文在寅大統領は9月、安倍首相と会談した際に「韓国国民の反対で正常に機能しておらず、解決する必要がある」と述べており、遠からず解散が正式決定される見通しだ。

こうなると日韓関係は泥沼状態そのものになってしまう。難しい交渉を経て重要な合意ができても、相手が韓国であれば自分の都合で勝手に反故にされてしまうという否定的なイメージが、日本国内に強烈にできあがってしまうだろう。

文大統領は金大中氏のような決断をできるか

もはや日韓関係が決定的に悪化することを回避する方策は、文在寅大統領の勇気ある決断しかあるまい。情緒的反応をすることで知られる韓国世論、それに影響される国会議員らを相手に、批判覚悟で、これまで先人たちが積み重ねてきた日韓間の外交的資産をこれ以上壊さないための決断をするしかない。


1998年10月、日韓パートナーシップ宣言に署名後、握手する韓国の金大中大統領(左)と小渕恵三首相(写真:共同通信)

同じ進歩系の金大中大統領は、ちょうど20年前の10月、日本の国会で以下のような演説をして、満場の拍手を浴びた。

「日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含むアジア諸国の国民に、大きな犠牲と苦痛を与えました。しかし、第二次世界大戦後、日本は変わりました。世界が驚く経済成長を遂げ世界第二位の経済大国となった。日本はアジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。このように、戦前の日本と戦後の日本は実に克明な対照をなしています。私は、戦後の日本の国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に深い敬意を表する」

「両国は1500年以上に及ぶ交流の歴史を持っています。それに比べて、歴史的に不幸だったのは、約400年前に日本が韓国を侵略した7年間と、今世紀初めの植民地支配35年間であります。わずか50年にも満たない不幸な歴史のために、1500年にわたる交流と協力の歴史全体を無意味なものにするということは、実に愚かなことであります。それは長久な交流の歴史を築いてきた両国の祖先に、そして将来の子孫に対して恥ずかしく、かつ、非難されるべきことではないでしょうか」

戦後の日本を評価した韓国大統領は初めてだった。金大中大統領は、直前まで推敲に推敲を重ねたという。韓国国民から批判が出ることを覚悟のうえでの演説だった。