理屈っぽい花王"らしくない新商品"のワケ

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「必ず80点を取るが、100点以上はない」。花王は、そんな堅実な企業だった。だが今度の新商品「デオドラントZ」は違う。なぜそこまで攻めるのか。その背景には、2030年までに売上高を1.7倍、規模で世界3位(現在は7位)を目指すという「K20計画」があった――。経済ノンフィクション「企業の活路 花王」。前後編のうち前編をお届けする。

■「ビオレ」や「メリット」とは違う

「なんだか、花王さんっぽくない商品だなと思いました」

大手ドラッグストア、ウエルシア足立西新井店でビューティケア売り場を担当している田ヶ谷美穂さんは、花王の新商品・ビオレ デオドラントZの第一印象をそう語った。

今年5月初旬、店舗の入り口からすぐの「一等地」には、夏シーズンの一押し商品であるデオドラント剤、制汗剤のコーナーが設けられていた。なかでもひときわ目を引くのが、手づくりのPOPで飾られたデオドラントZが陳列された棚だ。売り場の責任者である田ヶ谷さんを取材するなかで出てきたのが冒頭の言葉。続けて聞いてみた。

――では、田ヶ谷さんの考える花王のイメージってなんですか?

「うーん。花王さんというと『ビオレ』や『メリット』など、ブランド名中心の堅い印象でした。そこがデオドラントZは違うと思いました」

――イメージに変化がありましたか。

「はい。渡辺直美さんのCMはインパクトがありますし、打ち出し方が違うと感じています」

読者の皆さんが持つ花王のイメージはどのようなものだろうか。

(左上)渡辺直美さんをCMに起用したデオドラントZ(右上)デオドラントZ を展開するウエルシア足立西新井店(下)グローバル売上高1000億円を目指す3ブランド メリーズ アタック ビオレ K20達成のカギを握るブランド戦略。日用品世界1位のP&Gはパンパース、ジレットなど10億ドル以上のブランドが20を超える。「新市場で売り上げを伸ばすには、知られたブランドで進出して成功し、そこからポートフォリオを拡大するのがセオリー」(シティグループ証券三浦信義氏)。

ソフィーナやカネボウという化粧品。特保飲料の「ヘルシア」、子ども用紙おむつの「メリーズ」。食器用洗剤の「キュキュット」、洗濯用洗剤の「アタック」など知らないうちに製品を使っているという人も多いだろう。

花王は国内日用品メーカー首位を走る。先ほど挙げたブランドも多くが国内シェア1位、もしくは上位に位置する。参入しているカテゴリー数も国内メーカー中最多だ。

経営面での安定感も際立つ。2016年12月期の売上高は1兆4500億円、利益は1800億円にのぼる。株主への増配も28期連続で、日本の全上場企業中最も長い。

ところが堅実経営で知られる花王が、昨年12月に発表した中期経営計画K20は予想に反して、大胆な内容となった。

「30年に売上高2.5兆円、うち1兆円を海外」「世界で3位の日用品メーカーになる(現在は7位前後)」

これらの数字は、率直にいってかなり高い。現状の売り上げ規模を1.7倍に成長させる。しかも売り上げの7割を占める国内市場は、今後の人口減少で苦戦が予想される。グローバルに成功するには、P&G(売上高約8兆円)、ユニリーバ(同6兆円)など先行する巨大企業と対峙しなければならない。はたして勝機はあるのか――。

(上)競合よりも高い“本拠地”売り上げ構成(左下)日用品・世界売上高ランキング(右下)花王専務執行役員兼花王グループカスタマーマーケティング社長 竹内俊昭氏

花王のこれまでの強さを知るうえで、欠かすことのできない人物がいる。竹内俊昭・専務執行役員だ。花王の販売組織をまとめるキーマンだ。まずは、竹内氏にも「花王らしさとは何か」と尋ねた。すると、「理屈っぽいところ」という答えが返ってきた。

「研究開発、マーケティング、販売戦略まで徹底して理屈を積み重ねていく。『なぜいいのか』を繰り返すことで、納得感が生まれる。販売の現場でも、商品の魅力をきちんと伝えるため、理屈っぽく説明するんです」(竹内氏)

■予測の約1.5倍も売れている

新商品であるデオドラントZにも手応えを感じている。

「当初の予測の約1.5倍売れています。社内会議で商品の説明を聞いた瞬間に売れると思った。汗腺にフタをする制汗剤ではなく、汗を蒸発させてにおいを防ぐデオドラント剤の魅力を伝えられれば、店頭でも売れると」

入社時から営業一筋。愛着のある商品は「アタック」だという。1987年の発売以来、30年にわたって花王の看板を背負ってきた代表商品だ。

「発売当時は入社7年目。大手スーパーの担当でした。アタックは初めてのコンパクト衣料用洗剤で、画期的な商品。競合さんとも競争がまだなかった。それをどこまで伸ばしていくか。追随してくる他社製品にどう対抗するか。やりがいはありました」

竹内氏には、花王専務のほかに重要な役職がある。完全子会社である「花王グループカスタマーマーケティング」の社長だ。社員数1万5000人を超える販売会社。これまで国内事業を伸ばしてきた花王の強みのひとつだ。

■卸を通さず直販するスタイル

今回の取材を始める前、花王の競合他社の社員に話を聞いた。ライバルとして花王をどのように見ているのか。

「商品はたしかにいい。けれど、うちも負けない商品はつくっている。やはり販売会社の存在で違いがでる。自社で物流までまかなうヒト、モノ、カネの圧倒的な規模によるところが大きい」(国内競合メーカー営業部統括)

「販社が持つ国内の細部にわたる販路は、我々では到底築き上げられない」(外資競合メーカー営業マネージャー)

と口を揃える。一般的な認知度は低いが、投資家筋でも「販売会社の存在は花王の強みとして定説」(クレディ・スイス証券の森将司氏)だという。

花王グループカスタマーマーケティングの組織について、簡単に説明しておこう。花王の研究開発、ブランドのマーケティングは基本的に本社が担うが、販売会社である花王グループカスタマーマーケティングも積極的にマーケティングに関わる。

全国8拠点に支社を置き、さらに各都道府県にも複数の支店を持つ。もともとは各地の卸店が出資・設立した地域販売会社が集まってできた組織だ。つまりシンプルに言うと、卸を通さない、直販するスタイルを取っている。全国各地の量販店、ドラッグストアや薬局に商品が届けられるまで、開発から物流までのすべてを自社内でカバーしているのだ。

■一気通貫の強みと弱み

「極端に言うと普通の問屋は、いま一番売りやすいものを売ればいい。でも、うちは花王の商品しかない。ブランドを育てるのは研究もマーケティングも、販売も一緒なんです」(竹内氏)

そして、膨大な顧客のデータは本社に集約され、あらゆる商品開発やマーケティングに活用される。組織が自社で完結されているため、意思決定から実行までスピーディーに実現できる。

一方で一気通貫の組織だからこその危機感を竹内氏は抱いているという。「たとえば先ほどお話ししたアタック。粉洗剤が強かった分、液体洗剤への変化に遅れてしまったという反省があります。他社の人間と接しないのも問題です。うちのグループの人間としか接しないんですよ。同じ価値観の人同士で揃ったデータを見て仕事をしている。新しいアイデアが生まれ難いのではと思うんです」

取引先からは「花王は必ず80点を取る。しかし、予想を超えるもの、100点以上はない」と言われることもあるという。

最強の販社組織と、最強であるがゆえの「改革」への躊躇――。海外に目を転じても、国内では最大の武器である販社の体制がない新天地では、強みである人海戦術を取れない。

P&Gやユニリーバといった競合は、小売店1店舗ごとへの営業に注力はしていない。ウォルマートやアマゾンなどの本社本部に直接、商品開発の段階から相談をし、販売戦略に結び付ける。その際には、営業担当だけではなくマーケティング担当と共に提案をしているのだ。花王もその手法を取り入れようとしている。

デオドラントZの開発から販売までの過程には、花王の海外事業拡大に繋がる、新しい販売モデルが見えてくる。

(後編につづく)

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花王 専務執行役員兼 花王グループカスタマーマーケティング社長 竹内俊昭
1959年、兵庫県出身。同志社大学経済学部卒業後、81年花王石鹸(現・花王)に入社。花王販売(現・花王カスタマーマーケティング)九州支社長、経営企画部門統括などを経て、16年より現職。思い出深い商品はアタック。

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(伊藤 達也 撮影=岡田晃奈、市来朋久)