1982年プレーオフMVPも…ヤケ酒をあおった大田卓司氏1981年10月に監督に就任した広岡達朗監督の「管理野球」により、体調万全で臨んだ西武のベテラン選手たちは結果を出した。ライオンズ一筋18年、1980年頃からは勝負強い打撃で「必殺仕事人」の異名を取っていた大田卓司氏もまた、当時2シーズン制だったパ・リーグ前期優勝のMVPに輝いた。そして、後期優勝の日本ハムとのプレーオフに臨むことになる。しかし、そのプレーオフ