3月特集 アスリートの春 〜卒業、そして新天地へ〜(2)

 1990年代にWBC世界バンタム級王座を3度獲得するなど、一世を風靡した日本ボクシング界のレジェンド――辰吉丈一郎。その次男・辰吉寿以輝(じゅいき)が4月16日、大阪ボディメーカーコロシアムでプロデビューする。偉大な父の背中を追い、同じ大阪帝拳ジム所属選手として一歩を踏み出す18歳は、今、何を考えているのだろうか。そして、その先に見据えるものとは――。

 4月のデビュー戦に備え、辰吉寿以輝は3月2日から13日まで、東京・神楽坂にある帝拳ジムでスパーリング主体の出稽古に励んだ。東京でのトレーニングは、昨年2月と10月に続いて3度目のこと。スパーリングを控えていたため慌ただしい取材となったが、寿以輝は時間を気にしながら淡々と質問に答えてくれた。

―― 幼少時、父親に抱えられてリングに上がったことは覚えていますか?

寿以輝:シリモンコン戦(1997年11月=シリモンコン・ナコントンパークビューに7回TKO勝ちでWBC世界バンタム級王座奪還)のときでしょ? 覚えてないです。

―― 父親の試合は映像で見ていると思いますが、どの試合が印象的ですか?

寿以輝:一番好きな試合はダニエル・サラゴサ(1996年3月=11回TKO負け、1997年4月=12回判定負け)との試合です。なぜかは自分でも分からないけれど、好きです。あとは岡部繁戦(1990年9月=4回KO勝ちで日本バンタム級王座を獲得)と、シリモンコン戦も好きです。

―― その父からは、ボクシングでのアドバイスやコーチをしてもらっていますか?

寿以輝:(父とは)ボクシングの話はしないし、教わってもいません。映像は見ているけれど、ボクシングは自分で(考えて)やっています。

―― でも、父親とボクシングスタイルは似ていますね。

寿以輝:自分では似ているとは思っていません。

 絵に描いたような淡々とした一問一答だ。だが、過去を振り返れば父親の丈一郎も、プロデビュー前後は能弁というわけではなかった。

 寿以輝は1996年8月3日、大阪府守口市で生まれた。その5ヵ月前、父親はダニエル・サラゴサ(メキシコ)の持つWBC世界スーパーバンタム級王座に挑んで11回負傷TKO負けを喫しており、寿以輝の生まれたときは再起の道を模索している最中だった。ちなみに、シリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)を倒してWBC世界バンタム級チャンピオンに返り咲いたのは、寿以輝が生まれた翌年11月のことである。

 寿以輝は幼稚園のころにボクシングを始めたが、それは、「父親の影響というわけではなく、(4歳上の)お兄ちゃんがやっていたから」という理由だった。その当時から「プロになると決めていた」というから、決意は固かったようだ。

 ただし、本格的にボクシングに取り組むようになったのは近年のことで、ジムからは85キロあった体重を20キロ落とすよう指示を受けたという。その後、減量に成功した寿以輝は、昨年11月にテレビカメラ4台・報道陣50人以上が見守る中でプロテストを受験し、C級ライセンスを獲得した。異常ともいえる注目度の高さだけに、「緊張しました」と振り返るものの、「それがプレッシャーになることはありません。逆に嬉しい」と歓迎している様子だ。父親と同じく、肝が据わっているのだろう。

 注目のデビュー戦は4月16日、父親がサラゴサ戦など数々の名勝負を演じた会場――大阪ボディメーカーコロシアム(大阪府立体育会館)で予定されている。相手はアマチュアで11戦7勝4敗、プロで3戦1勝2敗の戦績を残している岩谷忠男(神拳阪神)で、スーパーバンタム級(約55.3キロ)4回戦となる。現在、64キロの寿以輝は、残り1ヵ月で9キロの減量を強いられることになる。

 また、この日のメインカードは、WBC世界バンタム級王者・山中慎介(帝拳)の8度目の防衛戦だ。注目度は、日に日に高まっている。

―― 相手ボクサーのことはチェックしましたか?

寿以輝:プロで3戦していることぐらいしか知りません。映像はちょっと見たけれど、(どんなタイプなのか)よく分かりませんでした。

―― かつて父親がベルトを保持していたWBCバンタム級のタイトルマッチの前座というのも、何かの縁でしょうか。

寿以輝:縁? いや、それは特に感じません。たまたまだと思います。

―― デビュー戦、どんな試合をしたいと思っていますか?

寿以輝:盛り上がる試合をしたいです。

―― 特にどういう点を見てほしいですか?

寿以輝:別にないけれど、試合を見てもらえればいいです。

―― 倒して勝ちたいところですね。

寿以輝:それは倒したいです。4回をフルに戦うのではなく、早いほう(KO)がいいです。

―― 自信のあるところはどこですか?

寿以輝:右はどうか分からないけれど、左はパンチがあるほうだと思います。特に左のボディ打ちは自信があります。

―― 勝つ自信はある?

寿以輝:あります。100パーセントあります。

―― では、倒す自信も?

寿以輝:あります、あります。それも100パーセントあります。

―― ボクサーとしての目標は世界チャンピオンですか?

寿以輝:はい、世界チャンピオンです。階級は(父親と同じ)バンタム級でなくてもいいです。

 淡々と応答していた寿以輝が、質問と同時に答えを返してきたのは、「勝つ自信はあるか」「倒す自信はあるか」と聞いたときだった。「あります、あります」と、答えを重ねてきたほどだった。「気が強いのかどうか、自分では分かりません」と語る寿以輝だが、自ら腰を引いてしまう気弱なタイプでないことだけは確かなようだ。

 インタビュー後、寿以輝はプロで4戦3勝(2KO)1敗のキャリアを持つスーパーバンタム級の梶龍治(帝拳)と、4ラウンドのスパーリングに臨んだ。広めのスタンスから速い左ジャブを突き、機を見て右も打ち込む。突破口を見つけると一気に攻めかかり、左ボディブローを繰り出す姿は、父親とオーバーラップするところもある。

 スパーリングを行なっているとき、WBC世界バンタム級王者の山中がジムに訪れた。そして、自身の練習の合間に寿以輝のスパーリングを見ていた山中は、「スパーと試合は違う」と前置きしながらも、「以前に見たときよりもずっと良くなっている。試合が楽しみですね」と話した。一方、手合わせした梶は、「(寿以輝は)スピードがあり、パンチもこの階級の選手としては強い。特に左ボディブローが強く、デビュー前の選手としてはレベルが高いと思う」と評した。

 日本ボクシング界のレジェンドを父に持つ2世だけに、期待と注目度の大きい寿以輝だが、130年を超える近代ボクシング史上で親子世界王者は、フリオ・セサール・チャベス&チャベス・ジュニア親子(メキシコ)や、レオン&コーリーのスピンクス親子(アメリカ)など、6例しか記録されていない。進もうとしている道が険しいことは、間違いない。

 4月16日、それでも偉大な父の背中を追い、辰吉寿以輝がプロボクサーとしての一歩を踏み出す。


【profile】
辰吉寿以輝(たつよし・じゅいき)
1996年8月3日生まれ、大阪府出身。大阪帝拳ジム所属。2013年1月に同ジムに入門し、2014年11月にC級ライセンスを取得した。好きな選手は辰吉丈一郎、マニー・パッキャオ。身長167センチ。右ボクサーファイター。

原 功●取材・文 text by Hara Isao