2012年ロンドン五輪のミドル級金メダリストで、現在はWBC世界ミドル級24位・日本&東洋太平洋同級1位にランクされる村田諒太(28歳・三迫ジム)が、2月22日、中国特別行政区マカオでプロ3戦目を行ない、4回TKO勝ちを収めた。今回の相手は、世界タイトルに挑戦した経験を持つ36歳の強打者、カルロス・ナシメント(ブラジル)。村田はほぼ完璧な内容でナシメントを一蹴し、周囲からは、「来年後半、10戦前後で勝負(世界挑戦)の可能性もある」との声も出てきた。ただ、それまでに越えるべきハードルは、決して少なくない。

 対戦相手のナシメントは31戦28勝(23KO)3敗の戦績を残しており、ブラジルの国内王座や中南米王座を獲得した実績を持っていた選手だ。2007年には11回KOで敗れたが、WBO世界スーパーウェルター級王座に挑戦した経験もある。スピードには欠けるものの、中近距離での打ち合いに強く、試合前の村田自身は、「普通ならプロ3戦目で手合わせする相手ではないでしょう」と、ハードなマッチメークに苦笑いしていた。

 試合での村田は、改めて非凡な才能を見せ、今後の伸びしろを感じさせた。前回の試合では左ジャブの少なさが指摘されたものの、今回はその左からの切り込みも見事で、全体的にリズミカルでパンチも多彩だった。ガードを固めた小柄な相手を最も効果的なアッパーで攻略するなど、潜在的な適応能力の高さと、引き出しの多さを印象づけた。

 試合前、村田は「今回の試合だけでなく、身体を柔軟に使うことが課題」と話していたが、その点でも十分に及第点といっていい出来だった。中近距離でも確実なブロックで相手の強打を防ぎ、クリーンヒットを一発も許さず、苦しんだ2戦目とは一転して、顔には腫れひとつなく試合を終えた。ディフェンス面から見ても、合格ラインを楽々と超えた試合といっていいだろう。練習環境の整備やプロモート、マッチメークなど、幅広く全面的に村田をサポートしている帝拳プロモーションズの本田明彦代表は、「1試合で5試合分の経験を積んでいる」と愛弟子を称えたが、その言葉にもうなずけるものがある。

 しかし、あまりの完勝ゆえに、逆に不安も感じてしまう。陣営の設定する勝負の時期が、試合をするたびに前倒しになってきているからだ。昨年8月のプロデビュー時、村田本人は、「3年のスパンで自分のプロとしての将来を見極めたい」と話していた。つまり、3年前後で世界挑戦が可能な位置に到達しているかどうか――というニュアンスだった。ところが、昨年12月の2戦目の後には、「3年よりも早く勝負することになるだろう。10戦した時点でどこにいるか、それ次第」(本田氏)と変化していた。そして第3戦後の今回は、「来年後半、10戦」という具体的なラインが表に出てきたのである。

 これには、村田が契約を結んでいるアメリカの大手プロモーション会社、トップランク社のボブ・アラム・プロモーターの意向が大きく反映されている。アラム氏は1980年代にシュガー・レイ・レナード(アメリカ)やマービン・ハグラー(アメリカ)、トーマス・ハーンズ(アメリカ)といったスター選手を擁して数々のスーパーファイトを主催し、1990年代にはオスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ)をトップスターの座に導いた実績を持っている。6階級制覇を成し遂げたフィリピンの英雄マニー・パッキャオも、アラム氏に見出された選手のひとりだ。その臭覚と手腕が近代のプロモーターの中で群を抜いていることは、多くの関係者が認めるところである。

 そのアラム氏は、村田を含めたロンドン五輪の金メダリスト4人と契約を交わしている。その中のひとりであるフェザー級のワシル・ロマチェンコ(26歳・ウクライナ)は、早くも3月1日にプロ2戦目で世界王座に挑戦することになっている。また、村田と同じ2月22日にマカオでリングに上がり、プロ4戦目で7回TKO勝ちを収めたフライ級の鄒市明(ゾウ・シミン=32歳・中国)に関しても、アラム氏は、「今年の11月に世界挑戦を計画している」と話している。今年83歳になるアラム氏は1980年代の3人(レナード、ハグラー、ハーンズ)や、1990年代のデラ・ホーヤのように、長期スパンで選手を育成する方法とは異なり、近年は明らかに短期スパンでのスター育成を狙っている。「自身の年齢からくる、焦りがあるのかもしれない」という、うがった見方もあるほどだ。いずれにしても、村田もこうした流れの中にいるわけで、「来年後半、10戦」というプランは、同期のロマチェンコや鄒市明と比較した場合、決して早いとは言い切れないのである。

 重要なのは、世界戦に打って出る時点で、村田がどれだけの力量を身に着けているかということだ。これは単に、スピードやパワー、耐久力だけの問題ではない。今後に予定される7戦前後で、実際の試合で起こりうる可能性のひとつひとつを埋めていかなければならないのだ。たとえば、試合中に顔面に傷を負った場合、動揺せずに対処できるかどうか。ダメージを負った劣勢の状態から巻き返すことができるかどうか。競り合った状況下でも耐えうるスタミナがあるかどうか。長身のパンチャーをどうさばくのか。スピードのあるサウスポーの強打者とどう対峙するのか......。それら課題を挙げたら、キリがないほどだ。3月1日にロマチェンコの挑戦を受けるWBO世界フェザー級王者のオルランド・サリド(33歳・メキシコ)は、「プロのボクシングに必要なのは、強靭な肉体と精神、確かな目的意識、そして経験だ」と話している。55戦のキャリアを持つ叩き上げのプロとして、サリドの言葉は十分に重みのあるものだ。

 村田の場合、具体的に分かりやすく言うならば、現在の主要4団体のミドル級世界王者たち――WBA王者ゲンナジー・ゴロフキン(31歳・カザフスタン/ドイツ、29戦全勝26KO)、WBC王者セルヒオ・マルチネス(39歳・アルゼンチン、55戦51勝28KO2敗2分)、IBF王者フェリックス・シュトルム(35歳・ドイツ、45戦39勝18KO3敗2分1無効試合)、WBO王者ピーター・クイリン(30歳・アメリカ、30戦全勝22KO)――と、対等以上にやり合える総合力を挑戦時に身に着けていなければならない。しかも期限は、「7戦前後で1年半」。このハードルは、決して低くない。むしろ、極めて高いといっていいだろう。3戦連続KOという派手な見出しに目を奪われ、背景にあるハードルの危険性を見逃してはいけない。

 今回のナシメント戦を見ても分かるように、村田がプロとして長足の進歩を遂げていることは間違いない。村田は、「今年の暮れには世界挑戦権のある位置(15位以内)にいたい」という具体的な目標を設定している。その意味でも、5月か6月に国内で予定される4戦目、そして9月にシンガポールで計画される5戦目の内容と結果は、今回の試合以上に重要となってくる。村田自身の力量アップはもちろんのこと、今後はチーム・ムラタの勝負時期の設定にも注目していきたい。

原功●文 text by Hara Isao