『僕達急行　A列車で行こう』パンフレット キャストの紹介、監督インタビューのほか、ロケ地の紹介や劇中に登場する鉄道用語の解説などを収録、映画をより楽しめるようになっている。裏表紙に「恋と仕事と好きなコト――森田芳光監督からのラストエール」とある以外は、監督の死を伝える記述は一切なしというのが粋に感じた。

写真拡大

森田芳光監督の映画には、不自然ともいえる人間関係がよく出てきました。たとえば「家族ゲーム」（1983年）における家族が横一列に並んでの食事シーンは、家族というものの不自然さを端的に示していたといえます。

男女の関係についても同様です。森田監督の劇場デビュー作である「の・ようなもの」（1981年）には、落語家の卵がフーゾク嬢と女子高生の３人でデートするというシーンがあったし、「（ハル）」（1996年）ではパソコン通信による男女の出会いという、当時としては不自然のきわみというしかない新たな人間関係が描かれていました。原作つきの作品でも、たとえば「間宮兄弟」（江國香織原作、2006年）には、オタクな兄弟がホームパーティーを企画して意中の女性を招く場面が出てきますが、その様子がどうにも不自然というかぎこちない。

そもそも恋愛自体が不自然なものなのかもしれません。いや、正確にいうなら、最初はキャラをつくったりロールプレイングしながら段階を踏んでいき、それなりに自然な関係へと落ち着くのが恋愛というものなんでしょうが、それが苦手な人は不自然なままで終わってしまうわけです、ハイ。

森田監督は新作となる「僕達急行　A列車で行こう」でもまた、どうにも不自然な男女の関係を描いています。この映画の主人公は松山ケンイチ演じる大手デベロッパーの社員と、瑛太演じる東京・蒲田の町工場の跡取り息子。２人とも熱烈な鉄道ファン、いわゆるテツです。群馬と栃木の県境を走るわたらせ渓谷鐡道で出会った２人は、その後瑛太の地元にほど近い京急大師線で再会、親交が始まります。

まあ、２人ともイケメンだからモテるわけですよ。とくに松ケンはモテモテ。勤務先の会社の社長秘書（村川絵梨）からはしょっちゅう声をかけられるし、駅でたまたま知り合ったOL（貫地谷しほり）とはちょこちょこ会っては食事をしたりしています。ただ、積極的にモーションをかける貫地谷に対し、松ケンの態度はいまいちはっきりしません。結局２人の関係は進展しないうちに、彼は福岡の九州支社へ転勤してしまいます。

「僕達急行」は森田監督がじつに“構想30余年”の末に実現したという鉄道映画です。思えば前出の「（ハル）」では、パソ通で知り合った男女が、疾走する東北新幹線の窓越しに“初対面”を果たしていたし、「間宮兄弟」には兄弟が帰省する新幹線で、車窓を眺めながら延々とウンチクを傾けあうシーンがありました。鉄道を作中で効果的に使った例としてはほかにも、夏目漱石原作の「それから」（1985年）での、主人公の心象を電車内の風景に投影したシーンも忘れがたい。

さらにさかのぼれば、森田監督は劇場デビュー前にも「水蒸気急行」と題して、鉄道の映像にラジオの音声などをかぶせるという８ミリ映画を撮っていたそうです。このあたりは、今回の「僕達急行」で松ケンが、列車に乗りながらその車窓に合った音楽にこだわっていたのと重なります。

そんな松ケンに対し、瑛太はどちらかというと、列車が動いているときに生じる音そのもの（モーター音やレールの継ぎ目を車輪が通るときの音など）を楽しみたいというタイプです。そんなふうに微妙に嗜好の異なる２人ではありますが、鉄道ファンということですぐに意気投合。ちょうど新居を探していた松ケンは、瑛太の蒲田の実家の一室に転がりこみます。

その後、松ケンは先に書いたとおり九州に転勤するのですが、福岡の彼の部屋で久々に会ったときの瑛太のはしゃぎようったらありません。松ケンも松ケンで、瑛太のために練乳をたっぷり入れた苺ミルクを用意するといった按配で、異性相手よりよっぽど恋人っぽい。松ケンはまた、九州支社で女子社員ばかりか日輪クン（戸谷公人）という同僚からも好意を抱かれるというモテっぷりです。

もちろん、イケメンたちのキャッキャッウフフばかりでなく、冒頭に書いたような男女の恋愛の行方も描かれるわけですが、こちらはすんなりとは行きません。しかし彼らはそういう状況すらも楽しんでいるようです。《いまの時代をどうたのしく生きるかみたいなもののノウハウがぼくの映画に出ている》とは、28年前の森田監督の発言（「筑紫哲也対論集　若者たちの神々　Part1」）ですが、それは今回の作品でも変わっていません。

森田監督の映画には一貫して、恋愛マニュアルだとか趣味のカタログのような側面がありました。監督のデビューと、同時期に「ポパイ」や「ホットドッグ・プレス」といった雑誌が登場したことはリンクしているようにも思えます。いわば、それら雑誌が特集で組むようなことを、映画でやろうとしたのが森田芳光という映画監督だったのではないでしょうか。最近の作品でいえば「わたし出すわ」（2009年）や「武士の家計簿」（2010年）は、お金の使い方を考えさせられるマネー特集という趣きがありましたが、「僕達特急」は鉄道特集にして、恋愛あり音楽ありと雑多なことが各シーンにちりばめられ、より雑誌っぽく感じられました。

さて、「僕達急行」の特徴としてはもうひとつ、一種のサラリーマン映画としても楽しめるということがあげられます。おそらく監督には、「社長シリーズ」から「釣りバカ日誌シリーズ」へといたる昭和のサラリーマン映画を引き継ぐという意図もあったのではないでしょうか。飄々としてどこか頼りなさげに見えるサラリーマンが、ひょんなことからビッグプロジェクトを成功に導くというストーリーは、まさにサラリーマン物の王道です。

そういえばTwitterで「ひょっとして森田監督はシリーズ物としてこの作品を構想したのではないか」という感想を見かけたのですが、実際に観て納得しました。何しろ鉄道という柱があるのだから、日本のどこでも、場合によっては海外でもロケが可能でしょう。舞台を変えながらいくらでも続編がつくれそうです。

ただ、残念なことに森田監督は昨年12月に61歳で急逝、この作品が遺作となってしまいました。願わくは森田監督の敷いたレールの上を、また才能ある監督が新たに列車を走らせてくれたらうれしいのですが。（近藤正高）

※「僕達急行」は全国の多くの劇場では４月27日（金）に上映終了してしまうようなので、観たい方はお早めに！