粉飾決算が最後に失うもの――「信用」を失った会社はなぜ立ち直れないのか
全東信の粉飾決算疑惑では、預金残高の水増しや架空債権の計上、営業権や関係会社との取引を巡る疑義など、大規模な不正会計の実態が明らかになりつつある。一方で、「20年以上も粉飾が続いていたのに、なぜ見抜けなかったのか」という疑問も少なくない。しかし、不正が発覚した後に責任論だけを語っても再発防止にはつながらない。重要なのは、監査や金融機関はどのような情報を基に判断していたのか、そして企業は粉飾によって何を失うのかという視点である。公認会計士・税理士の貝井英則氏の見解を交えながら、監査や金融機関の役割と限界、そして企業経営において最も重要な「信用」の意味について考える。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。
なぜ「20年間見抜けなかったのか」は結果論だけでは語れない
全東信事件では、「20年以上も粉飾が続いていたのに、なぜ金融機関や外部専門家は見抜けなかったのか」という疑問の声も少なくない。
確かに、これほど長期間にわたって粉飾が続いていたとすれば、監査や金融機関の審査は機能していたのかという疑問が生じる。
しかし、公認会計士・税理士の貝井英則氏(シェル総合会計事務所代表)は、「後から全容を知った立場」と「当時の限られた情報で判断する立場」は分けて考える必要があると話す。
「会計監査は、財務諸表に重要な虚偽表示がないことについて合理的な保証を与える制度ですが、すべての不正を発見できることを保証するものではありません」
過去を振り返っても、監査を受けていた上場企業で長期間にわたり粉飾が続いた事例は存在する。
「東芝では会計監査を受けていた上場企業でも長年にわたり粉飾が続きました。つまり、会計監査があるからといって、すべての不正を発見できるわけではありません」(貝井氏)
また、経営者が組織的に証拠を隠したり、偽造資料を作成したりすれば、不正の発見は一段と難しくなる。
貝井氏は「経営者が組織的に証拠を隠したり、偽造資料を作成したりすれば、不正を発見することは容易ではありません」と話す。
全東信は資本金45億円であり、会社法上は会計監査人を設置すべき規模の会社である。
「現時点では会計監査人が誰であったのか、また実際にどのような監査体制だったのかは公開資料から確認できません」(貝井氏)
そのうえで貝井氏は、今回の事案とは切り分ける必要があると前置きしつつ、実務上の課題も指摘する。
「本来会計監査人を設置すべき会社であっても監査を受けていない会社が存在することも以前から指摘されています。そのような会社では、不正や誤りを第三者が発見する機会はさらに少なくなります」
金融機関にもさまざまな判断がある
報道によれば、全東信に対する金融機関の対応は一様ではなかった。メガバンクが取引を縮小・終了した一方、地方銀行や信用組合などは融資を継続していたとされる。
この違いについても、単純に優劣で語るべきではないと貝井氏は話す。
「これだけで『メガバンクの審査能力が高かった』と結論づけることはできません。金融機関ごとに融資方針やリスク管理の考え方は異なるためです」
もっとも、結果として判断が分かれたことは事実だが、貝井氏は「異なる判断をした金融機関が存在したのであれば、その審査過程やリスク管理の考え方には、今後検証すべき点があるのかもしれません」という。
そして、最も重要なのは「結果論」で終わらせないことだという。
「『20年間見抜けなかったこと』と『20年間何もしなかったこと』は同じではありません。不正が発覚した後に『なぜ見抜けなかったのか』と言うことは簡単ですが、監査人や金融機関は、その時点で入手できた資料や証拠だけを基に判断しています。後から全容が判明した状態とは情報量が大きく異なります。結果としてメガバンクと地方銀行等で判断が分かれたのであれば、その違いがどこにあったのかを検証することは、今後の融資実務や再発防止の観点からも有意義だと思います」
毎年チェックを行っていても、その都度粉飾が更新されていたのであれば、当時の情報だけで全体像を把握することは容易ではないという。
「重要なのは、結果論で責任を論じるだけではなく、『どの時点で、どのような兆候を捉えられた可能性があったのか』という再発防止の視点で検証することだと思います」(貝井氏)
税務調査ではどう見られるのか
粉飾というと、「税務署に見つかるのではないか」と考える経営者も少なくない。しかし、税務調査の目的は適正な課税所得を把握することであり、金融機関の融資審査とは視点が異なる。
貝井氏は、利益を少なく見せる粉飾と、多く見せる粉飾では意味合いが異なると説明する。
「税務調査の目的は、適正な課税所得を把握することです。そのため、利益を少なく見せる粉飾は重点的な調査対象になります」
一方、利益を水増しする粉飾は、本来より多く税金を納めることになるため、税務調査の主たる目的とは異なる。
「利益を多く見せる粉飾は、本来より多く税金を納付することになるため、税務調査の主たる目的とは異なります。ただし、税務調査でも売掛金や預金、契約書、資金移動などを確認するため、その過程で利益水増し型の粉飾が判明することはあります」(貝井氏)
多く納めた法人税も、すぐには戻らない
利益を水増しすれば、本来より多く法人税を納めることになる。そのため、「納め過ぎた税金なのだから返してほしい」と考える経営者もいるかもしれない。しかし、粉飾決算の場合は通常の過大納付とは扱いが異なる。
貝井氏は、税法には仮装経理による過大申告について特別な制度が設けられていると説明する。
「利益を水増しして多く納付した法人税も、直ちに返還されるわけではありません。税法には仮装経理に基づく過大申告について特別な制度が設けられており、税務上も粉飾が有利にならないような仕組みとなっています」
法人税法第135条では、仮装経理に基づく過大申告が更正された場合、通常の更正とは異なる還付制度が設けられている。直ちに現金が還付されるのではなく、一定の要件のもとで税額控除などにより調整される仕組だ。これは、利益を意図的に大きく見せて金融機関から有利な融資を受け、その後に税金だけ返してもらうという不正を防ぐためだ。粉飾は資金繰りを改善するどころか、税務上も企業に重い負担を残すことになる。
資金繰りが苦しいときこそ、経営改善を選ぶ
では、資金繰りが苦しくなったとき、経営者はどう行動すべきなのだろうか。
貝井氏は、「できるだけ早い段階で金融機関や専門家へ相談すること」が最も重要だと話す。
「資金繰りは悪化してからでは選択肢が急速に減ります。一方で、事業計画や改善策を示し、現状を正しく説明すれば、返済条件の見直しや追加融資などの支援を受けられることも少なくありません。数字をごまかして時間を稼ぐよりも、現実を直視し、経営改善に取り組むことの方が、結果として会社を守ることにつながります」
金融機関も、赤字だから直ちに融資を打ち切るわけではない。事業の将来性や改善計画を示し、経営者が誠実に説明することで支援を受けられるケースは少なくない。
一方で、決算書そのものの信頼性が失われれば、融資だけでなく取引や採用など、企業活動全体に深刻な影響を及ぼす。
最後に失うのは「信用」という最大の資産
全東信事件が示した最大の教訓は、粉飾は会社を救うものではなく、経営改善を先送りする行為だということである。
報道では20年以上前から粉飾が続いていた可能性が指摘されているが、その経緯や、なぜ長期間発覚しなかったのかについては、現在も調査が続いている。また、一部では計画的な破綻ではないかとの見方もあるが、現時点では事実関係は明らかになっておらず、今後の調査結果を待つ必要がある。
貝井氏は、過去の大型粉飾事件との共通点を次のように語る。
「東芝では、将来計上すべき利益を前倒しし、本来計上すべき費用や損失を先送りする会計処理が問題となりました。オリンパスでは損失隠し、そして今回の全東信では貸借対照表全体を書き換えるような粉飾が疑われています。手口は異なりますが、『今回だけ何とかなる』という判断を繰り返した結果、企業にとって最も重要な資産である『信用』を失ったという点は共通しています」
企業経営において信用とは、金融機関からの融資だけを意味するものではない。取引先との継続的な取引、従業員の安心感、株主や投資家からの評価、地域社会からの信頼――そのすべてが信用の上に成り立っている。
一度失われた信用を取り戻すことは容易ではない。だからこそ、決算書をごまかして問題を先送りすることは、会社の未来を守るどころか、自ら最も大切な資産を失うことにつながるのである。
貝井氏は、経営者が向き合うべきものは「決算書」ではなく「現実」だと強調する。
「決算書は会社の健康診断です。悪い結果が出たときに必要なのは、数字を書き換えることではなく、原因を分析し、改善することです。粉飾は、一時的に数字を良く見せることはできても、会社そのものを良くすることはできません。経営者が向き合うべき相手は、決算書ではなく現実です。正しい決算書を基に現状を把握し、金融機関や専門家とも率直に相談しながら改善を進めることこそが、会社を長く存続させる最善の方法だと考えます」
企業経営の土台は、利益でも売上でもない。「信用」であるという。全東信事件は、その最も重要な資産を失ったとき、企業がどのような結末を迎えるのかを改めて示した。経営者に求められるのは、数字を取り繕うことではない。現実を直視し、課題を認め、改善へ踏み出す勇気である。その積み重ねこそが、企業の信用を守り、長く存続させる最大の力になるのではないだろうか。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

