Amazon が20年苦戦する食料品分野 ホールフーズCEOジェイソン・ブーケル氏が再設計をめざす

記事のポイント
AmazonはホールフーズCEOのブーケル氏を食料品事業全体の責任者に任命した
食料品を軸に顧客の日常利用を深め、支出拡大を狙う戦略を進めている
即日配送やOne Grocery構想、AI活用で分断された事業統合を図っている
ジェイソン・ブーケル氏は、自身の幼少期を形作った2つの情熱について語るとき、表情が一気に明るくなる。
1つ目はガーデニングである。
「典型的なチーズヘッドだった」と、ブーケル氏はModern Retailに語っている。
7歳になる頃には、自身の言葉を借りれば「ちょっとオタクっぽい子ども」として、土から野菜を育て上げ、それを郡の品評会に出品していた。毎年、新しい作物に挑戦することを自分に課していたという。
コンピューターとの出会いが導いたテクノロジーと小売の融合
もう1つの大きな関心はコンピューターだった。
中学1年生のとき、地元の学区でコンピューターサポートを行う仕事に就いたのが最初の職歴である。その後、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で情報科学を学び、1999年に卒業した。卒業後はビジネスコンサルティングの世界に入り、最初のクライアントは食料品店だった。
この仕事を通じて、食料品小売のスキルを磨いたとブーケル氏は振り返る。
「私にとって、それは本当に楽しい仕事だった」。生涯にわたる食材や料理への関心と、食料品小売は強く響き合っていた。
一方で、食料品ビジネスは彼にとって大きな挑戦でもあった。極めて薄い利益率、傷みやすい在庫、複雑なサプライチェーンを抱えるこの分野は、「小売のなかでもおそらくもっとも難しいセグメント」であり、だからこそ改善に携わる価値があると感じたという。
ホールフーズでの躍進とAmazon買収後の中核的役割
この経験が、10年以上の忠実な顧客でもあったホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)への転身につながった。2013年、テキサス州オースティンに本拠を置く自然食品スーパーに、最高情報責任者として入社した。
この役職では、ホールフーズのデジタル事業を統括し、オンライン注文のピックアップや宅配オペレーションを「ゼロから」構築した。
Amazonが2017年にこの高級食料品チェーンを137億ドル(約20550億円)で買収した時点で、ブーケル氏は最高執行責任者にまで昇進し、当時のホールフーズCEOで共同創業者でもあるジョン・マッキー氏の右腕となっていた。
マッキー氏が2022年に退任した際、後任として指名されたのがブーケル氏であり、社員向けメモでは「ジェイソンは、私自身が選んだ後継者だ」と記されていた。
Amazon全体の食料品事業を率いるキーパーソンへ
総じて、ブーケル氏は「食」と「テクノロジー」という2つの関心を、キャリアのあらゆる局面に持ち込んできた。そして今、それはこれまでで最大の役割の中心に据えられている。
2025年初め、AmazonはホールフーズCEOであるブーケル氏を、Amazon.com、Amazon Fresh店舗、レジなしコンビニのAmazon Goを含む、同社の世界全体の食料品事業の責任者に任命した。
ブーケル氏がAmazonの広大な食料品部門をどのように導くかは、同社が約20年にわたり苦戦してきた分野で、ついに本格的な成果を出せるかどうかを左右する。
Amazon Fresh店舗やオンライン配送の実験など、多額の投資を行ってきたものの、同社がほかの事業で示してきたような規模感や一体感を、食料品では実現できていない。
今、ブーケル氏には、分断されたポートフォリオを統合し、Amazonらしく、かつ収益性のある食料品モデルを構築できることを証明する役割が期待されている。
Amazonが食料品に執着する理由と巨大市場の現実
Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏はかつて競合に対し、「あなたの利益は、私のチャンスだ」と語ったことで知られる。これは、低価格と高い販売量を重視し、利益を犠牲にしてでもシェアを獲得するというAmazonの中核戦略を象徴する言葉である。
そう考えると、なぜAmazonが、極めて利益率の低い食料品売り場の制覇にこれほど執着してきたのか、疑問に思うのも無理はない。
Amazonにとって、食料品は巨大な機会である。米国では、毎年数千億ドル規模の支出が食に費やされている。それにもかかわらず、食料品はオンラインショッピング時代における数少ない未開拓領域のひとつであり続けている。
イーマーケター(eMarketer)によると、米国の食料品市場は約1.61兆ドル(約241兆5000億円)規模だが、その大半は実店舗での購入である。2024年にオンラインで行われた食料品購入は、全体の14%未満にとどまった。
インタビューで、ブーケル氏はなぜ食料品がAmazonにとって重要なのかをこう説明している。
「非常に習慣性の高い小売セグメントであるため、この分野で顧客にサービスを提供できることは重要だと考えている。特に、生鮮品を初めてAmazonで購入した顧客は、Amazon.com内での支出が増えることがわかっている。必要なものをすべて簡単にそろえられるようになるからだ」。
つまり、Amazonが食料品の攻略に成功すれば、顧客の日常生活により深く入り込み、支出を「何でもそろう店」に引き寄せることができる。
20年挑み続けても解けない「食料品の難題」
しかし、米国のオンライン消費の40%を占めるほどのeコマース支配力を持つAmazonであっても、食料品は依然として難題である。過去20年間、Amazonは数々の食料品施策を試し、そのたびに学びを得ながらも、この分野の難しさに直面してきた。
「大型店、小型店、自動化、オーガニック、非オーガニックなど、あらゆる形態を試してきたが、本質的な突破口はまだ見つかっていない」と、フォレスター(Forrester)のプリンシパルアナリストであるスチャリタ・コダリ氏は語る。
「価値を生み出せる公式を見つけられるかどうか、実験と検証を続けている段階だ」。
Amazon Freshから多業態展開へ、試行錯誤の歴史
Amazonの食料品事業の最初の試みは、2007年にシアトルでベータ版としてはじまったオンライン配送サービス「Amazon Fresh」だった。
当初は保存性の高い商品を扱い、後に生鮮品へと拡大した。その後、2時間以内配送をめざす「Prime Now」も導入したが、この単独サービスは2021年に終了し、Amazon本体に統合された。
2017年、約140億ドルを投じたホールフーズ買収は、Amazonが食料品に本気で取り組む姿勢を示す象徴的な出来事だった。現在、ホールフーズは500店舗以上を展開している。
Amazonはまた、Amazon Fresh店舗も運営しており、こちらはホールフーズよりもドリトスやペプシといった大手ブランドに軸足を置く構成となっている。
Amazon Freshは、ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out)技術の撤廃、ダッシュカートへの切り替え、クリスピー・クリームのドーナツやコーヒーステーションの導入など、数多くの変更を重ねてきた。
さらに、Amazon Goのレジなしコンビニや、都市部向けの小型ホールフーズ新業態「デイリーショップ(Daily Shop)」も展開している。
「新しいことに挑戦するときは、常に顧客から学び、理解することを重視している」と、ブーケル氏は語る。「そのコンセプトの進化や、新たな業態をどう展開するかを常に考えている」。
市場シェアは小さいが、Amazonは撤退しない
ヌメレーター(Numerator)のデータによると、Amazonの食料品投資にもかかわらず、同社の米国食料品市場シェアはごくわずかである。2024年9月時点で、ウォルマートが21%、クローガーが8.5%を占める一方、Amazonとホールフーズはいずれも1.6%にとどまっている。
ホールフーズとAmazon Freshを除いても、Amazonは年間売上高1000億ドル超(約15兆円)を誇る大規模食料品事業者である。買収後、ホールフーズの売上は40%以上成長したが、AWSが第3四半期だけで売上を20%伸ばし330億ドル(約4兆9500億円)に達したことと比べると、成長率は見劣りする。
それでも、CEOのアンディ・ジャシー氏は食料品事業への支持を明確にしている。
10月の決算説明会では、ブーケル氏主導の取り組みである、生鮮品と非食品を同時に注文できる即日配送サービスを高く評価し、「もっとも期待しているプログラムのひとつだ」と述べた。
就任後11カ月で進める改革と即日配送の拡大
就任から11カ月、ブーケル氏は強いスピード感をもって改革を進めてきた。ホールフーズとAmazon Freshの連携強化、リーダーシップチームの刷新、プライベートブランドの導入、30分配送の実験、新たな店舗形態の検証などを次々と実行している。
ブーケル氏がAmazonのグローバルな食品事業を率いる役割に就いたとき、彼は既視感を覚えたという。
新しい職務に移行する過程は、3年前にホールフーズのCEOに就任した直後の数週間を思い起こさせるものだった。当時、彼は不動産、店舗デザイン、建設プロセスといったオーガニック系食品小売の別領域について学びはじめたばかりだった。
「新しい役割に就いて30日ほどで、ここまで多くを学んだのは久しぶりだと強く感じた」と、ブーケル氏は語っている。
世界各地を自ら回り現場を把握するグローバル視察
ブーケル氏が最初に掲げた優先事項は、Amazonの食品事業が世界各地でどのように機能しているのかを、自らの目で確かめることだった。たとえばAmazonは、英国、ドイツ、日本、シンガポール、インドなどでAmazon Freshを展開している。
ブーケル氏は就任から最初の11カ月の多くを、「アジアや欧州にいるグローバルチームから、食品分野のパートナー企業に至るまで、さまざまなステークホルダーを訪問し、交流すること」に費やしたと述べている。
Amazonの広大な食品事業を再活性化させるという任務の大きさを、ブーケル氏自身も十分に理解している。
「重要なのは、我々が1つの統合されたチームとして機能することだ」と、彼は就任後11カ月を振り返って語る。「顧客のために、できるだけ迅速に価値を届けるため、非常に意欲的な目標に取り組んできた」。
生鮮品当日配送を2300都市へ拡大した即効性のある成果
その野心的な目標のひとつが、生鮮食品を含む当日配送サービスを、2025年末までに米国2300都市へ拡大することだった。Amazonは12月10日、この目標を正式に達成したと発表した。
Amazonの「日用品」事業は、ペーパータオルや電池といった非生鮮分野ではすでに圧倒的な存在感を持っている。一方で、最近の配送実験は、バナナやアボカドといった、消費者が「食品」と聞いて真っ先に思い浮かべる生鮮品の販売でも成果を上げられる可能性を示している。
Amazonによれば、当日配送の売れ筋上位10商品のうち9点がすでに生鮮品であり、インターネット調査企業のイーマーケターの主任リテールアナリストであるスカイ・カナベス氏は、「これは、買い物客がこのサービスに反応している証拠だ」と述べている。
最大の課題は分断された顧客体験の統一
一方で、Amazonの食品事業が直面する大きな課題のひとつが、顧客体験の統一である。同社は複数の食品ブランドを運営しており、それぞれに異なる価格訴求、手数料、購買体験が存在している。
「Amazon.com、Amazon Fresh、そしてホールフーズと、買い物体験の観点ではいまだに別々の存在で、全体として断片的だ」とカナベス氏は指摘する。「少しわかりにくい」とも付け加えた。
こうした状況を受け、ブーケル氏は6月に従業員宛てのメモで、ホールフーズ、Amazon Fresh、Amazon Goの各チーム間の連携を強化し、業務を簡素化する包括的な取り組みを「ワン・グロサリー(One Grocery)」と表現したと、ビジネス・インサイダー(Business Insider)は当時報じている。
「この旅路の次の章では、長期的な成果が見えるまでに、これまでとは異なる発想や働き方が求められるだろう。しかし我々は必ずその期待に応えると信じている」と、ブーケル氏は書いている。
冷静さと実行力で信頼を集めたリーダーシップ
彼と共に働いたことのある人々によれば、ブーケル氏の強みのひとつは、常に落ち着いたリーダーシップにあるという。
Amazonに約20年在籍したステファニー・ランドリー氏は、2017年にAmazonがホールフーズを買収した直後、初めてブーケル氏と出会った。当時、彼女はAmazonの食品部門のシニアリーダーとして、Prime Now配送サービスの立ち上げと運営を統括していた。
ホールフーズ買収は、Amazonにとって食品業界への最大級の進出であり、ランドリー氏は、ホールフーズ店舗をAmazonのデジタル基盤に統合し、受け取り・配送サービスを強化し、プライム会員向け特典を含めた価格引き下げを進める任務を担っていた。
当時ホールフーズのCOOだったブーケル氏が支えてくれたことで、その計画ははるかに実行可能なものに感じられたという。「彼がホールフーズをしっかり任せられる存在だと感じられたことが、とても印象に残っている」とランドリー氏は語る。
彼女はブーケル氏を、信頼でき、冷静で、有能かつ思慮深い人物だと評し、「事業にとって非常に重要な新領域を、あのような人が率いていることに大きな安心感があった」と述べている。
2019年末までに、ランドリー氏はAmazonの米国食品事業責任者に就任し、ブーケル氏は彼女の下で報告する立場となった。そして、その直後にパンデミックが発生した。
「世界的なパンデミックに直面し、食品業界は深刻な影響を受けた」とランドリー氏は振り返る。「それ以降、我々の関係は、今この瞬間に何をすべきか、どうすれば顧客を支え、従業員の安全を守れるか、という一点に強く集中するようになった」。
パンデミック下で証明された危機対応力
外出制限下で消費者が店舗に行く代わりにオンラインで食料品を注文するようになり、Amazonのネット食品事業は一気に拡大した。2020年のロックダウン最盛期には、Amazonのオンライン食品売上は3倍に跳ね上がったと、同社は当時明らかにしている。
その結果、Amazonとホールフーズには多くの課題が一気に押し寄せた。店舗を「ダークストア」、つまり配送拠点に転用すること、体温チェックの導入、マスクや手袋の配布などである。
この時期からその後にかけて、ブーケル氏は「非常に冷静で、落ち着きがあり、思慮深いリーダー」であることを示したとランドリー氏は語る。「勤勉で、集中力があり、現場に入り込み、問題の細部に踏み込むことをいとわない人物」だとも評している。
こうした問題解決志向こそが、Amazonの経営陣がブーケル氏を同社の広範な食品事業の統括に任命した理由のひとつである。
アンディ・ジャシー氏のCEO就任以降、Amazonでは徹底したコスト削減が進められており、ブーケル氏のようなシニアリーダーは、業務の簡素化と非効率の排除を使命としている。
ジャシー氏のコスト削減方針は、顧客への価格還元にもつながっていると、ブーケル氏は述べる。「ホールフーズ・マーケットでは、過去18カ月で全商品の25%以上で価格を引き下げ、プロモーションの数もほぼ倍増させた」。
競争激化のなかでAIに託す次の成長シナリオ
それでも、食品分野で存在感を高めるには、ウォルマートのような既存大手や、インスタカート(Instacart)といった新興の配送企業との厳しい競争が待ち受けている。
12月8日には、インスタカートが、チェックアウト機能を含むアプリをChatGPT内で提供すると発表し、AI企業との提携を進める最新の小売企業となった。一方、Amazonは外部AI企業との提携を公表しておらず、自社のAIプロダクト、たとえばチャットボットのルーファス(Rufus)の開発に注力している。
筋金入りのテック好きらしく、ブーケル氏は、AIがAmazonの食品事業を強化する役割について楽観的だ。たとえば、AIを活用して店舗ごとに最適な商品構成を実現する計画があるという。
彼によれば、数分しか離れていない店舗同士でも購買傾向は大きく異なり、AIはパックサイズから総菜まで、超ローカルなニーズに合わせた調整を可能にする。
「店舗単位で分析し、品ぞろえを最適化するだけでなく、サプライチェーン側でどう支えるかまで考えられるAIツールを、すでに構築している」と彼は語る。
顧客体験の面では、AIがより双方向的でパーソナライズされた買い物体験を生み出すと、ブーケル氏は描いている。将来的には、顧客が料理の写真をルーファスにアップロードすると、そこからレシピ一覧を提案できるようになるかもしれないという。
「Amazonのなかでは、すでにいくつか面白い取り組みがはじまっている。本当に、まだ序盤戦だ」と彼は語った。
[原文:Jason Buechel, the man who’s tasked with energizing Amazon’s grocery business]
Allison Smith(翻訳、編集:藏西隆介)
