インド公共放送「DD India」公式YouTubeチャンネル(@DDIndia)より

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日本を抜いて3位に

 世界最大の人口を擁するインドの国際社会におけるプレゼンスは高まる一方だ。

 豪州のシンクタンク、ローウィー研究所が9月22日に発表した実力調査「アジアパワーインデックス」2024年度版で、インドが初めて日本を抜き3位となった。この調査はアジア太平洋の27の国と地域の「経済力」「軍事力」「外交的影響力」など8つの分野を分析し、総合的な国力を評価している。首位は米国、2位は中国だ。

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 日本の総合力のポイントは前回より増加したが、購買力を含む「経済力」や人口増に起因する「将来に向けた資産」などが大きく上昇したインドに後塵を拝した形だ。

インド公共放送「DD India」公式YouTubeチャンネル(@DDIndia)より

 インドの最近の購買力には目を見張るものがある。インド自動車工業会が10月14日に発表した今年4〜9月の乗用車販売台数(出荷ベース)は、前年比1%増の208万1143台と過去最高を更新した。中間層の旺盛な消費が成長の原動力だと言われている。

 インドでは豪華な結婚式はけっして珍しくないが、中間層の拡大によりこの傾向がさらに強まることが見込まれている(8月18日付CNN)。株式市場もこのところ右肩上がりで成長を続けていることから、日本の投資家の間でもブームが起きている。

 だが「第2の中国」として世界経済を牽引する役割が期待される一方、「雇用創出力の低さ」という深刻なアキレス腱は一向に改善されていない。

サムスンの労使対立は深刻な状況

 米シティグループは7月、インドは現在の成長率(年率7%)だと年間の雇用創出が800〜900万人にとどまるが、国内労働市場に新規参入する若年層を吸収するには年間1200万人の雇用創出が必要との分析結果を示した。

 この事態を改善するため、ナレンドラ・モディ首相は「メイク・イン・インディア」政策を掲げ、海外からの直接投資を奨励している。だが、この努力が台無しになりかねない事案が発生した。

 9月9日、インド南部タミルナド州にあるサムスン電子の家電工場で従業員約1000人が賃上げなどを求めてストライキを開始した。対して、サムスン側は「地域平均の2倍近い賃金を支払っている」とした上で、ストの違法性を主張している。

 10月に入りサムスンは和解案を提示したが、従業員側がこれを拒否し、ストは2カ月目に突入した。インドにおけるサムスンの年間売上高120億ドル(約1兆7500億円)のうち、同工場は2割弱を担う。そのため、ストが長期化するにつれて業績への悪影響は避けられなくなっている。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)が現地日系企業を対象に昨年実施した調査によれば、インドにおける投資環境上のリスクとして、税制や行政手続きの複雑さに続いて「人件費の高騰」が3位となっている。

 サムスンの労使対立が長引けば、「中国に代わる投資先」との期待がしぼみ、海外からの投資に急ブレーキがかかってしまう可能性は排除できないだろう。

インドの企業のほとんどがブラック?

 インドの雇用はこれまでIT、金融などサービス業が牽引してきたが、これだけでは人口ボーナス(経済成長に有利な労働人口が増加する状態)を十分に生かすことができない。生産労働人口が世界最大であるにもかかわらず、製造業の輸出は世界19位だ。国際労働機関(ILO)によれば、製造業の雇用は6300万人に過ぎない。

 専門家は「女性の労働参加率(約30%)と正規雇用(約10%)の低さを解消するため、労働集約型製造業を育成すべきだ」と主張する(9月28日付日本経済新聞)。

 インドの今年度の製造業支援予算はわずか15億ドル(約2150億円)だ。対象もIT、製薬、自動車の3つの分野に限られている。政府は「外資頼み」を改め、サービス業から製造業全般に至るまで、成長エンジンをフル回転させるためにもっと汗をかけというわけだ。

 雇用難の影響を最も受けているのは若年層だ。経済ブームに沸くインドで、ある若い女性の過労死事件が波紋を呼んでいる。

 7月下旬、大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤングで勤務していた公認会計士の女性(26歳)が入社約4カ月後に急死した。この事件をきっかけにネット上では「インドの企業のほとんどが『ブラック』だ」とするコメントがあふれ、「買い手市場の下で就業環境の改善がおぼつかない」との嘆き節が聞こえてくる(10月10日付クーリエ・ジャポン)。

旺盛な個人消費は“砂上の楼閣”

 雇用難の若年層の間で広がる債務の急増も気がかりだ。

 消費意欲の旺盛なインドの若年層は、クレジットカードで買い物をするのが常態化しつつある。民間調査企業によれば、インドのミレニアル世代(1981年から90年代半ばまでに生まれた世代)の3分の1とZ世代(1990年代後半から2000年代生まれ)の約40%が無理な借り入れで苦境に陥っている。

 家計全体も同様の傾向だ。個人の可処分所得が経済全体の拡大ペースに追いついておらず、昨年の純金融貯蓄は40年ぶりの低水準となっている(10月6日付日本経済新聞)。

「安易な借り入れ」が支えているインドの旺盛な個人消費は“砂上の楼閣”と言っても過言ではない。若年層をはじめ国民の生活環境が改善されない限り、今後の持続的な発展は望めないのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部