ボケ防止には「匿名でネットに書き込み」は悪くない…脳神経内科医が「高齢者こそSNSを使うべし」というワケ
※本稿は、内野勝行『退屈ボケの処方箋 脳はスマホで若返る』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。
■高齢者の脳は飽きっぽくなっている
私は、デジタルの悪影響がゼロだとは言いません。
たとえば、若い方が会話で「ショウノウ」という言葉を聞いて、スマホでその意味を調べたとします。すぐに「小脳」という単語に行きつき、その意味がわかるでしょう。
しかし、このように「最短ルート」で答えにたどり着いてしまうことには、デメリットもあります。答え以外の知識を身につける機会を逃してしまうからです。
ですが、多くの情報が詰まっているシニアの脳にとっては、知識を広げるよりも、知っているけれど出てこない情報にさっとアクセスできたほうがいいはずです。
また、よくゲームやスマホなどデジタルへの依存が問題視されますが、これもシニアにとっては悪い話ではありません。
というのも、シニアの脳は集中や忍耐が苦手です。
若い脳にとっては危険な依存性も、飽きっぽいシニアの脳にとっては、集中力の欠如を助けてくれる特性になり得るということです。
■フィルターバブルは高齢者には悪いものではない
SNSなどで自分にとって都合のいい情報ばかりを見てしまい、その結果、考えが偏ってしまう「フィルターバブル」も批判されがちですが、シニアにとっては必ずしも悪くありません。
若い世代なら、たしかにさまざまな情報にバランスよく接する必要がありますが、シニアは、これまでの人生でいろいろな情報を吸収してきたはずです。また、好きな情報に接するということはドーパミンが分泌されるということでもあるので、脳にはとてもよいことです。
極端な表現をすると、集中力が落ち、ドーパミンが不足するシニアの脳にとっては、依存するような状態や好みの情報に接するような状態は、必ずしも悪いものではないのです。
もちろんよしあしは程度問題ですから、寝る時間を惜しんでスマホばかり見るようになったり、あまりに偏った考えを持ってしまうのは問題かもしれません。しかし重要なのは、シニアの脳は若者の脳とは違うので、若者にとってよくないことが、シニアにとってもよくないとは限らない点です。
ところが、今の世の中で言われているデジタルやスマホの害は使い手が若者であることが前提になっています。そのため、シニアには当てはまらないことが多いことには注意してください。
■若い頃は我慢してきた欲望を解放する
シニアになると、食欲や性欲など、さまざまな欲望が弱くなっていきます。それは平穏な日々を過ごすという意味では悪くないことですが、脳にとっては少し問題です。ドーパミンが出なくなるためです。しかし、デジタルは人目につかないところで欲望を発散させやすいのも特徴です。
日本のシニアはこれまで、欲望を抑え込んで生きてきました。自分の考えや希望よりも周囲を優先するように教育されてきたこともありますし、家族や仕事があったため、自分のことが後回しになってきたこともあるでしょう。
でも、もう我慢する必要はありません。欲望を全開にして、ドーパミンをどんどん出していきましょう。
幸いにも若いころとは違い、時間やお金には余裕があるはずです。その余裕を、がんばって働いてきたご自分へのご褒美に使ってください。
「欲望に素直になる」というと悪いイメージがあるかもしれませんが、例によって、それは若者の場合です。シニアにとってはむしろ、欲望を解放することが若さを保つ秘訣になるのです。
欲望といっても、食欲や性欲だけではありません。「他人に認められたい」という承認欲求を満たすことも、実はシニアが元気でいるためにはとても大切です。
■日常生活では満たされない承認欲求をSNSで満たす
承認欲求は、人間にとって、とても重要です。
よく、介護をしている人が、介護対象者を虐待してしまったり、ひどい場合は命を奪ってしまったりする事件が報道されます。
あのような悲惨な出来事の原因も、多くは承認欲求でしょう。介護をする人の承認欲求が満たされないから虐待に走る人が出てくるのです。
人は、人に感謝されることがモチベーションになります。介護をする人も、される側の感謝や喜ぶ顔が見られるから、介護をする気力が出てくるのです。しかし、尽くしても尽くしても「ありがとう」の一言もなく、場合によっては文句を言われてしまっては、介護をする理由などなくなってしまいます。それどころか、介護される人への憎しみが生まれてしまうというわけです。
少し話が逸れましたが、承認欲求はそれほど大切だということです。
介護と無縁のシニアでも、人に認められたり感謝されることのない生活を送っていると、徐々に生きる気力が失われていくでしょう。かといって、退職すると仕事で他人に認められる機会がなくなりますし、長く連れ添った夫婦間で承認欲求を満たすことも難しい。
そんなシニアにとっての希望がSNSです。
SNSなら手軽に他人とつながれますし、そこにやりとりも生まれます。知識が豊富なシニアなら、それを伝えることで感謝されることもあるでしょう。そうでなくても、自分の考えを世間に向かって伝えるだけでも、承認欲求はある程度満たされるはずです。
「SNSで承認欲求を満たす」というとネガティブな響きに思われるかもしれませんが、むしろ、行き場のない承認欲求を抱えたまま鬱々と過ごすほうが危険です。
とにかく始めてみてください。社会との接点もでき、自然と承認欲求は満たされるでしょう。
■テレビや新聞ばかりではなぜボケてしまうのか
もちろん、他人はテレビや新聞といった既存のメディアの中にもいます。
しかし、それらとデジタルとの決定的な違いは、ユーザーが能動的になれるかどうかです。自らの意思で動き、情報を選べるかどうかが決定的な違いです。
テレビや新聞といった既存メディアでは、基本的に情報に対しては受け身になるほかありません。能動的になれるのは、テレビのチャンネルを変えるときと、新聞をめくるときくらいです。
「テレビを見ているばかりでは、ボケてしまう」などと言われるのは、テレビが受動的なメディアだからです。情報に対して受け身でいると脳は省エネモードに入り、活性化しません。ぼんやり見ていたテレビの内容をまったく覚えていないような経験は、誰にでもあると思います。
■Facebookでニュースに一言いうのも脳を活性化する
しかし、スマホやパソコンでは、ユーザーが能動的に動かなければ情報が入ってきません。見たい情報をタップするとか、画面をスクロールするとか、ちょっとしたことですが、「自分で動いて得た情報」と「勝手に入ってきた情報」とでは、受ける刺激が違うのです。
さらに、デジタルを使えば自分から情報を発信することもできます。テレビ局を作るのは大富豪でなければ無理ですが、YouTubeにチャンネルを開設するのは、スマホ一台あれば誰でもできます。X(旧Twitter)やFacebookを使えば、誰でも自分の考えを世界中に伝えられます。
学生のころを思い出してみてください。受け身で参加した授業と、楽しみながら能動的に参加した授業とでは、後者のほうがはるかにためになったはずです。
情報との付き合い方も同じです。能動的になれるということは、脳を活性化させ、有益で新しい知識を身につけさせてくれるのです。
■匿名アカウントと論争をするのも刺激になる
シニアの他人とのコミュニケーションという観点では、デジタル独自の匿名性も非常にプラスになります。
Xをはじめ多くのSNSは、自分の名前を隠して利用することができます(実名でも大丈夫です)。こういった匿名性はSNS独自のもので、犯罪や誹謗中傷の原因になるなど、ネガティブに語られることが多いのですが、私はシニアにとってはプラスも多いと考えています。
なぜなら、匿名性があることで、他人とつながることのハードルが低くなるからです。「自分は実名でもまったくかまわない」と思える方ならいいですが、見ず知らずの他人がたくさんいるSNS上で自分の名前を、つまり自分が誰であるかを明かすことに抵抗がある人が多いのではないでしょうか? 特に、自分を抑えるように教育されてきたシニアならなおさらです。
でも、匿名性が確保されていれば、気軽に他人とコミュニケーションをとることができます。万が一、相手が怒ったり、あるいは自分が不快な思いをさせられたりしても、匿名ですからあなたであることは相手には伝わりません。
シニアにとって重要なのは、相手が匿名であってもコミュニケーションには変わりないという点です。やりとりによって脳が刺激されるのは、匿名の相手でも実名の相手でも一緒です。
ならば、ハードルの低い匿名でコミュニケーションがとれるSNSは、シニアの脳を活性化し、脳の大敵である孤独を防ぐために非常に役立つはずです。
社会との関係が弱くなってしまったシニアは、まずはSNSで、匿名で他の人とつながってみてください。そこにはいろいろな人がいます。
もちろん、心地いい人だけではないでしょう。むしろあなたにとっては不快なことや、受け入れられない意見を言っている人も多いはずです。
しかし、それも大切な新奇体験であり、脳への刺激です。ぼんやりとテレビを眺める平穏な毎日では得られない、エキサイティングな体験をしてみてください。
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内野 勝行(うちの・かつゆき)
脳神経内科医、金町駅前脳神経内科院長
帝京大学医学部医学科卒業後、都内の神経内科外来や千葉県の鏡戸病院副院長を経て現職。TBS「林先生が驚く初耳学」などの医療監修も務め、テレビ出演多数。著書・監修書には『1日1杯脳のおそうじスープ』『疲れをとりたきゃ腎臓をもみなさい』(ともにアスコム)など。
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(脳神経内科医、金町駅前脳神経内科院長 内野 勝行)