吉野家HDが、京都にある食材会社「宝産業」を子会社化した。業界を支える企業のこれまで、今後の展望とは? 写真は創業者の息子で現・副社長の井上光昌さん(筆者撮影)

吉野家ホールディングスが4月26日、京都にある宝産業の全株式を取得し、子会社化すると発表した。宝産業はラーメン店向けに麺やスープ、タレなどの商材を開発し、販売している会社だ。

吉野家ホールディングスは2016年には都内を中心にラーメン店を展開する「せたが屋」を傘下に収めており、今回の宝産業の買収でさらにラーメンに力を入れていく形になる。


こちらが宝産業の本社。ラーメン業界を支える、業界人なら誰もが知る会社だ(筆者撮影)/外部サイトでは画像をすべて見ることができません。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

宝産業とはどんな会社なのか、吉野家ホールディングスが今後ラーメンにどんな可能性を見出しているのか取材した。

札幌ラーメンに魅せられ起業

まずは宝産業の歴史から見ていこう。

【画像】吉野家が子会社化した「宝産業」。ラーメン業界関係者なら誰もが知る、京都の食材会社の「歴史」と、高いクオリティを支える「製造現場」(7枚)

創業者の井上廣さんはもともと料理人だった。北海道で食べた札幌味噌ラーメンに魅せられ、これを京都で出したら面白いのではないかと考えた。いざ試作しようとしたが、京都の製麺所に札幌系の卵麺がなかったのである。

製麺所にないなら自分で作るしかないと、札幌の西山製麺に基礎を教わり、独自の麺を作り上げた。この麺が好評で、他のお店からも声がかかるようになったのが製麺所を作るきっかけだった。こうして1970年、宝産業が誕生した。

あまりに反響が大きく、1983年、京都の伏見に工場を構えて本格稼働することになった。当時は「どさん子」の大ブームで札幌味噌ラーメンがフォーカスされていた時期で、口コミで広がっていった。

しかし、宝産業は新興で業界に殴り込みをかけた形だったので、各方面から圧力がかかった。しまいには小麦粉が手に入らなくなってしまったという。

北海道の西山製麺に再び相談すると、小麦粉を分けてくれることになった。みんなで製麺業界を大きくしていこうという西山製麺の心温まるエピソードである。


今ではスープ、タレなど幅広い商材を製造するが、最初は製麺の会社だった(筆者撮影)

一方、京都では低加水の白い麺が主流だったこともあり、これを2つ目の麺として完成させた。その頃、屋台で人気な「金ちゃんラーメン」というお店から相談が入る。

屋台が狭すぎてスープが炊けないので、宝産業の空いているスペースでスープを炊いてくれないかという依頼だった。人気の「金ちゃんラーメン」のスープは宝産業で作っているらしいと一気に噂は広がっていった。

ラーメン店の開業支援、海外に工場も

創業者の息子で現・副社長の井上光昌さんはラーメンの食べ歩きが趣味で、自作のホームページを作っていた。

このホームページで「ラーメン店の開業支援をします」という打ち出しをした。スープ・麺・タレを作って、お店の開業の手伝いをしますという内容だった。ホームページが人気だったこともあり、京都・大阪、そして関東からも声がかかるようになる。

その後、1998年関東(千葉県野田市)にも工場を作り、全国のラーメン店の商材を扱うようになる。そこでは中華料理店出身の職人たちが各店のスープの味を再現し、お店にも好評なサービスとなっていった。

「当時は脱サラしてラーメン店を始める人や異業種からラーメンに転身する人が多く、そういう人たちにとってはぴったりのサービスだったと思います。ラーメン作りのセミナーも行っていて、1週間・2週間・1カ月コースなどお店の開業支援もしてきました」(井上副社長)

その後は海外展開を行う。カナダでラーメン店を5店舗展開し、アメリカ進出の土台を作る。その後2010年にはロサンゼルスに工場を作り、アメリカのラーメン店へ商材の販売を始めた。

さらにタイ、インドネシア、フィリピン、フランスと拠点を広げ、グローバルでラーメン店を支えている。

開発担当は関西、関東にそれぞれ2人

現在は約1000社、1600店舗のラーメン店に商材を供給している。

麺は60〜70種類。10種類のスープを掛け合わせることであらゆるお店のスープに対応できる。タレも40〜50種類用意している。関西、関東にそれぞれ2人の開発担当がいて、日々各店の味を追求しているのだという。

しかし、まだまだ壁はある。プロのラーメン職人からすると、スープ工場で作るスープには「スキマ」があるという。スープの味がボケないように調整することは職人にしかできないと考えるお店も多い中、宝産業のスープをそのまま使うのではなく、お店で炊いたスープに追い足しで使うお店も数多い。

「お店でラーメンを食べる価値を出し続けるには、家で食べるラーメンと二極化していかないといけません。我々は今後も店舗用に限定して商材を磨き上げていくつもりです」(井上副社長)

吉野家ホールディングスとの縁は?

吉野家ホールディングスと宝産業の接点は広島の一軒のラーメン店だった。


吉野家ホールディングスのプレスリリース。「今後の事業ポートフォリオ戦略において、ラーメン事業を次なる柱と位置付けており」とのことだ(会社サイトより)

2019年、宝産業がスープを卸していた「ばり嗎(ばりうま)」というお店を国内外に展開している株式会社ウィズリンクを吉野家ホールディングスが買収し、ここ5年で売り上げをどんどん伸ばしていった。


「ばり嗎」のラーメンを通して宝産業の商材のクオリティが認められ、吉野家ホールディングスから声がかかった。

「吉野家ホールディングスが店舗の買収だけでなく、川上にも行くことで、ラーメンにいろんな可能性を見出していることを実感します。

個人店の中には後継者問題や値上げの問題でギブアップせざるを得ないところも増えてきています。

個人店では足りない部分を我々で補いながら、お店を大きくしていく流れを作っていきたいです」(井上副社長)


日本が世界に誇る文化となっているラーメン。それを支える企業にも、これからはもっと注目が集まっていくことだろう(筆者撮影)


吉野家ホールディングスの挑戦にも、宝産業の今後にも注目していきたい(筆者撮影)

ビジョンとして描いているのは「吉野家ホールディングスグループが提供するラーメンの杯数を世界一にすること」。

チェーン化を志している個人店と積極的に組んでいくことで、ラーメン業界をより元気にしていく考えだ。


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)