国際政治・経済の舞台におけるトルコの地政学的地位の高まりと、「脱ロシア」に向かう欧州の現状について解説します(写真:Oskanov/PIXTA)

ロシアによるウクライナ侵攻以降、国際政治・経済の舞台におけるトルコの発言力が大きくなっている。その背景には何があるのか。

近著『世界資源エネルギー入門:主要国の基本戦略と未来地図』を上梓した早稲田大学教授の平田竹男氏が、エネルギーにおけるトルコの地政学的地位の高まりと、「脱ロシア」に向かう欧州の現状について解説する。

ロシアと友好的なNATO加盟国

トルコはNATOの古くからのメンバーですが、ロシアから友好国の扱いを受けており、EUなどの対ロシア経済制裁に参加していないという独特の立場にあります。


2022年6月、トルコとロシアの外務大臣同士の会合においては、企業移転の協議がなされ、ガスプロムはじめ43のロシア企業がトルコのイスタンブールに欧州拠点を移すと報じられました。ヨーロッパからの転出を余儀なくされたロシアの企業が、トルコのイスタンブールに欧州拠点を移すということは、両国の関係を象徴する出来事と言えるでしょう。

ロシアとトルコの良好な関係の背景には、かつての領土の広さが関係しているとも言われています。もともとオスマン帝国時代のトルコは北アフリカ、中東、バルカン諸国に領土を有していました。同じくロシアもソ連時代には広大な領土を有し、またコメコン(COMECON)による経済的つながりでも多くの国を影響下に置いていました。

ロシアとトルコは、かつては「広大な領土を持つ大国」ということで共通する国なのです。私のトルコ人の友人も、よくオスマン帝国時代の話をしますし、ロシアの友人はソ連の崩壊を非常に嘆いています。そうした歴史的背景もあって、以前はクリミア戦争をした敵対国だった両国ですが、現在はエールの交換をすることも多くなっています。

そもそも、トルコは地政学的な位置づけとして、ユーラシア大陸のヨーロッパとアジアを連結する重要な位置にあります。そのため、ロシアやカスピ海諸国、そして中東からの天然ガスがパイプラインを通じてトルコを経由し、そこからヨーロッパ諸国へつながっています。現在、トルコには天然ガスパイプラインが集中しており、トルコ回廊(トルココリドー)とも呼ばれています。

「脱ロシア」で存在感が高まるトルコルート

そして、ロシアのウクライナ侵攻後、トルコの地政学的地位が飛躍的に高まりました。ヨーロッパは、ウクライナ経由のパイプラインによってロシアから輸入することが難しくなり、ロシアとドイツを直結するパイプラインの使用もストップしました。その結果、ヨーロッパが天然ガスを輸入できる方法は、基本的に次の2つの手段に限られることになりました。

1つは、カスピ海諸国であるアゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタンといった国からトルコ経由のパイプラインによって輸入する手段。もう1つはアメリカや中東などからLNG(液化天然ガス) によって輸入する手段です。

トルコはもともと国内消費のためにイランからのガスパイプラインがつながっており、さらにイラクやアラブ首長国連邦(UAE)からも、そしてエジプト、イスラエルからもトルコに向かう天然ガスのパイプラインがつながっています。

そもそもカスピ海諸国は、トルコにパイプラインがつながっていなかった時代は、輸出する際に必ずロシアを経由する必要があり、ロシアに通行料を搾取されることがありました。しかし、トルコルートが完成し、ヨーロッパへ輸出する際にロシアを通過する必要がなくなったため、カスピ海諸国にとってトルコの存在が極めて重要となったのです。

また、脱ロシアを急ぐ欧州諸国にとっても、その重要性が格段に増しています。トルコから欧州へ向かうパイプラインも充実してきており、ナブッコ(NABUCCO)はオーストリアへのパイプラインであり、TAP、ITGIはイタリアにつながるパイプラインです。これらのパイプラインが脱ロシア、脱石炭の新たなエネルギー戦略として重要視されています。

トルコからの天然ガス輸入については、イタリアは2020年12月から輸送を開始しています。ロシアによるウクライナ侵攻予測していなかったと思いますが、トルコからのパイプラインが完成していたことは、イタリアにとって幸運でした。

「平和か、それともエアコンか」

ウクライナ侵攻を受けて、イタリアは、2022年の5月から学校や公共施設で空調温度25度未満を禁止し、天然ガスの脱ロシア依存に踏み出しました。

イタリアはパイプラインがチュニジアやアルジェリアなどのアフリカ諸国とつながっていたため、ドイツなどと比べて地理的優位性がありました。しかし、産ガス国との交渉もあり、急にロシアからの天然ガス輸入を停止することはできません。そのため、代替手段が定まるまでは国民に節約を要請する必要がありました。

そこで、当時のドラギ首相が「平和か、それともエアコンか」という非常に印象的なメッセージを国民に発出したのです。イタリアのエネルギー戦略の変化を象徴するエピソードと言えるでしょう。

一方、ドイツは「ノルドストリーム」という、ドイツとロシアを直結する主力パイプラインがストップしてしまったため、エネルギー戦略で大幅な変更を余儀なくされました。

これまでのドイツは、再エネの推進や脱原発、脱石炭で世界をリードし、日本にも大きな影響を与えていました。その基盤にあったのはロシアからの天然ガスの輸入でした。しかし、そこが根本的に崩れたのです。その結果、ロシアへの依存度を上昇させてきたドイツのエネルギー戦略は、大きな転換点を迫られることになったのです。

こうしたエネルギーに対する「ロシア依存」の差は、外交・安全保障にも影響を与えます。ロシアのウクライナに侵攻に際して、ウクライナへの支援や対ロシア外交における両国の温度差に違いが生じた背景には、こうしたエネルギー安全保障の問題が影響していたことは明らかです。

このようにトルコからのパイプラインは、南ヨーロッパのイタリアやギリシャといった国々、そして、ルーマニアやブルガリア、ハンガリー、さらにはバルカンの国々にとっても脱ロシア、脱石炭を図るうえで重要な意味を持つものとなっています。

世界の天然ガスがトルコに結集

一方で、ロシアとしてもウクライナルート、ドイツ直結ルートが使えなくなった今、天然ガスをヨーロッパに輸出しようとする場合は、トルコを経由せざるをえません。

また、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタンなどのカスピ海諸国も、ロシアを通らずにヨーロッパに輸出する場合はトルコを通る必要があります。さらには、イラン、イラクもトルコを経由せざるをえず、世界の天然ガスがどんどんトルコに結集してきているのです。

このように、世界のエネルギー戦略上、トルコの存在はますます大きくなっています。いまや、パイプラインの集積するトルコ回廊のキャパシティーはウクライナルートとほぼ匹敵する規模に拡大しています。

ロシアのウクライナ侵攻を受け、トルコ回廊は今後ますますキャパシティーを増やし、より大きな存在になっていくことでしょう。今後もロシアやNATOの動向をめぐっては、トルコの動きから目が離せない理由がここにあるのです。

(平田 竹男 : 早稲田大学教授/早稲田大学資源戦略研究所所長)