コロナ禍の沈静化で正常化に向かう日本経済。さらなる飛躍のキーワードである「インバウンド」と「ナイトタイム」の実態を探る

新型コロナウィルス感染症の沈静化に伴って、日本を訪れるインバウンドが急増している。そうした訪日観光客は地方に、そして夜の街に足を伸ばすなど、コロナ前と大きく姿をかえている。『週刊東洋経済』の8月21日(月)発売号(8月26日号)では、「沸騰するインバウンド 復活するナイトタイム」を特集。実態とともに、インバウンドを取り込むノウハウなどをお伝えする。


「おい! これじゃうちの儲けが少ないじゃないか。もっと価格を引き上げておけ!」

ある企業の社長は、部下をそう怒鳴りつけた。

「とはいっても、これでも他社と比べて十分高いんですけど……」

蚊の鳴くような声で答える社員に、社長はさらに畳みかけた。

「いいんだよ。少々乗せたところで金持ちにはわからないんだから。もう100万円くらい乗せておけ」

怒鳴られた社員は罪悪感を持ちながらも、社長から言われたとおりの見積もりを渋々作成したという。

会社は儲かるがモラルが崩壊

これは、海外の富裕層を相手に、旅行をはじめとするさまざまなサービスを提供する企業の一コマ。中東の顧客から「旅行で日本に行きたい」との依頼が来たため、その見積もりを作成していたのだ。

中東の顧客ということもあり、この社員は相場より高めの金額で作成したのだが、それでもまだ安いといって怒られたわけだ。

「いくら相手が富裕層といっても、こんなことでいいのだろうか。出したい利益を初めに決めておいて、それを丸々乗せているのだから。通常のビジネスなら、ここまで頑張ってディスカウントしますというのが普通のはずなのに」と社員はため息をつく。

確かに富裕層であれば、金額を少々上乗せしたところで気づかれないかもしれない。しかも今の日本は歴史的な円安水準だ。訪日観光客にしてみれば、自国と比べて格安に映るのだろう。

そうした状況をいいことに、「ありえない値付けをしているケースは後を絶たない」とインバウンド関係者は明かす。

「確かに会社は儲かるが、モラルが崩壊している。完全にマヒしている社長にはもうついていけない」

この社員は転職を検討しているという。


富士山のふもとに…

狙われているのは、何も富裕層の訪日観光客だけではない。

「秋以降、またあのゴールデンルートが復活するのだろうか……」と、あるインバウンド関係者は心配する。

この関係者が言うゴールデンルートとは、東京から出発して富士山のふもとに立ち寄り、大阪に行って、関西国際空港からLCC(格安航空会社)で帰国するルートのこと。

新型コロナウイルス感染症が流行する前、中国からの訪日観光客が押し寄せていたときににぎわったルートだ。

当時を知るインバウンド関係者によれば、「富士山のふもとの、表通りからはわかりにくい所に、次から次へと観光バスが滑り込んでいっていた。1〜2時間後、客はキャリーケースをぱんぱんにしてバスに戻り、帰路に就いていた」という。

いったい、富士山のふもとに何があったのか。

「高級ブランド品を格安で大量に売りさばく大きな店がいくつかあった。そのすべてが実は偽物。とはいえ、本物と見まがうほど精巧にできたものばかりで、訪日観光客には人気だった」としたうえで、「立ち寄る観光客たちも偽物であることは認識していたが、かなりの安さだったため購入していたようだ」とこの関係者は明かす。

ただ、こうした店はコロナ禍で訪日観光客の入国が禁止された頃にすべて姿を消したといい、今では確認することができない。

「以前の客の大半は中国から来た人たちだった。中国の団体旅行が解禁されたことで、秋以降、再び中国からの観光客があふれるだろう。かつてほどの『爆買い』はないかもしれないが、復活する可能性はある」(関係者)

インバウンドの復活は日本経済にとって大きなインパクトだ。しかし、ここで見てきたような事業者が増えてしまうようでは、訪日観光客からの信頼を失いかねない。

(田島 靖久 : 東洋経済 記者)