監督の栗山英樹氏の右腕として侍ジャパンで奔走した城石憲之氏(右)(写真:東京スポーツ/アフロ)

日々情報がアップデートされる現代。野球のレベルは向上し、映像などトレーニングに用いる技術も発達していくなかで、コーチに求められる選手指導も大きく変化しています。2023年のWBCで侍ジャパンの内野守備・走塁兼作戦コーチを務めた城石憲之氏が、自身の選手経験や長年の選手指導を通じて得た知見をもとに、現代のプロ野球におけるコーチの理想と注意点について語ります。

※本稿は城石氏の新著『世界一のベンチで起きたこと 2023WBCで奔走したコーチの話』から一部抜粋・再構成したものです。

大きく変わった育成の手法

僕が新人としてプロ野球界に入ってから約30年、育成の手法はずいぶんと様変わりしました。

なんといっても僕らの頃はとにかく「やれ!」でしたから。でも、僕はそのおかげで長く現役を続けられたと思っているので、間違っているとまでは思いません。

でも野球の技術でも、トレーニングの分野でも、どんどん情報がアップデートされています。情報量も非常に多いです。

そもそも野球のレベル自体が飛躍的に上がっています。ピッチャーの投げる速球は150キロが当たり前。変化球の種類は増える一方です。バッターのスイングスピードも上がっていますから、打球の速度も速くなっています。

そうなると、当然その標準に追いつくために、やるべきことも変わってきます。だから、僕らも自分たちの感覚だけで選手に言ったところで、それが現在正しいかというと必ずしもそうではないことも多いのです。

「映像の活用」が昔と大きく違う点

昔と大きく違う点として、映像の活用があります。あるプロ野球選手のバッティングフォームを参考にしたいとします。昔だったらテレビ中継を録画して、再生するといった手間が必要でしたし、そこまでしたところで使える映像にならなかったかもしれません。

ところが今だったら、YouTubeで検索すればたちどころにその選手の動画がいくつもいくつも見られるでしょう。

自分のバッティングフォームを録画して確認したいと思ったら、昔ならビデオカメラで撮影してカメラの小さいモニターで見るか、テレビにつないで再生するかでした。今ならポケットに入れたスマートフォンで撮影して、すぐその場で見られます。

ただし、うまく練習に取り入れたり、効果的に活用したりするのは意外と難しいことです。

その理由は、あまりにも安易に情報が手に入るため、自分はそこにいないのに、すぐにそこへ行けてしまうと勘違いしがちなことにあります。
当たり前のことですが、やり方を知っているということと、できるということはまったく別のことです。

たとえば、翔平のバットスイングの映像があって、それを参考にフォームを真似しようとすることはできても、本当に翔平のスイングスピードやパワーを得ることはできません。翔平と同じスイングができるようになるためには、そのための筋力や柔軟性などフィジカル面が同じでないとできません。

完成品の映像を見ても、そこに至るプロセスは見えません。その当たり前のことがわからないというケースが本当に多いのです。
体づくりにしても、トレーニング方法にしても、本当に安易に映像を入手することができます。でも、トレーニングの意味を正しく理解しないと、邪魔になる筋肉を増やしかねません。

トレーニングコーチも、この時代は難しい部分があるだろうと思います。

ジェネレーションギャップは受け入れる

コーチになったばかりの頃は選手と年齢が近い「兄貴分コーチ」でしたが、いつしか親子ほどの年齢差になってしまいました。

当然ジェネレーションギャップがあるのですが、僕はそれで悩むようなことはありません。

先述のとおり、野球はレベルアップしていますから、自分の時代の常識や感覚を押しつけたところで、それが正しいとは限りません。むしろほとんどが間違いなのではないかと思います。

僕らもたぶんそうだったのでしょう。若いときにコーチングしてくれた人たちもそれを感じたと思うし、そのギャップを埋めるのはなかなか難しいです。

だから、僕は丸ごと受け入れます。自分の感覚を押しつけたところで選手たちにとっては理解不能でしょうから、僕らの時代に照らし合わせないで、今の選手たちの感覚とか、尺度をそのまま受け入れます。

自分で考えないとうまくならない

僕は、自分の現役時代について後悔していることがひとつあります。それは、もっと若い時期から自分で考えて、自分がやりたい練習をやればよかったということです。若い頃、僕はやれと言われたことを、言われたまま従順にやるタイプの選手でした。自分の思っていることとか、やりたいこととかが言えない、言いにくい環境でもありました。

僕が一軍の試合に出始めたのは、30歳手前くらいでした。その頃になってようやく、自分で考えてやりたい練習ができる環境になりました。いい選手を参考にして、その選手のようなバッティングをするには、どんな練習が必要かを考え、やってみました。

そういう練習のしかたをやってみて、そちらのほうが、成長スピードが速いことに気づきました。本来、年齢が上がると成長速度は遅くなるものですが、自発的に取り組む練習であれば、その限りではない。だとしたら、もっと若いうちから、そういう練習をしたらよかった──。

自分の目で見て、自分の心で感じた「こうなりたい」という気持ちを持って、自分の頭で考えた練習をする。そのためにコーチに相談して、アドバイスをもらって実現する。本当に上達のスピードが速くなったので、もっと早くそうすればよかった、気づくのが遅かったと悔やみました。

だからこそ、今の選手たちには、同じ後悔をしないでほしいという気持ちでコーチングしています。

自分の頭で考えないと上達しないということを教え、やりたい練習を言いやすい環境を整えています。

僕と同じような思いを抱えて現役を辞めるということだけはしてほしくないのです。
自分の頭で考えなければうまくならないという考え方は、コーチになってからも役立っています。

頼られすぎないよう一定の距離を

少しでも速く成長できるように自分の頭で考えてきたコーチ業ですが、自分がどの程度の実力を持っているのかは、よくわかりません。

目指す「理想のコーチ像」としては、頼られすぎないように一定の距離感を置きたいというのはあります。

コーチに頼りすぎると、自分の頭を使わなくなってしまいます。それでは上達のスピードを遅くするだけです。

コーチの立場として選手を見ていると、気になるところがいっぱいあります。でも、自分自身の「異変」を感知して、自分自身で修正できるようになるためには、簡単には教えないとか、気づくのを待つといったことが必要になるケースもあります。

そういうことも考えると、やはり近くに寄りすぎないのが重要です。

ファイターズやWBCで一緒だった吉井理人さんも著書『最高のコーチは、教えない。』で、「教える」という行為には数多くの危険が潜んでいることを指摘していますが、実感してきた内容が多く記述されていました。

いつでも野球の近くにいたい

現在、二軍で「チーフ」という仕事を任せてもらい、自分の専門分野である内野守備だけでなく、さらに俯瞰して全体を見ていくことになり、仕事の幅が広がりました。


フロント、スカウト、各ポジションのコーチ、トレーニングコーチやトレーナーと綿密にコミュニケーションを取りながら、若い選手たちの育成に関与していくのは、非常にやりがいを感じています。

また、それを通して、フロントと密接な接点ができたことも新鮮です。スワローズの場合は、コーチを経験した方がフロントで活躍されることも多々あり、これまでユニフォームしか着ていない僕には、そういう仕事にも関心があります。

今は、コーチとして自分の役割を果たすことに精いっぱいの日々です。ファームのみの球団が増えるといった話も聞きますが、現状NPBは12球団で、コーチ職の人数に限りもありますので、いつまで要請が続くかはわかりません。それを思うと、コーチという仕事以外に僕は何ができるのだろうかと考えてしまうことがあります。

堂々巡りになりがちな思考はいつも、「できるかできないかはともかく、できるだけ野球の近くにいられるようにしよう」という結論にたどり着きます。

若い頃、僕は自分から野球と距離を置きました。奇跡のような縁と運に恵まれて、帰りたいと熱望した野球の世界に戻ることができました。だからこの先、「いらない」と言われても、自分の意思で野球からの距離が遠くならないようでいたいと思うのです。

(城石 憲之 : 東京ヤクルトスワローズ 二軍チーフ兼守備走塁コーチ)