『ロスト・キング 500年越しの運命』© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら)

リチャード3世といえば、シェークスピアの戯曲を通じて広く知られてきた15世紀のイングランド王。

その戯曲から人々が抱いていたイメージは、自分の容姿へのコンプレックスから野心を抱くようになり、他者を欺き、陥れるような冷酷で狡獪な人物。まさに悪の権化といった人物像だった。

だが本当にそんな人物だったのだろうか? そんな疑問を抱いたひとりの主婦の勇気と情熱が、歴史を揺るがすような大発見をもたらす――。

主婦でアマチュアの歴史家が調査


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500年以上にわたって行方不明となっていたリチャード3世の遺骨が、イギリス・レスターのとある駐車場で発見されたのは2012年のこと。

調査の指揮をとったのは、2人の息子を持つ主婦で、アマチュアの歴史家だった。

歴史や考古学の専門家というわけではない彼女がなぜ英国王室の歴史を覆すような大発見を成し遂げることができたのか? そんな驚きの実話をもとに、『クィーン』などを手がけ、アカデミー賞常連監督でもある名匠スティーヴン・フリアーズ監督が、『シェイブ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンス主演で映画化。『ロスト・キング 500年越しの運命』のタイトルで9月22日より全国公開となる。

本作には、50年前に生き別れた息子を探す母親の旅路を描きだし、アメリカ・アカデミー賞で作品賞を含む主要4部門にノミネートされた、2013年のイギリス映画『あなたを抱きしめる日まで』の製作チームが参加。考えさせられるようなテーマをユーモアを交えて描き出す、優しくも温かなスタイルは本作でも健在だ。

本作の主人公は、2人の息子を持つ主婦のフィリッパ・ラングレー。別居中の夫ジョンとは円満な関係で子育ても分担していたが、会社では持病の筋痛性脳脊髄炎(ME)が理由で昇進できずに落胆していた。

「リチャード三世」を観劇し、人生が一変

だがそんなある日、息子の付き添いでシェイクスピアの「リチャード三世」を観劇したことで彼女の人生は一変する。リチャード3世にシンパシーを感じたラングレーは、夢中になってリチャード3世関連の本を読み続けた。

ヨーク朝最後の王となったリチャード3世は1485年、ヨーク家とランカスター家が王位継承をめぐって争った薔薇戦争におけるボズワースの戦いで戦死。その遺体は河に捨てられたといった風説が流布されていた。

その後、ヨーク朝からテューダー朝へと治世は変わり、1591年にシェイクスピアがテューダー朝にとっての敵であったリチャード3世を、稀代の悪役として描き出すこととなる。

そこで確立された悪名が後の世に尾を引いていたが、一方で、リチャード3世の悪名はテューダー朝の治世の中でつくられたものであるとして、彼の名誉を回復しようとする歴史愛好家もいた。そんな彼らのことは“リカーディアン (Ricardian)”と呼ばれていた。


リチャード3世に夢中になったフィリッパは、その日から彼の幻影を目撃するようになる。© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

そうした背景を知ったラングレーは、リチャード3世の汚名をはらすべく、リカーディアンたちが集まる「リチャード3世協会」への入会を決意。やがて職場を無断欠勤するほどに、真相究明にのめり込むようになったが、専門家からは「アマチュア」と鼻で笑われ、傷つくことも。

だがそれでも彼女は鋼の意志で粘り、夢をあきらめなかった。そんなある日、彼女はひょんなことからリチャード3世の遺骨が眠っているかもしれない場所について手がかりを探り当てるが――。

本作のインスピレーションとなったのは、「2人の子どもを持つ母親が駐車場で行方不明だった国王を発見」という新聞の見出しだった。

脚本を担当したジェフ・ポープは「映画化にあたり、女性たちが軽視され、無視されること。誰かに『ノー』と言われても諦めないこと。そして人から言われたことを絶対的な真実だと信じ込まないことについて描こうと意識した」と明かす。


フィリッパの情熱と努力でついに発掘作業までたどり着いたが、なかなか思い通りにはいかずに彼女を悩ませる。 © PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

ポープと共同脚本を務め、主人公の夫役で出演もしているスティーヴ・クーガンも「人々は不正を嫌い、(旧約聖書の)『ダヴィデとゴリアテ』に象徴されるように、小さな者が大きな者を打ち負かす物語を好む。本作でも、素人が権力層に対抗するという点を描いた」と付け加える。

主人公のモデルは、映画化に消極的だった

だが本作のモデルとなったフィリッパ・ラングレーは、最初から手放しで映画化を望んでいたというわけではなかったようだ。

「知らない人がやってきて『あなたの物語を描かせてください』と言われても、そんなことが実現するなんて思わないものよ。自分の人生を誰かに預けるようなもので、軽々しく了承することはできなかった」と正直な思いを吐露するラングレーだが、脚本を担当するポープとクーガンの情熱的かつ真摯な態度に少しずつ信頼を置くようになった。

本作の脚本を執筆するにあたり、ポープとクーガンはできる限り、この件に関することを隅々まで調べ上げた。彼女が出版した書籍を熟読したのはもちろんのこと、彼女が所有していた資料やEメール、関係者へのヒアリングなども入念に行った。

それはリチャード3世の遺骨の行方を“8年にもわたって調べ続けてきた”ラングレーをもってしても、「まるで調査報道の記者のように、あらゆることを深く掘り下げていった」と舌を巻くほどだった。

それゆえラングレーも「彼らがちゃんと調べてくれているんだという安心感を得ることができた。それは本当にありがたかった」と感謝の念を寄せており、「探求の中で、本当にすばらしく記憶に残る瞬間を何度か経験した。でもつらい時期もあった。このような取り組みはすべてバラ色ではないということを、スティーヴとジェフはスクリーンで描こうとしてくれた。大変なことだし、難しいこともあった」と振り返る。

ラングレーが遺骨のありかを探し当てるまでに8年の歳月が過ぎたというが、くしくも2014年に本作の構想が生まれてから映画が完成するまでも、およそ8年という歳月がたっていた。

主人公を演じるのはイギリスの女優サリー・ホーキンス。2013年の『ブルージャスミン』ではアカデミー賞助演女優賞に、2017年の『シェイプ・オブ・ウォーター』ではアカデミー賞主演女優賞にノミネートされている。そんな彼女が本作のどこに惹かれたのか。

長い年月をかけても、あきらめない気持ち

「彼女のすべてですね。彼女のような女性がこの世には必要なんです」と語るホーキンスは、「彼女は水のような存在だと感じる。決してあきらめないし、できないことには常にほかの方法を探し出す。『ノー』と言われてもけっしてあきらめない。長い年月をかけ、静かに穏やかに突き進んでいった」と評する。そしてラングレー自身もホーキンスの演技に「わたしが歩んできた10年の旅が美しくまとめられていた」と感激のコメントを寄せている。

誰がなんと言おうが、直感に導かれた自分の信念を貫き、夢を追い続けた女性の姿に思わず胸が熱くなる。

(壬生 智裕 : 映画ライター)