熊本電鉄で活躍する元東京メトロ銀座線車両にはくまもんのラッピングが施されている(筆者撮影)

熊本と聞いて何を思い浮かべるか。そう問われれば多くの人がまず挙げるであろうものはやはりあの「くまモン」か。それに次いで現在熊本地震からの復旧工事が続けられている熊本城といったあたりが、一般的なところだ。が、ここではあくまでも主役は“鉄道“。熊本の鉄道と言って思い浮かぶのは、何はなくとも熊本電鉄である。

熊本電鉄といえば、“青ガエル”の愛称で知られた旧東急5000系や旧南海22000系などかつて都市部で見かけた懐かしの車両が活躍していたことでおなじみだ。

熊本電鉄ってどんな路線?

現在は元都営三田線6000形・元東京メトロ銀座線01系(熊本電鉄では01形)・日比谷線03系(熊本電鉄では03形)が走る。こうした点はメディアでもよく取り上げられるから知っている人は多いだろう。だが、一方で熊本電鉄の路線がどんなところを走り、どのような人たちが利用しているのか、それを知る人は意外と少ないのではないか。

熊本電鉄の鉄道路線は2路線。正式ないわゆる“線路名称”では、上熊本―御代志(みよし)間の菊池線と北熊本―藤崎宮前間の藤崎線があり、両路線は北熊本駅で接続している。

だが実際の運行形態を見ると、藤崎宮前―御代志間が事実上の“本線”として直通運転を行い、上熊本―北熊本間は折り返し運転のみの“支線”。熊本の玄関口・JR熊本駅からは鹿児島本線と接続する上熊本駅が便利だが、ここはあえて熊本の中心市街地に近い藤崎宮前駅から乗ってみた。

熊本駅から藤崎宮前駅までは、タクシーを使う。駅前から乗り込んで行き先を告げると、運転手は「ああ、菊池電車の駅ね」と言う。熊本電鉄、地元では菊池電車と呼ばれているようだ。

「みなさん菊池電車、菊電と呼ぶんです。ウチはバスもやっているのですが、熊本電鉄はバス会社で、菊池電車とは別だと思われているくらいで」


熊本電鉄の中野育生運輸課長(筆者撮影)

こう笑いながら話してくれたのは、今回案内してくれた熊本電鉄鉄道事業部の中野育生運輸課長。もともと熊本電鉄の鉄道路線は、1911年に菊池軌道の路線として現在の上熊本―藤崎宮前間で開通した。

1913年には隈府(わいふ、後の菊池)まで延伸。旅客輸送もそうだが特に菊池方面の農産物を運ぶことが路線開業の最大の目的だったという。そして全通以来、熊本市と菊池市を結んで多くの貨物や旅客を運び続けてきた。

現在でも地域の玄関口

モータリゼーションの波には逆らえず利用者は減少、1986年限りで御代志―菊池間は廃止されたが、今でも終点・御代志駅のある合志市やその先の菊池市に向けての玄関口という役割は変わっていない。

「学生さんたちは菊池方面から御代志までバスで来て、電車に乗り換えています。バス路線そのものは菊池から熊本市内まで通じているのですが、だいたい学生さんの多くは乗り換えて。それで空になったバスは、ほかのお客さんを乗せて熊本市内までやってくる。うまくできているんですね」(中野課長)


熊本市街地の一角にある藤崎宮前駅(筆者撮影)

熊本市街地の一角、雑居ビルの奥まったところに小さなホームを構える藤崎宮前駅から乗ってみると、観光客や鉄道ファンの姿はほとんどなく、地元の人たちの姿ばかり。終点の御代志に近付くにつれて学生たちが少しずつ乗ってきて、ほとんどが御代志駅からバスに乗り換えていった。

まさに学生たちを中心とする地元の人たちに支えられている路線。それが熊本電鉄、いや菊池電車なのである。

ちなみに、遠方から熊本電鉄に乗ろうとやってくると、JRと接続しているということから上熊本駅を利用することが多い。そうしたことから、上熊本駅が熊本電鉄最大のターミナルと思いがちだ。

乗車人員数1位の藤崎宮前

ところが、実際には熊本電鉄で最も乗車人員が多いのは藤崎宮前駅。本線と支線が交わる北熊本駅と終点の御代志駅が続き、上熊本駅は全体で4番目。1位の藤崎宮前駅の1日1144人と比べると上熊本駅は494人と半分にも満たない(いずれも平成30年度)。少々意外に思えるが、これは熊本市街地と交通機関の位置関係による。


藤崎宮前駅は熊本電鉄で最も乗車人員が多い(筆者撮影)

熊本最大のターミナルはもちろん新幹線も乗り入れる熊本駅だが、これはあくまでも遠方から訪れる人のためのターミナルであって、市の中心市街地は熊本駅から少し離れた通町付近。熊本駅とは路面電車の熊本市電によって結ばれている。藤崎宮前駅はその通町から少し北に離れた場所にある。

「昔は藤崎宮前駅のあたりも繁華街だったんですけどね」と中野課長は言うが、いずれにしても藤崎宮前駅は熊本市街地から市北部、そして合志市や菊池市に向けての“市街地の外れのターミナル”なのだ。

「以前は上熊本駅にJRの特急が停まっていたので、沿線から福岡方面などに向かう人もよく利用していたんです。でも新幹線が通ってからはそれもなくなった。一応、三ツ石駅の近くに九州自動車道の高速バス乗り場があって、それで福岡方面まで行くことができるんですが」(中野課長)


終着の御代志駅。学生たちの姿が目立つ(筆者撮影)

三ツ石駅近くの高速バス乗り場は西合志バス停。福岡まで約90分で結ぶ。新幹線と比べれば時間はかかるが、運賃は2280円とかなりの格安。毎時3〜6本と便数も多く、学生たち若い世代の中にはバスの利用者も多いようだ。

ただ、それでもやはり熊本電鉄の鉄道路線の主だった役割は“地域の人たちの足”。そう思いながら御代志駅からの折返し電車に乗って北熊本駅にやってくると、ホームは大量の外国人観光客であふれていた。みな一様にカメラを構え、熱心に写真を撮っていた。これはいったい、どういうことなのか。

台湾人観光客のお目当ては?

「実はこのところ毎月だいたい5000人くらいの台湾人観光客が来てくれているんです。お目当ては……くまモンのラッピングの電車です」(中野課長)


北熊本駅の駅舎には外国人観光客に向けた「歓迎」の文字も(筆者撮影)

大挙して押し寄せる台湾からの観光客は、福岡空港から入って九州を周遊するツアーの途中で熊本に立ち寄る。そのツアーコースのひとつに熊本電鉄の“くまモンのラッピング電車”が含まれているというわけだ。これは同社の営業努力の成果でもあるが、やはり“くまモン”のインパクトは絶大なのである。

ところが、このフィーバーについて中野課長は「ひょうたんからコマってよく言うんですよ」と笑う。現在、熊本電鉄には3編成のくまモンのラッピング電車が走っているが、「最初は観光客を集めようとして始めたものではない」(中野課長)のだとか。

最初のラッピング電車は元都営の6000形。5編成ある6000形のうち1編成に川崎重工の新型台車「efWING」を導入したが、車体だけでは区別がつかないために“目印”としてくまモンのラッピングを施したのがはじまりだ。


元東京メトロ銀座線01系を使ったくまモンのラッピング電車(筆者撮影)

このくまモン電車第1号2014年3月に登場。以来、少しずつ注目を集めるようになったが、2016年4月には熊本地震に見舞われる。その直後の6月から走り出したのが元東京メトロ銀座線01形のくまモン電車だ。

「このときも観光というよりは、市民のみなさんを元気づけたいという思いから」(中野課長)。そしてこれまた好評を得て、少しずつ“熊本観光の目玉”になってゆく。そこで2017年10月にはもう1編成の01形もくまモンへ。この第3号車をラッピングする際には一工夫もしている。

「東京メトロさんにも相談して、どうせなら車体のベース色をメトロさんの1000系と同じレモンイエローにしようと。車内のあちこちにくまモンを配して、乗っても楽しめる車両にしました」(中野課長)

いまやファンの聖地だが…

これが見事に功を奏して、“台湾人観光客毎月5000人”というフィーバーにつながった。最初は単なる新型台車の目印にすぎなかったが、それが転じて今や熊本電鉄は知る人ぞ知るくまモンフリークの“聖地”になったというわけだ。

「いつまでもこのフィーバーが続くとは思っていません。だから新しいお客さんを開拓していく必要がある」と中野課長が話すとおり、あくまでもこうしたにぎわいは一過性。新たな魅力を創出する努力は欠かせないだろう。

ただ、地域の足「菊池電車」として長く地元の人たちに親しまれてきた熊本電鉄が地震からの復興の象徴となり、くまモンのラッピングで多くの観光客を集める――。これこそまさに、今の熊本を象徴する鉄道路線と言えるのかもしれない。