聴覚障害は「経験が人の半分」聞こえない生活で起きる課題「会話の間(ま)で、怒っていても神対応と誤解され」
日常の会話が手話中心だという佐藤悠理さんは、生まれながらに聴覚障害があり、「手話が当たり前にある世界だった」と話します。ただ、特に筆談中心のコミュニケーションでは、「感情が伝わらない」ことで行き違いが生じる場面も少なくないそうです。
【写真】「脚長い!」ミスコンで受賞歴もある佐藤さんのモデル姿(10枚目/全17枚)
生まれつきの聴覚障害 公立学校で言語獲得は難しく
── 佐藤さんは、生まれたときから聴覚障害があったそうですね。耳のことを認識されたのはいつ頃でしょうか。
佐藤さん:正直言うと、子どもの頃は耳が聞こえないという自覚がありませんでした。だから、「認識した」とはっきり言える時期がないんです。物心つく前から、私にとって手話が当たり前の環境だったし、耳のせいでそうなっていると思うこともなくて。困ることもありませんでした。
ただ、幼少期は、保育園に通いながら、0歳から就学前までの聴覚障害などがある子どもを対象にした岐阜市の児童発達支援センター「みやこ園」で、言語発達の支援を受けていました。その後、小学校から高校まで12年間は、ろう学校に通って、学校が終わると寄宿舎に帰るのが私の日常でした。その間、小学生のときは、毎週土曜日だけ公立の小学校に通っていました。友達と一緒に帰って楽しかったのを覚えていますね。
── 聴覚や言語の発達を支えるような教育を受けながら、保育園や公立小にも通われていたのですね。子ども時代、親御さんはどんなふうに佐藤さんに接していたのでしょうか。
佐藤さん:よく覚えていないのですが、両親は「将来、生活面で困ることがなく、普通に暮らせるように」と、私のことを一生懸命考えてくれていたみたいです。私の耳が聞こえなくても、言葉を覚えられるような訓練や、発音の練習をすることが必要だとわかってくれていて、いつも私の将来に役立つ情報を収集してくれていたように思います。
たとえば、当時は、耳の聞こえない子どもの教育がまだ十分ではなかったんですね。しかも、情報源といったら役所や病院しかなかったのですが、そのなかで、親はよく言語発達支援のみやこ園の情報を集めてきてくれたなぁと思うんです。おかげで、私は、口話(こうわ)といって、相手の口の形や表情を読み取る方法を学ぶことができて、そこで得た知識や工夫は自分にとって大事なコミュニケーションの基礎になっています。みやこ園に通わせてくれた両親にはすごく感謝しています。
口の動きで読み取る限界を感じた出来事
── 小学生のとき、土曜日だけ通っていた公立の小学校では、どんなふうに授業を受けたり、友達とコミュニケーションを取ったりしていましたか?
佐藤さん:授業中は、みやこ園で習った知識を総動員して、先生の口の形を一生懸命見ながら何を話しているか理解するようにしていました。先生が私に合わせて話してくれているわけではなかったので、私に背中を向けて黒板に字を書いているときなど何を言っているのかわからなくて大変でした(苦笑)。友だちとのコミュニケーションも、口の動きを見て、話の内容を読み取っていました。
── まわりの人の口の形を見ながら会話をされていたんですね。学校以外では、聴覚に障害があることで不便だと感じたことはありますか?
佐藤さん:不便さを感じたのは、大きくなってからです。子どもの頃は、まだ家と学校の往復だったから世界も狭かったと思うのですが、成長するなかで、自分のやりたいことが増えて、行動範囲や人間関係が広がったからだと思います。
たとえば、高校生のとき、夜回り先生の水谷修さんの講演会を聞きに行ったことがあるのですが、大きな会場だと話し手の方との距離があるので、口の形が読み取れないんです。そのため、私は知り合いの手話通訳士にいろいろ教えてもらって、市役所に自分で行き、手話通訳の派遣を依頼しました。もし事前に手話通訳の手配が必要だと知らなかったら、せっかく参加しても内容がわからないまま帰っていたと思います。
── 参加したい講演会があっても、手話通訳の環境がないことで、行くのをやめたり、参加しても話の内容がわからないまま残念な思いを抱えて帰ることもあるんですね。
佐藤さん:そうなんです。私はたまたま知り合いに手話通訳士がいたので、手話通訳の必要性を確認し、手配できたので、夜回り先生のお話を理解することができました。でも、今もそうですが、費用の関係で手話通訳がいる講演会は少なく、手話通訳をつけてほしいというろう者と主催者側の間でトラブルが起こることもあります。
手話通訳の費用は基本的に主催者側が負担するのですが、採算が取れないというケースも少なくないため、予算がないことを理由に断られる場合があるんです。ろう者個人から、手話通訳の公的派遣(市町村や都道府県の実施する意思疎通支援)の申請をすることもできますが、地域や派遣内容によっては認められない場合もあります。
── 講演会などでは予算の理由で手話通訳がなかったり、聴覚障害の方が自分で派遣しようとしても場合によっては認められなかったりでトラブルが生じてしまう場合もあるんですね。
佐藤さん:はい。また、私の場合、社会人になってからは、電車が遅延しても何が起きているのかわからなくて、ノートをバッグから出して質問を書き、近くにいる方に見せて聞くことも多かったです。私も手間がかかるし、急いでいるかもしれない相手を待たせることにもなって少し大変でした。
何年か経って、スマホが普及してからはずいぶんと楽になりましたけど。自分でネット検索すればわかることが多いし、誰かに聞く必要があっても「UD(ユーディ)トーク」というスマホのアプリがあって、相手が話したことを文字にしてくれて、こちらも文字を打つことで意思疎通ができるので。
ただ、文字を起こしてくれるアプリで便利にはなったけど、耳が聞こえないと、日本語によっては難しいことがあって…。私の場合は、日本語と国語の文法を理解できていると思うのですが、テキストのみのコミュニケーションでは難しさを感じることもあるんです。
同い年の聞こえる人たちの半分しか経験してない
── 聴覚に障害があることで、文字のみのコミュニケーションで、言語に難しさを感じることもあるんですね。たとえばどういうときでしょうか。
佐藤さん:会話するときって、状況や相手に合わせて言葉を選ぶ場面が多いと思うんです。そういうときに、文字おこしアプリを使ったり、筆談でコミュニケーションしようと書いたりしていると間(ま)ができてしまって、自然な会話じゃなくなってしまうんです。
── 書いているその時間が間(ま)となって、会話が止まるということでしょうか。
佐藤さん:そうです。たとえば、相手や私が怒っていたとしても、文字にすることで、感情そのものが消えてしまう。怒ってることがわからなくなるんです。だから、同い年の聞こえる人たちと同じ生活をしていても、その人たちの半分しか経験できていないなといつも感じています。
── 文字のみのコミュニケーションだと、怒りの感情も受け取りにくいし、伝わりにくいと。
佐藤さん:そうなんです。どんなに怒っていても、相手の方の文字が普通に並んでいたりすると、怒ってないようにも見えてしまう。耳が聞こえる人たちは、ムッとしたとき、話せば声の様子でわかりますよね。でも、文字だけだとわからない。書いている間に怒っている本人が冷静になってしまい、そのうち怒っている情報がなくなるというか。
怒りを声で伝えられるようになった訳
── 怒っている情報がなくなることで、言葉の行き違いが生じることもあるのでしょうか。
佐藤さん:あります。怒っていても、怒っていることがわからなくて言葉の行き違いが起きるんです。私が、相手の感情がわからないままニコニコしてしまったときとか。
逆に、私が怒るようなことを言われても、やり取りしている間、私のほうが冷静に見えるので、ニコニコ返すことで、人によっては神対応みたいに受け取られることも(苦笑)。怒る情報が途中でなくなることで、言葉や感情がすれ違うことは起こります。だから、耳が聞こえる方には、もし聴覚障害の人と会話をすることがあれば、怒ったときははっきりそう言うなどしてもらえるとありがたいです。
── 佐藤さんは、もし感情が伝わらない状況で怒りが湧いたり、悲しくなったりしたときはどうされるんですか?
佐藤さん:私の場合は、子どもの頃に発音を訓練したこともあって、言葉を発することで相手も聞き取れる場合もあるので、最近は、自分が怒っているときは、はっきりと声に出して伝えるようにしていますね。そうすると通じることが多いので、怒っていることを言うようにしています。
そのきっかけになったのが、吃音がある同世代の友人との出会いでした。そのとき、彼に手話通訳のお手伝いをしてもらったのですが、たとえば、私がムッとするようなことを言われたときにこちらが怒っている情報も一緒に伝えてもらうとこんなに楽なんだ!という経験をして。これが、私にとって人生の転機になりました。
お互いコミュニケーションで悩みを抱えていたときに出会ったのですが、当時、彼は手話を積極的に覚えてくれ、私が聞こえない音についてたくさん教えてくれました。音楽だと、どんな雰囲気の曲か、歌詞のどの部分を歌っているのか。おかげで視野がグンと広がりました。
── そんなふうに理解してくれるご友人がいると、日常が変わりそうです。
佐藤さん:はい。彼のおかげで楽しみが増えてうれしかったです。耳が聞こえても聞こえなくても、仕事もプライベートも大事にしたいという気持ちはきっと同じですよね。変に遠慮したりしないで、きちんと自分の思いを伝えることで、いつか恋愛面でもいい出会いがあるかもしれない。そんな日が来るといいなと思っています(笑)。
取材・文:たかなしまき 写真:佐藤悠理

