インリンさん
 過激な衣装と大胆な「M字開脚」で、平成のグラビア界を牽引したインリンさん(50歳・旧芸名:インリン・オブ・ジョイトイ)。

「エロテロリスト」の異名で、自立した強い女性のアイコンだった彼女も今では3児の母。

 インタビュー後半では、当時のイメージと素の自分との間で揺れ動いた葛藤、50代を迎えて再びカメラの前に立った理由、そして今日から真似できる美容と健康のメンテナンス術に迫ります。◆「ママになって素の自分に」エロテロリストのイメージとのギャップ

──前編では、電動自転車で市場へ買い出しに行くなど、リアルな生活を明かしてくださいました。きらびやかなグラビアのイメージとのギャップがとても新鮮でした。

インリン:本当に普段の私はとても地味なんですよ〜! きっと台湾の他のママさんたちのほうが派手だと思います(笑)。皆さん、おへそが出るようなトップスやピタッとしたレギンス姿で街を歩いていますからね。

──日本では「インリン・オブ・ジョイトイ」として活動されていましたが、台湾では「ひとりの母親」としての生活に、ギャップや戸惑いを覚えたことはありませんでしたか?

インリン:実は私、「◯◯ちゃんのママ」って言われた方にどこか安心した気がするんです。素の自分に戻れるというか、肩の力が抜けたというか。

当時の「インリン・オブ・ジョイトイ」は、世間に対して「強い女性」「自立した女性」というメッセージを発信するアイコン的な存在だったので、私自身も全面的に“強さ”をアピールしていました。あのM字開脚も、そういったメッセージを込めて生まれたものだったし。

◆「もうテレビには出たくない」と訴えたことも

──思えば当時の日本は、いわゆる「エビちゃんOL」などに代表される、「愛され」や「モテ」が全盛の時代でした。その中で強さやセクシーさ、主体的なエロスをアピールするインリンさんの存在に、救われた女性も多かったはずです。

インリン:そう言っていただけると嬉しいです。一方で、皆さんが抱いているイメージを「裏切らないようにしたい」と思えば思うほど、少しずつ素の自分とはかけ離れていく。そういったギャップへの葛藤は、当時はずっと抱えていましたね。

写真集がブレークしたことをきっかけにテレビのバラエティ番組にも出演するようになったのですが、当時は「写真とのイメージが違う私が、バラエティ番組に出てもいいのかな」と悩んだこともありました。

実は「もうテレビには出たくない」って事務所に言ったこともあったのですが、「出て損はないし、そこから世界が広がるかもしれない」とアドバイスをいただいて。

バラエティ番組に出演させていただくのは楽しいのですが、あの独特の緊張感の中ではいつも迷子みたいになってしまって。その点、グラビアはカメラの前に立つと、不思議と“スッ”とその世界に入り込める感じがします。

◆50歳目前で再びカメラの前で「M字開脚」した理由

──2025年には、デジタル写真集『BACK TO THE M』をリリースされ、M字開脚も披露されていましたね。50歳目前にグラビアに再び挑戦された理由は何だったのでしょうか?

インリン:カメラマンの野村誠一さんからお声をかけていただいたのが大きかったですね。かつての「エロテロリスト」といった過激さではなく、野村さんらしい上品で大人の女性のセクシーさを感じられる写真がとても好きなので、20年近く経った今、また撮っていただけるのは本当に嬉しかったです。

さらに現場のヘアメイクさんやスタイリストさんも、当時とまったく同じメンバーが集まってくださったんです。20年経ってもみんな現役で、元気で再会できた現場は、まるで同窓会みたいで感激しましたね。