川上麻衣子さん60歳、「緊張」があるから人生はおもしろい。舞台で学んだ心と体の整え方
女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。愛猫家としても知られ、一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務める川上さん(60歳)が、猫のこと、暮らしのこと、出生地であるスウェーデンのことなどをつづります。今回は、舞台公演を通して感じる「緊張」との向き合い方について。年齢を重ねたからこそ実感する体調管理の大切さや、人生を豊かにする“適度な緊張感”について語ります。

舞台公演で痛感する「体調管理」の大切さ

気持ちよく目覚めて、朝から絶好調! そう思える日は1か月に何日ありますか?
小学生の頃ならいざ知らず。思春期を過ぎて大人になってからは、なにかしら不調を感じることの方が多く、絶好調なんて稀ではないでしょうか。
私の場合、そのことに身をもって痛感せざるを得ない機会が、じつは舞台公演なのです。

しっかりと稽古を積んで、セリフを叩き込み、緊張が最高潮のなか初日を無事に開けると、あとはひたすら自分の体調をいかに千秋楽まで保てるかが重要になってきます。
毎朝ベッドで目覚めるたびに、どこかしらスッキリせずに「今日も無事に舞台に立てるのかしら…」と不安になることもしばしば。
劇場に入り観客のいない広い舞台上でアップと呼ばれる各自独特の発声やストレッチを行いながら徐々に気持ちも、身体も盛り上げていくのですが、「だるい・喉がイガイガする・ちょっと偏頭痛・腰が痛い…」などなど日々引っかかることばかり。
それでも芝居の幕は容赦なく開きます。
何年俳優の仕事をやってきても、未だ本番前にはなにかしらの不安が常にあります。
ただ最近気づいたことではありますが、私の場合、年に1回か多くて2回のスタンスで舞台の仕事を続けていることで、自分の体に向き合い、調整するよい時間となっているようなのです。
年齢とともに変わった本番前の「ルーティン」

1か月の公演後に地方を転々とする公演の場合には、ホテル暮らしとなり、乾燥による喉のケアなどさらに気を使わなくてはなりません。
若い頃であればひと晩寝れば、復活できた体力が懐かしくなります。
しかし、思い起こせば若い頃は、過信もありついつい俳優仲間と、演技論を交わし、翌日の公演に影響が出るほどに深酒をして、ふらふらになりながら芝居をした記憶があります。
それもまた楽しい思い出ではありますが。今はなにより睡眠第一に過ごし、1日をほぼ決まったルーティンで過ごすように心がけています。
同じ時刻に発声練習・ストレッチ・セリフの確認。そして本番前には、喉を潤すために日頃より多くの白湯を口にします。
これは私に関わらず多くの俳優がそれぞれのルーティンを大切にしていて、舞台上に上がるステップは必ず右足からと決めていたり、のどあめは絶対にこだわりのあるものしかなめない方もいたりします。
十人十色のこだわりがあるのが、舞台裏の俳優のおもしろさです。それもこれも、皆自分の緊張と向き合っているがための行為なのではないかと思います。
「緊張」があるからこそ、人生はおもしろい

この「緊張」。なかなかの曲者です。味方にすれば、とてもすばらしい集中力を与えてくれますが、敵となると思いどおりに動けず、震える体に萎縮してしまう危険をはらんでいます。
「自分を信じること」そして「実力以上に自分をよく見せようと思わないこと」この2つが、私が緊張をコントロールする鍵となっています。
そして意地の悪いことに、この「緊張」がないと俳優としては今ひとつものたりない表現となる気がします。
以前。歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが、あまりに伸び伸びと板の上でお芝居をされている姿に憧れ「緊張はされないのですか?」と伺ったところ、あの粋な江戸弁で「麻衣ちゃん。俳優は緊張しなくなったら終わりだよ。手が震えるからこそ、おもしろいんだよ」と軽妙に答えてくださいました。
長年親交のあった志村けんさんも、「本番前には震えるよ」と話してくださり、大物の方こそ緊張とのスタンスを上手に保っていらっしゃる印象をもちました。
「緊張」のスパイスが、人生を豊かにしてくれる

震えるほどの緊張は、ときに逃げ出したくなるほどの恐怖心をもたらすことがありますが、乗り越えたときの達成感は、なんとも魅力的です。
平穏な生活の中ではなかなか味わうことのできない「緊張」は、決して俳優業に限ることではなく、なにか好きな事柄を見つけ、没頭し、その成果をなんらかの形で示そうとしたときに起きる現象なのかもしれません。
これって、じつはすてきなアンチエイジングになっているのではないでしょうか。
「緊張」と「緩和」。どちらか一方ばかりに偏ってはいけませんが、生活の中に「緊張」が生じる習い事や趣味をもつことは、後半の人生を豊かにしてくれると信じています。
50の手習いとよく聞きますが、子どもの頃から憧れていたピアノを始め、発表会で披露する同世代や先輩方はとても生き生きとされています。ちょっと面倒なようですが、震えるような緊張を見つける冒険をしてみませんか。
