(※写真はイメージです/PIXTA)

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高齢者孤独死や犯罪被害にまつわる報道が後を絶たない昨今、高齢の親の一人暮らしに不安を感じる人も少なくないのではないでしょうか。とはいえ、仕事や家庭の事情もあり、簡単に同居を選択することもままならない。そういった場合の選択肢の一つになるのが「高齢者施設」ですが、入居すれば必ずしも「安心」とも限らないようです。株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、事例をもとに紹介します。

「子どもたちに心配をかけるなら…」と老人ホームに入居を決めた母親

都内の大手企業で働くAさん(54歳)には、老人ホームに入居している母、Bさん(82歳)がいます。

老人ホームへ入居する前は、近所の友人と一緒に趣味のカラオケ教室へ通いながら自宅で生活していました。亭主関白の父親に文句も言わず、母親はこれまで専業主婦として贅沢をすることもなく、子育てと家事全般をしっかりと行ってきました。

父親が3年前に他界してからは一人暮らしとなり、引き続き、気の合う友人たちと趣味の時間を満喫していました。しかし、Aさんと4歳年下の妹、Cさんにとっては、広い自宅での母親の一人暮らしは心許なく、孤独死も増えてきている昨今、何か起こってからでは遅いと、母親に会うたびに老人ホームへの入居を勧めていました。

最初は「施設は自宅よりも快適かもしれないけれど、費用がかかるでしょ」と遠慮をしていたBさんでした。しかし、Aさんから「母さんは今まで贅沢もせず、毎日の家事をずっと頑張ってきたんだから。これからは楽をしてもよいじゃないか」と強く勧められ、施設への入居を決意。

「そうね、家にずっと1人でいるのは気楽だけどちょっと寂しいし、いつも誰か人のいる施設のほうが安心かもしれない。子どもたちに心配をかけるのも悪いし、入居しよう」と近くにある老人ホームへの入居を決めました。資産的に余裕があるわけではなかったため、入居費用に充てようと、誰も住まなくなった自宅は売却しました。

「自室から出てこない」…母親に起こった“異変”

母親が施設に入居してから半年ほど経ちました。

テレビのニュースで孤独死についての特集を見て、Aさんは「やはり母さんに施設へ入ってもらってよかった」と、改めて母親に施設への入居を勧めてよかった、と安心していました。

日本において、2023(令和5)年6月1日現在における全国の世帯総数は5,445万2千世帯となっています。
そのうち、65歳以上がいる世帯は2,695万1千世帯と全世帯の49.5%と、約半数を占めています。

世帯構造をみると、高齢者世帯において「夫婦のみの世帯」が863万5千世帯(65歳以上がいる世帯の32.0%)で最も多く、次いで「単独世帯」が855万3千世帯(同31.7%)となっています。高齢者世帯においては、高齢者だけの世帯が半数以上を占めています。また、高齢者世帯における「単独世帯」は、平成4年の15.7%より31.7%と倍増しています。

日本少額短期保険協会の孤独死対策委員会によると、2024年1月に発表された「第8回 孤独死現状レポート」において、孤独死した人数は8,695人と前回の調査時の6,727人に比べ、2千人近く増加しています。

ある日、Aさんがいつものように母親の様子を見に施設へ行ったときのこと、スタッフから「Aさんのお母様、最近は居室から出てこられることがほとんどありませんね」と言われました。

自宅で生活していたときのBさんは社交的な性格で、近所の友人とカラオケ教室へ通い、人と話すことも大好きな人でした。そんな母親の異変をAさんは不思議に思い、Bさんに理由を尋ねてみましたが、「なんでもないのよ。ここはよいところだから、心配しないで大丈夫」と言われ、そのときはそれほど気にせずに帰りました。

後日、妹のCさんと話した際に、「お母さん、他の入居者と上手くいっていないみたい」と聞きました。「それで部屋から出てこなくなったのか」と、Aさんは合点がいきました。そう言われてみれば、最近Bさんの元気がないようにも感じました。

「母さん、他の入居者と上手くいっていないこと、どうして教えてくれなかったんだよ?」とAさんが尋ねると、Bさんは謝りました。

「ごめんね。せっかく家まで売って入居したのに、またあんたたちに心配かけたら悪いな、と思って言えなかったんだよ……」

自宅で一人暮らしをするよりも、他の入居者やスタッフがいる施設のほうが安心だと思っていたのに、まさか他の入居者たちと上手くいかずに孤立することになるとは、Aさんは思いもしませんでした。施設のスタッフに確認したところ、最近は食事を残すことも増え、体重も減っているとのこと。母親がこのまま施設で心を許せる友人もできず、寂しく過ごしていくことになることを考えると、いくら母親のことを思ってとはいえ、入居を勧めてしまったことを激しく後悔するAさんでした。

老人ホームは「住まい」トラブル回避のポイントは?

高齢になった大切な親を実家に1人きりにしておくことは、多くの人にとって、気がかりなことのひとつではないでしょうか?

「できればそばにいたい」「一緒に生活できれば」と考えている人もいると思います。しかし、仕事や家庭の事情で、必ずしもその望みを叶えることが難しいのもまた事実です。

そういった状況の場合、老人ホームへ入居することは解決方法の1つとなり得ます。しかし、今回のAさん親子の事例では、施設へ入居してからの人間関係が上手くいきませんでした。彼らはこの先、どうすればよいのでしょうか?

【これからの対処法】

1.スタッフに新たに入居してきた人を紹介してもらう

2.施設の外へ出かける(馴染みのカラオケ教室へ)

3.施設のなかへ友人を招く(カラオケ教室の仲間に来てもらう)

既存の入居者との相性が悪い場合、スタッフの力を借りて新しく入居してきた人と交流する機会を設けてもらうことも、選択肢の1つです。入居者本人からスタッフに頼みづらい場合には、家族からスタッフに伝えてもらうとよいでしょう。

また、施設内だけで完結せず、以前に通っていたカラオケ教室へ施設から出かけていくことも可能です。老人ホームは隔離施設ではなく「住まい」なので、可能であれば、カラオケ教室の仲間を施設に招いて一緒に過ごすことも検討してみてもよいかもしれません。コロナ禍では、感染症対策で施設の出入りが制限されていましたが、最近では徐々に緩和されています。

最悪の場合、違う施設へ移るという選択もありますが、入居中の施設から退所する際には、部屋の原状回復費や引越し代、新たな施設では入居一時金などの費用が発生します。また、場所を移ると環境の変化もあるため、本人にとっては経済的にも体力的にも負担となります。

今回、Bさんは入居時に将来の家賃を先にまとめて支払う「前払い方式」を選択していたため、退所した場合は前払金として支払った費用の一部しか返ってきません。

入居する前に、そこで生活している入居者のことを把握することは難しいでしょう。しかし、なにかトラブルがあったときに「対処能力」が高い施設かどうかを判断するための材料として、下記のことが挙げられます。

【トラブルへの対処能力が高い施設の選び方】

1.人員配置が手厚い

2.有資格者が多い

3.勤続年数の長いスタッフが多い

1〜3については施設の重要事項説明書に記載されていますので、入居する前にしっかりチェックしておきましょう。

また、インターネットでの口コミ評価が高かった施設を選択したけれど、思っていたほど評価が高いように感じなかったというケースも多々あります。

施設は「住まい」であり、人それぞれに生活習慣が異なります。スタッフとの関わり方もホテルのように丁寧な対応を好まれる人もいれば、家族のようにフレンドリーに接してもらいたいという人もいます。好みや価値観も違うため、ある人にとっては「よい施設」でも、別の人にとってはそうでないこともあります。入居前には施設見学や体験入居を利用し、入居者にとってよい施設かどうか、入居者本人の目でしっかり確認することが大切といえます。

武田 拓也
株式会社FAMORE
代表取締役