「妻子を奪われてから9年、生きる意味が見出せません…」熊谷6人殺害事件、遺族が語る“理不尽すぎる現実” 犯人のペルー国籍男性は死刑回避で服役中
何のために生きているのか――。
そんな哲学的な問いについて、埼玉県熊谷市在住の会社員、加藤裕希さん(51)はここ数年間、頭を悩ませてきた。
「生きていく意味って何なんだろうなって。何のために自分がいるんだろうとか、そもそも生きている実感もあんまりないです。この先、生きていても苦しいだけなのかな。もう叶わないけど、3人がこの世に帰ってくることでしか、生きる意味は見出せないのかなと思います」
2015年9月16日、加藤さんの妻、美和子さん(当時41)、長女の美咲さん(同10)、次女の春花さん(同7)が自宅で刺し殺された熊谷6人殺害事件の発生からきょうで9年。犯人が逮捕され、裁判で有罪判決が言い渡されても、被害者遺族にとって事件は終わりではない。家族で1人だけ取り残された加藤さんは今も、理不尽な現実に向き合わされ、生きる意味を探し続けていた。【水谷竹秀/ノンフィクション・ライター】
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“1日も早く死んでくれ”
犯人は、現在服役中のペルー国籍、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン受刑者(39)である。9月14日から16日にかけて市内の民家3軒を刃物で次々と襲い、加藤さんの妻子3人を含む住民6人を殺害した。
「今でも1日も早く死んでくれって思います」
そう怒りを露わにする加藤さんは現在、事件現場だった自宅に暮らしている。4人で囲んだ食卓、娘2人と一緒に遊んだゲーム機や自転車、美和子さんが描いた油絵など、家族の面影は残ったままだ。2階にある娘2人の部屋も事件発生時から変わっていない。
「ランドセルや教科書、授業で使っていたノートはそのまま置いてあります。片付けられないですね。下校時の小学生たちの姿を見ると、どうしても当時を思い出してしまいます」
家族3人の命を奪ったジョナタンに対しては死刑を望んでいた。その通りの判決が一審で言い渡されるも、二審では「心身耗弱」を認められて無期懲役に減刑された。そして検察は上告を断念。弁護側は上告したが、20年9月に無期が確定した。
バカバカしい裁判
司法に裏切られたとの思いから、加藤さんは極度の人間不信に陥った。「家族のため」という生きる目標も失い、何度も3人の後を追おうと考えた。それでも否応なく続いていく人生で、自分は何を糧に、そして何を支えに生きていけばいいのか。加藤さんは以前、こんな心境を吐露していた。
「裁判で理不尽な判決を受けてから、今の社会は本当に正しいのかって思うようになりました。もし自分で変えられるのであればそういうことにエネルギーを使いたい。もっと社会の役に立つような自分でいたい」
だが、具体的に何をして良いのかが分からず、模索を続けた。事件発生から約3年後に復帰した職場では、組織の人間関係に疲れてしまい、養う家族もいないから仕事に力も入らない。4年半勤めた結果、精神に不調をきたし、休職した。
その頃から加藤さんは、「ただ生きているのも辛い」という苦境に追い込まれ、あらゆることに対して厭世観が強まった。
「何を糧に生きていけば良いのか分からなくなりました。裁判にしても、どんなに頑張ったところで結局は日本の法律にねじ伏せられ、これ以上望むのがバカバカしい。SNSに投稿して同意を求めるのも疲れてしまいました。色々なことに興味を失ったっていうか」
前向きになれる出来事
一体、自分は何のために生きればいいのか。
繰り返される問いに悩み続けた結果、最近、少しだけ前向きになれる出来事が起きた。
きっかけは今年1月、市内にある社会福祉協議会を訪ねた時のこと。そこで養護施設のボランティアがあると聞かされ、自ら施設に電話を掛けた。話を聞きに行って興味を持ち、翌2月からボランティア活動に従事し始めた。施設にいるのは5〜6歳の子どもから高校生ぐらいの若者たちで、大半が親からの虐待を受けていた。
「その子供たちと遊んだり、一緒にゲームをやったり、買い物に行ったり。個別の事情は聞いてはいけないルールになっているので、皆がどこから来たのかもわかりません。でも2人の男の子と仲良くなりました」
活動するのは土日で、1ヶ月に2回ほど通っている。生きる糧が見出せなかった加藤さんにとって、子供たちと遊ぶささやかな時間の中で、自身の存在意義を感じられるようになったという。
「自分が必要とされているかどうか分かりませんが、誇りを持てるような生き方ができればと思います」
最高裁の判断は
刑事裁判と並行し、埼玉県を相手取って約6400万円の損害賠償を求めて起こした国家賠償訴訟は、一審、二審ともに棄却され、昨年7月上旬、最高裁に上告した。この裁判で原告は、地域住民への注意喚起が不十分だったことが事件の連続発生につながったとして、埼玉県警の責任を問いただした。加藤さんの自宅は3軒目に襲われたが、1軒目が被害に遭った時点で県警が適切な対応を取っていれば、その後の事件発生は防げたと主張しているのだ。しかし、立て続けの敗訴で、またしても司法への不信感が募った。
最高裁の判断はまだ出ていない。
原告が、上告審として受理するよう求める理由書を提出した昨年9月上旬から数えても、すでに1年が経過しており、平均審理期間の3ヶ月~半年を大幅に超えている。加藤さんが心境を語る。
「そろそろかなと気にはなります。遅れれば遅れるほど受理される確率が高まるとは聞いていますが、司法に対する信頼はもうありませんので、どうせ訴えても変わらないのではないか、という気持ちは少しあります」
最高裁によると、上告申し立てが受理される確率はここ近年、2%以下と極めて低い。無力感に苛まれる一方で、連続発生について埼玉県警が責任を問われないのは、やはり腑に落ちない。このまま引き下がるわけにはいかないという悔しさも、公権力に抗う加藤さんの原動力になっていた。
「県警の幹部たちが裁判の中で本当のことを言っているようには到底思えないんです。市民の安全を守るべき警察がそんな態度でいいのか。彼らはいつか必ず、真実を話して罪を償う日が来るはずです。そう考えないと僕は精神のバランスを保てません」
最高裁の判断はいかに。
悶々とした気持ちのまま、加藤さんは今年の命日もまた、3人の骨壷が安置された寺で祈りを捧げる。
水谷竹秀(みずたにたけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3月下旬から2ヵ月弱、ウクライナに滞在していた。
デイリー新潮編集部