地元の人も都市からやってくる人も笑顔にするのがガストロノミーツーリズム(写真:筆者撮影)

地方の人口減に歯止めがかからない。それは日本だけでなく、世界的な傾向といえるだろう。

そうしたなか、地方再生を成し遂げているエリアがオーストラリアにある。メルボルンを州都とするビクトリア州の東南部に広がる「ギップスランド」だ。

超田舎の田園地域が8%の人口増

面積は約4万1000平方キロメートル。九州よりも広いエリアに住んでいるのは、わずか15万4357人。農場や牧場が広がる典型的な田園地帯である。

だが、この地域は5年間で約8%もの人口増を成し遂げた。

最寄りの大都市、州都メルボルンからは最短でも車で1時間40分。ベッドタウンとはなりえないこの地域で、なぜ人口増が起きたのか。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」お世話係の筆者が探ってみた。

【写真】九州より広い地域に人口15万5000人。田園地帯ギップスランドの産直の料理やグランピングの写真を見る(全14枚)


「遥かなるギップスランド」という言葉がまさにピッタリの広大な風景(写真:筆者撮影)


海もあれば湖もある。淡水と海水が交わる汽水域もある(写真:筆者撮影)

今回の取材で出てきたのが、「ガストロノミーツーリズム」というキーワードだ。

ビクトリア州政府観光局の職員は、「その(人口増の)理由は1つではないとは思いますが」と前置きしながら、こう言う。「ガストロノミーツーリズムの普及が大きいと、私たちは考えています。これは地方が再生するカギになるはずです」。

食の「背景」も含めて楽しむ

ガストロノミーとは「料理や飲料といった食事を、文化や芸術レベルまで高めて考えること」という。「ガストロ(gastro)」には「胃」という意味がある。

これまでは主に「都会人のための都会の高級レストラン」において用いられることが多かったが、現在ではそのガストロノミーにツーリズムの要素が加わり、地方を活性化する動きになっている。

ガストロノミーツーリズムがなぜ地方再生につながるのか。その理由を見ていこう。

ギップスランドの東の外れにレイクスエントランスという、人口わずか6500人ほどの村がある。まずはそこで、小さなレストランのオーナーシェフをしているマッツさんに話を聞いた。


卵、アボカド、ソーセージにサワードゥー(パン)。「ザ・定番」に近い食材でギップスランドの素材の良さをアピールするマッツさん(写真:筆者撮影)

まずはガストロノミーについて。世界的な食糧危機や富の集中が叫ばれるなか、ともすれば「金持ちのぜいたく」に聞こえる「グルメ」や「美食」への批判をかわすための、言い訳ではないのか?

「確かに、ガストロノミーという言葉はまだあいまいな部分があります。でも、私は個人的にはガストロノミーは食だけでなく、背景まで味わうものだと思っています」とマッツさんは話す。

景色や空気とともに食を楽しむ

たとえば、途上国や最貧国の人たちから「搾取的な価格で入手した素材」ではなく、「適切な価格を払ったもの」を用いる「フェアトレード」なども食の背景を知る手段の1つ。日本の道の駅などで売られる農作物によく見られる、生産者名と顔写真を記した「生産者開示」もまたしかりだ。

実際、オーストラリアのレストランでは「タスマニア州で捕れたサーモン」とか、「モートン湾産のカキ」とかのように、産地が明記されることも増えている。

だがそれだけでなく、「その場所に出かけていって、景色や空気とともに楽しむ。それがガストロノミーの1つの形だと思います」(マッツさん)。


マッツさんが作った冷菜。メニューには「ワイルドコーストのハニーグラノラとピクニックポイントのアップルコンポート……」と産地を明記(写真:筆者撮影)


食材が生まれた場所の風景を楽しみながら味わうのも、ガストロノミーの1つ(写真:筆者撮影)

たとえば、モーツァルトの音楽は聴くだけでも楽しいが、彼の生い立ちやその曲が生まれた背景を知れば、より深く味わえるようになる。加えて、彼が生まれ育ち、活躍したオーストリアのザルツブルクやウィーンなどの地で彼の音楽を聴けば、より感動的な体験へと深化する。それと同じことなのだろう。

欠かせない「協業者」の存在

ただし、それはマッツさんのようなシェフだけでできる話ではない。

「素晴らしい食材を生産する場所でなければ、ガストロノミーツーリズムは成立しません。幸いなことに、ギップスランドは質のいい農作物や魚介類の宝庫ですし、乳製品の名声はオーストラリア中に知れ渡っています。もちろんそれは生産者あってのことです」(マッツさん)

ほかにも協力者は必要だ。彼が住むレイクスエントランスはメルボルンから長距離列車なら約5時間、車でも約4時間かかる。日帰り圏内ではなく、宿泊が必要となる。

「最近では牧場オーナーの方などが自然豊かな敷地内に小規模なグランピング施設も作ることが増えていて、私たちのような地元のレストランの利用をゲストに勧めてくれます。ガストロノミーツーリズムにはこうしたスモールビジネスとの協業が欠かせません」とマッツさんは言う。


ある牧場が1棟だけつくったグランピング施設(写真:筆者撮影)


こちらは別の場所のカフェで展示販売されているもの。「地元のオリーブオイル」「地元のビネガー」などの文字が並ぶ(写真:筆者撮影)

ほかにも、カフェの片隅で地元の製品を売るのは、ギップスランドではよく見られる光景だ。

地元の農作物や、それを使った食べものの良さが伝われば、人々はますますここに来てくれる。回りまわってレストランやカフェ、グランピング施設の利用者も増え、地域全体の産業が盛り上がる。

仕事の創造がIターンやUターンを促す

地域の産業が増えれば、人口増という副次的な効果をもたらす。

過疎化の主な原因は仕事の少なさにある。「ガストロノミーツーリズムのおかげで、ギップスランドにおける仕事のバリエーションは増えました」とマッツさん。

以前は農業などの第一次産業が主だったが、マッツさんのようにレストランを営む人や、グランピング施設の運営を始める人も出てきた。

「ほかにも、今までここでは成立しなかった産業が生まれています。たとえばドライバー兼ガイドが、オススメのレストランやワイナリーを巡るツアーや送迎。マーケティングの知識を利用したスモールビジネスへのコンサルティング。これも、ガストロノミーツーリズムという概念が持ち込まれたことにより、実現できたものです」(マッツさん)

スタート地点は日本でもよく見られる「地方の食材を使った町おこし」に近いのかもしれない。

だが、単に農産物などを売るだけでなく、レストランや周辺産業が「協業」することで大きなムーブメントになる。人が人を呼び、仕事が仕事を呼ぶ。それがガストロノミーツーリズムの効果だ。

実際に都会からIターンしてきた人にも話を聞くことができた。

あるワイナリー併設のレストランでシェフとして腕をふるうターニャさんだ。彼女は「大都会のきらびやかな高級レストラン」で働いていた。

「そういう店ですから、食材もギップスランドなどから取り寄せていました。でも、それを使いながらいつも思っていたんです。こういう最高の食材が普通に手に入る場所で働けたら幸せだろうなって」(ターニャさん)

それで数年前に思い切ってギップスランドに移住したという。

「たとえば、今は日本食が世界中で人気で、メルボルンでも素晴らしいものを食べられます。それでもわざわざ日本に行って本場の日本食を食べる人は多いです。それと同じで、お客様にギップスランドに来ていただくことで、より素晴らしい食体験を提供できます」(ターニャさん)


シェフのターニャさんはいわゆるIターン組だ(写真:筆者撮影)


別のシーフードレストランでのカキとホタテ。都会のスーパーマーケットではあまり見られない素材も、産地なら提供できる(写真:筆者撮影)

どこで(Where)食べるかも重要

そのワイナリー兼レストランでセールスマネージャーを務めるロブさんも、「食事は素材が作られた場所で食べるのが一番です」とうなずく。

「今までは何を(What)、どう(How)食べるかばかり考えられてきました。それから誰と(With Whom)食べるか。それと同様に、どこで(Where)食べるかも重要だと思います。私にとって食べ物が最もおいしくなる場所は、『その食べ物がとれた場所』。野菜は基本的に新鮮なのが一番。とり立てのものが食べられるのは産地です」(ロブさん)


「食べ物が一番おいしい場所はとれた地元」と語るロブさん(写真:筆者撮影)


「地元のものを食べましょう。南ギップスランド」と記された大きなシール(写真:筆者撮影)

農産物や海産物ではなく、人が動く。旅行業界の視点に立てば「ガストロノミーツーリズム」とはそういうことになる。だが、ギップスランドでは旅行業界を越えた「地方再生」の流れを導き出している。

それを可能にしたのは、先にも挙げたレストランや小規模宿泊施設、ワイナリー、農業製品生産者たちによる「スモールビジネスの協業」だ。フードマイレージを考慮した地産地消。食を主軸にした「町おこし」だった。

旅行業界を越えた「地方再生」の流れ

もちろん、課題がないわけではない。なんといっても「核」となるのは、レストランやカフェで、それらが一気に増えるわけではない。つまり、ガストロノミーツーリズムは爆発的に成長する産業ではないのだ。

だが、ゆるやかかつ継続的な成長を期待できるものこそ、望ましいのではないだろうか。

「一発の打ち上げ花火でなくサスティナブルな地方再生」。今回の取材で出会った人たちの顔を思い出すと、ふとそんなフレーズが頭に浮かんだ。

(柳沢 有紀夫 : 海外書き人クラブ主宰 オーストラリア在住国際比較文化ジャーナリスト)