成功する企業と、宗教のあいだに共通点は多い(写真:takeuchi masato/PIXTA)

「宗教」と「優れた企業経営」には実は共通点があり、「現代の強い企業」は、いい意味で「宗教化」していく

それらの主題をもとに、世界の宗教事情に精通したジャーナリストの池上彰氏と、『両利きの経営』の解説者で早稲田大学教授の入山章栄氏が語り合った『宗教を学べば経営がわかる』が発売された。

同書を再編集しながら、「宗教」と「優れた企業経営」を理解するうえで最重要理論のひとつ「センスメイキング理論」に触れつつ「現場社員の"腹落ち"」について、入山氏が解説する。

現場社員の「腹落ち」を高めるには、どうする?

1回目の記事(「経営」も「宗教」も本質理解できる"超スゴい理論")で述べたように、多くの日本企業の課題は、社内で従業員、場合によっては経営者までが「この会社は何のためにあるのか」「どういう未来を作りたいのか」について多義的になり、全員が同じ方向で「腹落ち」していないことにあると筆者は考えている。

近年注目されている「パーパス経営」のように、「パーパス」「ビジョン」を掲げる企業は増えてきているが、現場で働く社員たちが本当に同じ方向感で「腹落ち」しているかは、疑念を抱かざるをえないことも多い。

今後、より不確実性が高まる「正解のない時代」になればなるほど「腹落ちできるか」が重要になり、その「腹落ち」の重要性を説明する経営理論が、別の記事(「"腹落ち"させる力」が日本人リーダーは弱すぎだ)でも解説した「センスメイキング理論」である。

センスメイキング(腹落ち)のために、企業やリーダーたちは具体的に何ができるのか。日本中のさまざまな企業を見てきた筆者の経験から提示できるのは、以下の3つのポイントである。

【1】経営者自身が腹落ちする「パーパス」「ビジョン」「夢」を語る
【2】経営幹部や中間層がよく理解し、部下に伝えていく
【3】パーパスやビジョンをきちんと言語化し、さまざまな形で見せていく

【1】については、前回の記事で詳しく述べたので、本記事では【2】と【3】を掘り下げていきたい。

「トップの言葉」を現場に伝えるために経営幹部や中間職が重要性であるというのは、宗教と企業経営は同じである。

宗教には、開祖の教えに共感・腹落ちし、さまざまな人々にそれを広める幹部が不可欠だ。キリスト教ならペトロとパウロがそうだし、仏教なら釈迦の教えに共感した十大弟子がそれにあたるだろう。

こういった幹部や中間層が、宗教の理念を現実に当てはめながら語り続けていくことが重要なのだ。

企業研修は「ミサや礼拝を見習うべし」


そのための仕組みづくりも重要である。

宗教が巨大化してさまざまな地域に普及すると、その地域の現状に即して宗教をどう位置づけ、解釈するかが大事になる。

それは現代のキリスト教なら、ミサや礼拝という形で残っている。

キリスト教では週末に信者がミサや礼拝に行くが、そこで神父・牧師が、現地の生活事情を踏まえながら、説法をしてくれる。

この経験を通じて信者は、神の教えを踏まえて、その地域での日々をどうすごしていくべきかを自分なりに考えて腹落ちし、生活しているのだ。

これとまったく同じことをやっているのが、実は世界で成功するグローバル企業の「研修」だ。

グローバル企業の社員研修「本当の狙い」は?

欧米のグローバル企業でも、社員研修を頻繁に行っているところは多い。

しかし、そこで行うのは座学で知識を学ぶこと以上に、「創業者やトップの理念を、現場の業務活動に結びつける腹落ち」を狙ったものが多いのだ。

宗教と同じように、企業も大きくなるほど、社員はさまざまな地域の現場でさまざまな業務に従事するので、「トップの語る抽象的なビジョン」とのズレを感じ、共感できなくなっていく


「社長は偉そうに高邁なことを言っているけど、俺が毎日現場で泥臭くやっている作業と何の関係があるんだ」と思ってしまう大企業社員は多い。

だからこそ、「いや、あなたの現場の仕事は、このような意味で当社のパーパスやビジョンとしっかりつながっているんです」腹落ちしてもらう必要がある。

そのため、海外のグローバル企業では「自社のパーパス、ビジョンと自分の日々の仕事はどうつながっているのか」を議論する研修が、半年に1度は設けられる(日本企業でこういう研修をやるところは少ないし、あったとしても頻度が低い)。

まさに、週に1度のミサや礼拝を通じて、神の教えと自分の日常生活の結びつきを「腹落ち」させる機会を作るのと、同じことをやっているのである。

「センスメイキング」(腹落ち)のために、企業やリーダーたちでできるもうひとつのことは「パーパスやビジョンをきちんと言語化し、さまざまな形で見せていく」ことである。

世界的宗教には多くの場合、拠り所になる文書がある。キリスト教の『新約聖書』、イスラム教の『コーラン』、ユダヤ教の『旧約聖書』などだ。

拠り所となる文書があるからこそ、現在に至るまで信仰を腹落ちさせながら受け継がれてきた。

文章だけではなく、ビジュアルイメージの伝わる絵画も重要だ。

キリスト教や仏教の宗教画などは、「センスメイキング」のための有用なメディアと捉えられるだろう。

「文章や絵の力」を最大限に活用すべし

日本でメディアを使って「センスメイキング」を進めている企業のひとつは、ソフトバンクだろうか。

同社は多くの動画を使って、社員や入社希望者を啓蒙する。動画を使って、孫正義氏などの経営陣が描く同社の未来を何度も流すのだ。

いまや動画を誰でも作れる時代になったのだから、企業が「センスメイキング」の手段として動画を作ることは、私も多くの企業にすすめているところだ。

このように、「成功する企業」と「宗教」のあいだには、やはり共通点は多い

繰り返しだが、それは両者とも「人」「組織」「信じるものへ向かって進む」という意味で、本質が同じだからだ。

その本質をあざやかに切り取るのが「センスメイキング理論」なのである。

(入山 章栄 : 早稲田大学ビジネススクール教授)