ChatGPTに見る「SFと科学」がお互いをインスパイアしてきた歴史
2024年5月、OpenAIのサム・アルトマンCEOは2013年のSFロマンス映画「her/世界でひとつの彼女」を引き合いに出してChatGPTの新モデル「GPT-4o」の斬新さを宣伝し、大きな話題となりました。このように、人々の想像力をかきたてるSF作品と現実世界の科学技術がお互いに影響を及ぼしてきた歴史を、アリゾナ州立大学で未来学を研究しているRizwan Virk氏が論じました。
https://theconversation.com/chatgpt-and-the-movie-her-are-just-the-latest-example-of-the-sci-fi-feedback-loop-232784
SFと現実の科学界の相互作用は、しばしば「SFフィードバックループ」と呼ばれていますが、Virk氏によるとその典型は「月世界旅行」とのこと。
ジュール・ヴェルヌの1865年の小説「月世界旅行」やH.G.ウェルズのSF作品の影響を受け、1902年には大砲で発射するカプセル型宇宙船で月を訪問する宇宙旅行を描いた映画「月世界旅行」が公開されました。
[日本語字幕]『月世界旅行』(1902)"Le Voyage dans la Lune / A Trip to the Moon" - YouTube
ヴェルヌやウェルズの小説はまた、アメリカのロケット研究者のロバート・ゴダードやドイツの工学者のヘルマン・オーベルト、そしてオーベルトの弟子として知られているヴェルナー・フォン・ブラウンなどのロケット研究者にも影響を与えました。
そして、これらの研究者によって開発されたロケットが、さらに後世の映画にインスピレーションを与えていくことになります。例えば、1950年の映画「月世界征服」に登場するロケットは、第二次世界大戦中にフォン・ブラウンが開発したV2ロケットにそっくりだとVirk氏は指摘しています。
SFフィードバックループが起きたのはロケットだけではありません。1970〜80年代のパーソナルコンピューティング革命は、サイバーパンク作家のニール・スティーヴンスンとウィリアム・ギブスンの作品に直接影響を与えました。
こうして生まれた作品が、さらに現実世界の技術作品を刺激することで、次のSFフィードバックループのサイクルが形成されていきます。スティーヴンスンは1992年の小説「スノウ・クラッシュ」で、VRゴーグルでアクセスする3Dゲームのような世界を指す「メタバース」という造語を生み出しました。
それ以来、多くのシリコンバレーの起業家らがメタバースを実現することを目指してきました。2003年にリリースされた仮想空間サービス「Second Life」もそのひとつです。
メタバースの誕生に刺激され、さらに多くのSF作品が世に送り出されました。Virk氏の調べによると、SF作家のアーネスト・クラインはSecond Lifeを長時間プレイしていたことがわかっており、これが2018年の映画「レディ・プレイヤー1」の原作「ゲームウォーズ(原題:READY PLAYER ONE)」のインスピレーションになったとVirk氏は考えています。
その後もメタバースは多くの人々を引きつけ続けており、VR企業・Oculus VR(現Meta Reality Labs)の従業員には、ヘッドセットを開発しながら読むようにとゲームウォーズが配られたとのこと。
また、SFフィードバックループが意外なところで見つかることもあります。Appleのメディアプレイヤー「QuickTime」の開発者であるスティーブ・パールマン氏は、1966年に放映が始まったSFシリーズ「スタートレック」に登場するアンドロイドのデータ少佐が複数の映像や音声ファイルを選別するエピソードから着想を得たと語っています。
また、1997年に発売されたモバイル端末・PalmPilotのOSを設計したロブ・ハイタニ氏は、スタートレックシリーズに登場する宇宙船であるエンタープライズのブリッジが機器のインターフェースに影響を与えたと述べたことがあります。
冒頭で言及された映画の「her/世界でひとつの彼女」では、ホアキン・フェニックス演じる主人公セオドアが、スカーレット・ヨハンソンが声をあてるAIアシスタントの「サマンサ」に恋心を抱き、やがて恋人のように思い始めるストーリーが描かれます。余談ですが、ChatGPTの音声のひとつである「Sky」があまりにもヨハンソンの声に似ているため、ヨハンソンはOpenAIを訴えています。
her— Sam Altman (@sama) May 13, 2024
実は、この「her/世界でひとつの彼女」とChatGPTの関係も、SFフィードバックループのひとつです。「her/世界でひとつの彼女」の監督兼脚本家であるスパイク・ジョーンズは、同作のプレミア上映の際に「この作品のアイデアは、親密な会話ができるチャットボットのALICEを10年ほど前に試した時に生まれたものです」と話しました。
ALICEは当時としては最も自然な会話が可能なチャットボットで、最も人間に近いと判定されたAIに送られるローブナー賞を3回受賞しています。
「her/世界でひとつの彼女」から4年後に公開された「ブレードランナー 2049」には、ホログラムの体を持つバーチャルガールフレンドのジョイが登場しました。既に、多くの企業がバーチャルガールフレンドの開発を進めており、この流れは間違いなく今後のSFフィードバックループに影響を与えるとVirk氏は考えています。
Virk氏は記事の末尾で、SF作家のコリイ・ドクトロウが2017年の記事に記した「SFは未来予測より優れたことをします。それは、未来を変えることです」という言葉を引用しました。