【ライブレポート】RPG『MOTHER2』30周年記念ライブ「MOTHERのおんがく。」3部構成で蘇る“伝説”の世界観

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■あまたのRPGとは異なる独特の手触りと深い感動を呼び起こす、『MOTHER』シリーズのプレイ感

糸井重里が監修、企画、設定、全シナリオ執筆を手掛け、1989年の第1作目のファミコン版発売から長きに渡り、時代を超えてゲームファンに愛され続けるRPGシリーズ『MOTHER』。糸井が紡ぐ独特の世界観と心に残るストーリーテリングで魅了する本シリーズは、一人の少年の冒険と成長を通じて、友情や大切な人との絆、勇気といったテーマを探求する。そう書いてしまうと、まるでありふれたRPGのように思えるが、全編にあふれるユーモアとともに、さりげなく込められた現代社会へのシニカルなメッセージ性を受け取ることができる『MOTHER』シリーズのプレイ感は、あまたのRPGとは異なる独特の手触りと深い感動を呼び起こす。

また音楽も『MOTHER』シリーズの大きな魅力だ。特に『MOTHER』と『MOTHER2 ギーグの逆襲』は、当時ゲーム音楽は初経験となるミュージシャン・鈴木慶一と、『メトロイド』や『スーパーマリオランド』などの任天堂の人気ゲームの音楽担当として知られる田中宏和のタッグを起用。それまでクラシック音楽を基調とすることが多かったゲーム音楽というジャンルに本格的なロック、ポップスの要素をフィーチャーし、物語の核となるメロディーがゲームシステムに組み込まれるというシナリオと見事に連動し、より深い感動をプレイヤーに与えた。現在も大人のゲームファンには懐かしく、Nintendo Switch Onlineサービスで遊ぶ若い世代には他のRPGにはない新鮮なコンセプトを投げかける傑作RPGは、ゲームと音楽を融合した新しいRPG体験をユーザーに提示。根強いファンを集めて決して古びることのない“伝説のRPG”として語り継がれ、遊び継がれている。

■糸井重里が「いつかやりたい、と思っていた」と語る『MOTHER』の音楽イベントがついに実現

そして、1994年にスーパーファミコンで発売され、アメリカでも『EarthBound』の名で世界的人気を博したシリーズ2作目『MOTHER2 ギーグの逆襲』の発売から30周年のアニバーサリーを迎えた今年。糸井重里が「いつかやりたい、と思っていた」と語る『MOTHER』の音楽イベントがついに実現した。それが、2024年6月22日、『MOTHER』『MOTHER2』の音楽を中心に配信オンリーで開催された『MOTHER2』30周年記念ライブ「MOTHERのおんがく。」だ。これまで鈴木慶一のライブなどで一部の楽曲が演奏されるなど、この数十年間、幾度か『MOTHER』の名曲に触れる機会はあったものの、オンリーライブは初。リアルタイム配信当日は、糸井が翌日の『ほぼ日刊イトイ新聞』のコラムでコンサートを振り返り「世界中で、武道館いっぱいくらいの人たちが聴いている」と語ったほど、国内・海外からの多くのファンが、「MOTHERのおんがく。」にまつわる多彩なゲストが織りなす歴史的イベントを堪能した。

■3部構成で行われた「MOTHERのおんがく。」第1部は、田中宏和によるDJタイム

この日行われた「MOTHERのおんがく。」は3部構成。過去の『MOTHER』シリーズのあのドット絵のゲーム画面がはめ込まれ、懐かしのサントラのテクノが流れるシアタールーム風の画面で出演者の紹介が流れるオープニング映像から、早くも心が躍る。そしてスタートした第1部は、田中宏和によるDJタイム『MOTHER2』REMIXだった。照明を落としたブースで鮮やかな白いTシャツ姿の田中が、ALLEN&HEATH のDJミキサーを鮮やかに操ると、そこから飛び出してくるのは彼自身が『MOTHER』シリーズのために作り上げた数々のBGM。当時の音源が、新たに加えられたノリのいいリズムにのせて、縦横無尽にドラマティックに繋がれていく。

『MOTHER』からの「Mother Earth」、『MOTHER2』からの「エデンの海(マジカントのテーマ)」「いのちのひかり」「最終戦闘のテーマ」「ホテル (白蝶貝のネックレス)」などなど、田中のテクノリミックスによって現代に蘇った珠玉のBGMは、懐かしさだけでなく、光が踊るテクノテイストたっぷりのこだわりのVJ演出と相まって、新鮮な体験を提供してくれる。

もちろん映像演出には、『MOTHER』シリーズのプレイ画面も満載! 中でもゲームをプレイした人のテンションを上げたのは、多数の敵キャラクターとのバトルシーンが立て続けに登場した中盤だったのではないか。ユーモラスで個性的なキャラクターとのバトルシーンで鳴り響いたユニークなBGM。主人公ネスと仲間たちが必殺技を繰り出しながら戦う姿が、田中の絶妙なリミックスアレンジによって、臨場感たっぷりに蘇った。そんな盛り上がりの中、約25分におよぶDJタイムのラストを締めくくった映像は、『MOTHER2』の物語の始まり。「おとのいし」を手に入れて、「おまえだけのばしょ」を訪れるために家を出るネスの姿に、30年の時を一気に引き戻され、温かな余韻が包んでくれた。

■第2部は、糸井重里、鈴木慶一、田中宏和の「『MOTHER』のおんがくトーク」。初めて明かされるエピソードも

リミックスサウンドで『MOTHER』の歴史を改めて体感した後は、イベント第2部の「『MOTHER』のおんがくトーク」へ。登場したのは、シリーズの生みの親である糸井重里、『MOTHER』の音楽を語るには欠かせない存在の鈴木慶一、田中宏和だ。『ほぼ日刊イトイ新聞』内のコンテンツとして3人の座談会記事が掲載されたことはかつてあったが、こうして顔を揃えて人前で話をするのは、実はここが初めて。ファンにとってはとても貴重な場となった。

糸井のリードで始まったトークは、「MOTHERのおんがく。」開催を迎えた鈴木慶一の「30年前に作ったもの(曲)が、こうして今、 田中さんが完全にアップデートしてやってくれて、我々もこの後、演奏をアップデートしてやれる場所があり、聴きたいという人がいてくれるだけで本当にうれしい」という話からスタート。田中も「こうやって戦闘の曲やそれ以外のものを混ぜて演るのは、たぶん生まれて初めて、世界初」と、レアなライブの開催を喜ぶ。糸井も『MOTHER』制作当初、鈴木と田中とのコラボレーションを「アルバムが出るような、いい曲がいっぱい入ってるゲームを作りたかった」と振り返る。

そこからトークは、さらに『MOTHER』の音楽を深掘りしていく。ファミコン用にプログラミングで鈴木が作曲した曲を田中が再現していったという『MOTHER』開発当時の音楽制作の苦労話や、鈴木がロンドンに赴いて新規レコーディングした『MOTHER』サウンドトラック盤の制作秘話など、これまで文字では語られてきた数々のエピソードだけでなく、ここで初めて明かされるエピソードも多数。実際に3人のフレンドリーな関係性で語られると、改めて感慨が呼び起こされる。

■既存のゲームミュージックの枠を飛び出して創られた『MOTHER』の音楽

印象的だったのは、糸井の言葉だ。既存のゲームミュージックの枠を飛び出して創られた『MOTHER』の音楽とゲーム制作について、「テーマアルバムを作るのがゲームを作るのと僕はそっくりだったなと思った」「ゲームも(音楽も)一貫性なんか論理で求めてたら、面白くなんかならないじゃない」という彼の言葉こそ、『MOTHER』シリーズを息の長い名作へと導いた理由だと実感させられた。

トーク後半には、『MOTHER2』発売から約12年後の2006年にゲームボーイアドバンス用ソフトとしてリリースされた『MOTHER3』で、鈴木、田中からマインドを受け継いで音楽を担当した酒井省吾もサプライズ登場。『MOTHER3』制作当時の田中とのやりとりなど、レアなエピソードも話された。

トーク後には、これまたサプライズのスペシャルメッセージがファンに届けられた。「『MOTHER』シリーズの唯一無二のサウンドトラックは、ビデオゲームがある限り、人々の心に残り続ける」と、感謝の言葉を綴ったメッセージの主は、『MOTHER』に大きな影響を受け、自らも『UNDERTALE』と『DELTARUNE』というヒットRPGを生み出したアメリカのゲームクリエイター/作曲家のトビー・フォックス。『MOTHER』ファン代表としての言葉が胸を打った。

■第3部は、鈴木慶一を中心にしたメンバーが、めくるめく『MOTHER』サウンドを体感させてくれた

そしてイベントは第3部の鈴木慶一&TONZURA MOTHER BANDによるライブステージ「THE MUSIC OF MOTHER」へ。鈴木慶一(Gu/Vo)と交流の深いTONZURA MOTHER BANDのメンバーも豪華だ。ギター、コーラス、ボーカルを担当するのは、鈴木のバンド・ムーンライダーズからの影響も深い澤部渡(スカート)。キーボードとボーカルを担当するのは、ムーンライダーズのサポートでもおなじみの佐藤優介。マニピュレーターと各種のホーン楽器を担当するのは、鈴木と高橋幸宏のユニット、ビートニクスでもサポートをつとめたゴンドウトモヒコ。ボーカルとして東京インディーシーンで熱狂的ファンを持つ韓国系アメリカ人ミュージシャン、ダニエル・クオンも参加し、めくるめく『MOTHER』サウンドを体感させてくれた。

『MOTHER2』のオープニング画面からライブはスタート。プロローグに続く、2曲目は『MOTHER』からの「POLLYANNA(I BELIEVE IN YOU)」。オーガニックなギターアンサンブルに、澤部、ダニエル・クオン、鈴木らが繊細な歌声とコーラスを繋ぎ、ゴンドウのマイルドなフリューゲルホーンの音色が温かな空気を醸し出す。そしてセットリストは『MOTHER2』から。楽曲を代表する「EIGHT MELODIES」 ~ 「SMILES AND TEARS」のメドレーへと歩みを進める。『MOTHER』ストーリーの根幹を成す8つの音から成る「EIGHT MELODIES」は、穏やかなピアノサウンドで。「SMILES AND TEARS」は癒しのフリューゲルホーンサウンドで。ほんの数小節ずつの短い楽曲ではあるが、だからこそゲームを楽しんでいたときの感動が胸に鮮やかに蘇ってくる演奏だった。

多くを語ることなく、鈴木の短いMCを挟んで、次に披露されたのは『MOTHER』からの「MAGICANT」。アンビエントなアルペジオをバックに、ゴンドウのフリューゲルホーンからスタートするこのインストゥルメンタルナンバーは、自然の中を吹きゆく風に誘われるような郷愁を感じるイマジナリーなメロディーが印象的だ。鈴木の口笛が、そんな想いを静かに広げ、トイ感のあるサウンドがユーモラスに響いた。

■『MOTHER』ミュージックは、ゲーム音楽としてのみならず、ポップミュージックとしても完成度の高い楽曲であることを改めて実感

そしてここで、真っ白なフォークロアな衣装を着た坂本美雨が呼び込まれる。「ようこそいらしゃいました」と鈴木に迎えられ、柔らかではにかんだ笑顔を見せた坂本がボーカルを紡いだのは「WISDOM OF THE WORLD」。民族調の香りをたたえたサウンドと、坂本の伸びやかで奥深い歌声とコーラスが溶け合った雄大な切なさをたたえたこの曲は、『MOTHER』シリーズファンからもとても愛されているナンバーだ。鈴木の作り上げた『MOTHER』ミュージックは、ゲーム音楽としてのみならず、ポップミュージックとしても完成度の高い楽曲であることを改めて実感する。後期ビートルズのオーケストレーションを彷彿とさせるアウトロも聴き応え十分だった。

坂本が去った後は、古き良きロックンロールを感じさせる賑やかな「THE PARADISE LINE」。鈴木いわく「ゲームの中では(キャラクター曲を)作れなかったけど、どうしても作りたくなった」というちょっとコミカルな「FLYING MAN」も披露。そしてもう一人、ゲストとして田中が呼び込まれてベースを背負い、ラテン風味が印象的な「スリークのテーマ」へ。『MOTHER2』の劇中よりも、切なさがアップしていたように思えた。

このライブで最も印象的だったのは、アバンギャルドでノイジーな演奏が堪能できた9曲目の「GYIYG」。画面にももちろん、ボスキャラ・ギーグとのバトルシーンが映像で登場。『MOTHER2』でここをプレイしたときの困惑と衝撃を思い出さずにはいられなかった。

そしていよいよライブ本編を締めくくったのは、鈴木が「最後といえばこの曲」と紹介した「EIGHT MELODIES」。坂本美雨が再びマイクを握ってボーカルを聴かせ、鈴木は素朴な歌声を添え、バンドがハーモニーを紡ぎながら、雄大でドラマティックなこの曲をフルバージョンで届けた。そして鳴り止まない拍手に導かれたアンコール。「これが最後です」と紹介されたのも、やはりこの曲「SMILE AND TEARS」だった。坂本の透き通った歌声、温かなサウンドが、心を洗い流していった。

最後に糸井が笑顔で「実現したねぇ。こういうことができるゲームで良かったと思います。またいろいろやりましょう」とメッセージ。エンディングのスタッフロールには、このイベントのチケット早期購入者の膨大な数の名前がクレジットとして流れるという粋なサプライズプレゼントもあり、ファンにうれしい貴重な演奏会となった。

■7月7日(日)までアーカイブ配信中

なお、この「MOTHERのおんがく。」は、7月7日(日)までアーカイブ配信中。“大人も子どもも、おねーさんも。”、『MOTHER』シリーズを愛するすべての人々に、ぜひ観てもらいたい!

TEXT BY 阿部美香

MOTHER2 30TH ANNIVERSARY LIVE THE MUSIC OF MOTHER
MOTHERのおんがく。
2024年6月22日(土)20:00開演

第1部 田中宏和「MOTHER REMIX」
第2部 糸井重里・鈴木慶一・田中宏和 『MOTHER』のおんがくトーク
第3部 鈴木慶一&TONZURA MOTHER BAND「THE MUSIC OF MOTHER」
01.プロローグ
02.POLLYANNA (I BELIEVE IN YOU)
03.EIGHT MELODIES ~ SMILES AND TEARS
04.MAGICANT
05.WISDOM OF THE WORLD
06.THE PARADISE LINE
07.FLYING MAN
08.スリークのテーマ
09.GYIYG
10.EIGHT MELODIES
アンコール
11.SMILE AND TEARS

TONZURA MOTHER BAND
鈴木慶一(ギター、ボーカル)
澤部渡(ギター、コーラス、ボーカル)
佐藤優介(キーボード、ボーカル)
ゴンドウトモヒコ(マニピュレーター、ホーン)
ダニエル・クオン(ボーカル)
坂本美雨(ボーカル)

配信LIVEチケット
https://www.1101.com/mother_project/events/music30th/#tickets
チケット販売は7月7日(日)18時まで、公演見逃し配信は2024年7月7日(日)24時まで。

リリース情報

「MOTHER」サウンドトラック
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=0527&cd=MHCL000000341
「MOTHER2 ギーグの逆襲」サウンドトラック
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=0527&cd=MHCL000000342
MOTHER MUSIC REVISITED【DELUXE盤】
https://columbia.jp/artist-info/suzukikeiichi/discography/COCB-54321-2.html

MOTHERのおんがく。OFFICIAL SITE
https://www.1101.com/mother_project/events/music30th/

photo:Yoshiaki Takei(Hobonichi)
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