【松永 正訓】「なぜ抗生剤を出してくれないのか!」発熱した子どもを連れてきた母親がクレーム…小児クリニック医師が開業して「もっとも驚いたこと」

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クリニックの舞台裏でふだん医者たちは何を思い、どんなことを考えながら患者を診ているのか。『開業医の正体』(中公新書ラクレ)の著者で小児外科医の松永正訓医師が明かす、医療現場の実態と本音とは。

理由もなく出された抗生剤

風邪の原因は100%近くがウイルス感染で、ウイルスには抗生剤(抗菌薬)は効かない。これは医師にとって常識のはず。ところが、国民の意識調査によれば、国民の半数はそのことを知らないという。子どもの風邪では、抗生剤は無効どころか有害である。

抗生剤を意味なく飲み続けると、抗生剤が効かない菌が体内に増え、重症感染症を起こすこともある。免疫系が乱れて、食物アレルギーや喘息になるリスクもある。飲んではいけない。

1年くらい前の話。初診の患者が受診した。1歳ちょうどの男の子を父親が連れてきた。前日の夜に突然38.7℃の発熱があったため、夜間に救急診療所を受診したのだそうだ。発熱はあるものの、鼻水も咳もなし。嘔吐も下痢もない。1歳という年齢を考えれば、突発性発疹症かもしれないし、いずれにしても経過を見るのが重要だと考えた。

「それで、昨日はどんな薬が出たんですか?」

「解熱剤とこれです。1日分だけ出されました」

父親が見せてくれた紙には、ペニシリン系抗生物質の名前が書かれていた。

イヤな予感が的中…

「なぜ、抗生剤を使うか説明はありましたか?」

「いえ……特に。熱があるので、薬を出しますねって・・・」

「抗生剤は飲む必要はありません。解熱剤で様子を見てください。発熱は72時間で治ります。発熱が4日目になったらもう一度受診してください」

すると、翌日その子がもう一度受診した。今度は母親が連れて来ていた。ちょっとイヤな予感がした。開口一番こう言う。

「なぜ、抗生剤の続きを出してくれないんですか? 抗生剤は途中でやめず、最後まで飲み切るのが重要なんじゃないですか?」

「抗生剤は、体の中のどこに、何という細菌がいるということを証明したときに初めて使う薬なんです。お子さんは、発熱以外に症状がありませんね? こういうときに、抗生剤は使いません。飲み切るっていつまで飲むんですか?」

「じゃあ、何で、前の医者は抗生剤を出したんですか?」

「……」

そんなの分かるわけがない。抗生剤を処方すれば、患者家族には「治療してくれた感」がある。医者からすれば細かい説明も省ける。しかしそれを口にすることはできなかった。

「夜間だし、できることも限られているし、一番悪い事態を想定したんじゃないですか?」

「……」

母親はムッとした顔つきで帰っていった。その後、その患者は鼻水が出始めて父親と共に再診した。熱はすぐに下がった。母親は納得していなかったようだが、ぼくは、その1歳の子に「いいこと」をしたので、クレームを付けられても別に腹も立たなかった。

命懸けで抗生剤を選択

18年前に開業医になってぼくが最も驚いたことは、開業医がみだりに抗生剤を使うことだった。マジか! という感じである。それまで大学病院でぼくが診ていた患者は小児がんが中心だった。大量の抗がん剤を使うと副作用で白血球が正常の100分の1くらいまで下がる。すると患者は発熱するようになる。原因は、細菌が血液の中に入ってしまう敗血症という状態になるからだ。

そこで血液を採取して細菌培養という検査に出す。血液の中の細菌を調べるのだ。菌の種類が分かったら、その菌に何種類もの抗生剤を混ぜ合わせて、どの抗生剤が効くかをチェックする。そしてそのデータをもとに、患者に抗生剤を投与するのである。

抗生剤の選択を誤れば、最悪、患者は敗血症で死亡する。実際、難治性の小児がんである神経芽腫(しんけいがしゅ)は、当時、全国で患者10人のうち1人が副作用で死亡していた。

つまり細菌感染が患者の命に直結するケースでは抗生剤は必須の治療法であり、またそれを使いこなせないと患者の死につながる。抗生剤とはそれくらい重い治療法だというのが、ぼくが大学病院で学んできたことだった。

患者家族の方が賢くなっている

抗生剤の乱用は、ぼくが開業した18年前に比べれば少しマシになった印象がある。それは医者が賢くなったというより、患者が賢くなったのではないか。ぼくのクリニックは水曜日が休診日で、うちのかかりつけの子が水曜日に発熱し咳や鼻水が出ると、ほかのクリニックに行ったりする。木曜日にさっそくうちに来てくれて、昨日の様子を母親が説明してくれる。

「この子、水曜日になると熱を出すんです。困っちゃう。昨日、開いているクリニックに行って薬を出してもらいました」

母親が手渡してくれたお薬手帳をじっと見る。風邪薬がズラリと並んでいるのはしかたないとしても、強力な抗生剤がそこに混じっているとぼくはフリーズしてしまう。

ぼくが黙ってお薬手帳を見詰めていると、母親がぼくの視線に気づき、「でも、その抗生剤は飲んでいないんです」と言ってニコリと笑う。

患者家族の方が、医者より賢くなっているな。ぼくはつくづくそう思う。

抗生剤を使う場合は理由を説明

なお、念のために言っておくが、細菌感染と診断した場合にはもちろん適切な抗生剤をクリニックでも使っている。待合室には、こういうケースでは抗生剤を使いますと具体例を明記した紙を貼り出してある。

難しいのは、ウイルス感染なのか細菌感染なのかの判別が困難なケースである。発熱が連日続き、気管支炎のような胸の音をしている子がいるとする。肺のX線を撮影しても明らかな肺炎の像はない。血液検査をしても、炎症反応がそれほど強くないと、細菌性肺炎とは断定できない。

本格的な細菌性肺炎に移行するのは何としても防ぎたい。こういう患者さんに抗生剤が有効なのかは相当微妙である。確証はないものの、場合によっては保護者に説明して使ってもらうこともある。

納得していただけることが大半だが、中には「抗生剤を使うことのデメリットは何ですか?」と質問してくる保護者もいる。親として立派な態度だと思う。

確かに、ウイルス感染から始まった風邪は、細菌感染を合併する可能性はゼロではない。では、やはり風邪に抗生剤は有効? しかしこれにはちゃんとデータがある。風邪の患者に抗生剤を投与して肺炎などの細菌感染症を防ぐためには、7000人以上の風邪の患者全員に抗生剤を投与して、やっと1人だけを防げるという。

患者家族にすすめたいこと

いずれにしても、どこに何という菌がいるから抗生剤を使うのか。そのことを患者家族は医師に質問することを強く勧めたい。え、怖くて聞けない? それはちょっとかかりつけ医を替えた方がいいかもしれない。

風邪に対して抗生剤は断固として使わず、しかし、細菌感染があると分かれば必要最小限で適切な抗生剤を使い一発で仕留める。これが信頼できる開業医だ。

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