待ち時間といった顧客のネガティブな経験も、工夫によって楽しい時間にしたり、長く感じさせないようにすることができます(写真:CHAI/PIXTA)

「どのシャンプーを買おうか」「どのサブスクリプションサービスに加入しようか」など、私たちは日々選択をしている。私たちはこれらの選択は自由意思のもとに行っていると思っているが、実は私たちには心理的な「癖」があり、商品やサービスにおけるちょっとした工夫が、消費者の購買行動を左右するのである。今回、人間のさまざまなバイアスと選択行動について、行動科学の知見をもとに掘り下げた『自分で選んでいるつもり:行動科学に学ぶ驚異の心理バイアス』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

人はネガティブな情報の影響を受けやすい


ブランドが提供する体験の中で、一番だめな部分はどこにあるか探し出し、そこを改善しなくてはならない。

これがもっとも重要なステップである理由は、「ネガティビティバイアス」があるからだ。人はネガティブな情報のほうに大きな影響を受けやすい。そうなる理由は二つある。

第一に、悪い情報は記憶に残りやすい。カリフォルニア大学バークレー校のフェリシア・プラットによる1991年の研究が証明している。

実験では被験者に、人の性格的特徴40種類を一覧で読ませた。40種類のうち20個は長所、残り20個は短所だ。その後、読んだ特徴をできるだけ思い出すよう求めると、長所よりも短所のほうを2倍多く思い出せていた。

第二に、記憶しやすさを踏まえてもなお、人はネガティブな情報のほうを重く受け止める傾向が強い。プラスへ振れるか、マイナスへ振れるか、その振れ幅が同じであったとしても、ネガティブな出来事のほうを重大に感じる。

この発見を一番はっきりと示したのが、ペンシルヴェニア大学のシェル・フェルドマンによる1966年の研究だ。実験では被験者に、ある架空の人物についての説明をしたうえで、その人物の魅力を評価するよう求めた。

被験者の中で一部のグループには、肯定的な特徴を説明した。別のグループには、否定的な特徴を説明した。また別のグループには両方を説明した。被験者が出す総合評価は、何度実験しても単純な平均値にはならず、ネガティブに偏った数値が出るのだった。

フェルドマンの論文によれば、これは悪い情報のほうが良い情報よりも重みをもって伝わったことを示している。

人間にネガティビティバイアスが備わっているのは、おそらく、進化の都合によるものだ。ケース・ウェスタン・リザーブ大学の心理学者ロイ・バウマイスターは、共著論文で次のように論じている。

良いことよりも悪いことに強く反応するのは、進化的な適応だ。進化の歴史を通じて、悪いことにうまく対応できた生物のほうが脅威に負けず生き延びられる可能性が高く、ゆえに、遺伝子を残せる確率も高かったと思われる。

エビデンスははっきりしている。消費者のブランド体験にネガティブな部分があるなら、その問題を解決するのが何より優先なのだ。具体的な方法はブランドの性質によって異なるが、いくつか実例で考えてみたい。

ディズニーランドの「待ち時間のお楽しみ」

最初はディズニーだ。世界各地にあるディズニーのテーマパークのどこかに行ったことがあるなら、滞在時間の大半が待ち時間になることは知っているだろう。人気のアトラクションなら2時間待ちもめずらしくない。

だが、待ち時間にもお楽しみが満載。たとえば空飛ぶダンボに乗りたい客にはブザーが配られる。順番が来たら音で知らせてくれるので、それまでプレイエリアで子どもを遊ばせておくことができる。プレイエリアもダンボの世界観を表現したサーカステントだ。

アトラクションにたどりつくまでの時間を楽しめるのは子どもだけではない。ホーンテッドマンションの場合は、順路の途中に彫刻が並び、墓碑におそろしい死因が書かれているので、それをヒントに犯人をつきとめる謎解きゲームに興じることができる。

ディズニーの場合はこうした待ち時間のお楽しみに相当のコストをかけているが、コストをかけなければいけないというわけではない。ちょっとした発想の転換で解決する場合もある。

発想転換の巧みな実例が、2000年代はじめにテキサス州ヒューストンの空港で見られた。当時、空港運営側は、預入荷物が出てくるのを待つ搭乗客からのクレームの多さに悩んでいた。調べたところ、搭乗客は平均およそ8分間待たされたところで我慢の限界に達し、文句をつけることが多いとわかった。

そこで運営側が考案したのは、ほとんどコストのかからない対策だ。入国審査後の順路を変更した。搭乗客は荷物の回転テーブルにたどりつくまで、それまでよりも長く歩かなければならない。具体的に言えば8分長くかかる。回転テーブルに到着する頃にはすでに荷物が来ているというわけだ。

重要なのは「受け手の認知」

荷物をピックアップする時間は結果的に同じなのに、クレームは激減した。『ニューヨーク・タイムズ』紙で、この空港再設計に関する記事を書いた記者アレックス・ストーンの表現によれば、「待ち時間の客観的な長さは、待つという体験を定義する一要素にすぎない」。

より重要なのは受け手の認知なのだ。何もせずただぼんやりと待つ時間は、別の用事をしながら待つ時間よりも、かなり長く感じられるのである。

ディズニーのテーマパークと、ヒューストンの空港の例は、体験の足を引っ張る要素を埋めることの意義を教えている。企業は自社商品の都合の悪い部分に向き合いたがらないことが多い。マーケティングでも、良い部分を強調する努力のほうが、やりがいを感じることだろう。だが、エビデンスを見る限り、それは出発点として間違っているのだ。

(翻訳:上原裕美子

(リチャード・ショットン : イギリス広告代理店協会(IPA)名誉会員、ケンブリッジ大学チャーチル・カレッジ・モラー研究所アソシエイト)