「勉強しなさい」は偏差値を下げる呪いの言葉
「勉強が嫌いにならないようにしておく」ことが大切です(写真:kou/PIXTA)
【質問】
今、小学校5年生の子がいます。うちは中学受験をせずにそのまま公立中学に進学する予定です。というのも、子どもは勉強を前向きにやらないため中学受験を諦めたのです。それでも勉強は大切なので、中学に向けてなんとかさせたいと思っていますが、今からどういう準備と注意をすればいいでしょうか。
松崎さん(仮名)
勉強は「嫌いでない」状態であれば問題ない
中学に向けての準備というと、「学習習慣をつけておきましょう」「復習をしっかりしましょう」という生活習慣にまつわる話や、「英語をしっかりやっておきましょう」「プログラミング教育や探究学習をしておくといいでしょう」という個別の学習内容についての回答を期待するかもしれません。
これらが重要でないという話ではありませんが、勉強面で最も根本的かつ本質的な視点で見ると「ある前提」を作っておくことが最も大切であると考えています。この前提がないと、いくら勉強をさせたところで、塾に入れたところで、前向きに勉強することはなく、学力が伸びることはありません。その前提とは次のことです。
「勉強が嫌いにならないようにしておく」
勉強を好きになる必要はありません。嫌いでない状態であれば問題はありません。なぜなら嫌いになるとブレーキをかけた状態でアクセルを踏ませることになるからです。するといくら勉強しても伸びないため、そのうちやる気を失い、勉強の世界から子どもの心が離れていきます。
例えば、1人は勉強嫌いで、もう1人は特に勉強嫌いという感情を持たない同じ能力の子が2人いたとします。同じ場で、同年数、同じ教材を使い、同じ授業を受けた場合、この2人の間にはその心理差から年々学力差が生じ、1年もすると雲泥の差がついていきます。
出発点において同じ条件でありながら、異なるのは「勉強に対する認識の差」だけですが、これがやがて大きな格差を作っていくため、スタートラインでの心の持ちようはとても大切になります。これさえ担保できれば、学力を引き上げることは難しくありません。
そもそも、なぜ勉強嫌いな子が出てくるのでしょうか。
理由や背景はさまざまですが、筆者がこれまで4500人以上の小中学生を指導してきて感じたことは、「勉強嫌いな子は子ども自身で勝手にそうなったのではなく、大人によって作られた可能性が高い」ということでした。大人とは先生や親です。大人もわざわざ勉強嫌いな子を作ろうとは思っていませんが、無意識のうちに日常生活の中で次の5つのことをしてしまうと、勉強嫌いな子を“自動的”に作っていくことになります。
(1)宿題をやってない子を怒る
宿題にまつわる相談は少なくありません。「うちの子、宿題を自主的にやらなくて困っています」という趣旨の相談です。そのような質問を受けると、筆者は決まって次の質問をします。
「その後、どのような対応をされるのですか?」
すると、イライラして怒り口調で言い合いになりますというケースがほとんどです。このような状態が続くと「宿題=ネガティブ」という印象を子どもに刻印することになり、仮に宿題を嫌々ながらやったとしても勉強の成果はほぼ出ません。
学校や塾でも宿題をやってこない子を怒る先生がいます。子どもに必要なことは怒ることではなく、どうすれば宿題ができるようになるかというアプローチなのです。それを一緒に子どもと考えていくのが先生や親の役割なのですが、単純にやらせることだけに焦点を当ててしまい、怒ってばかりいれば、子どもは先生や親への不信感だけでなく、勉強そのものからも離れていきます。
(2)勉強をやりたくない子に強制的にやらせる
「勉強は強制的にやらされるもの」という印象が一度ついてしまうと、その後自主性を発揮させることは困難になります。子どもは無理やりやらされたことを素直にやる機械のような存在ではありません。人格と心をもった一人の人間です。心を動かさずに、行動ばかりを変えようとしても効果は出ません。
「勉強しなさい」は呪いの言葉
また、強制的にやらせるときに使用する言葉、「勉強しなさい」という声かけがあります。この言葉を筆者は35年前から「呪いの言葉」と称し、保護者面談で次のようなお話をしてきました。
「1回勉強しなさいと言うと、そのたびに偏差値が1下がるのでやめたほうがいいです」
もちろん実際に偏差値が1下がるわけではありませんが、イメージとして話していました。
「〇〇しなさい」が、効果がないことを実感できる別のエピソードもあります。例えば、パートナーから「早く料理しなさい」と言われたらどのような気持ちになるでしょうか。おそらく快く料理はしないはずです。それよりも、「今日の料理、とても美味しかったよ」と言われたら、また作りたくなるのではないでしょうか。人間の心というのは、このように動いています。
以上のように、強制的に勉強をやらせていると、動かなくなるだけでなく、勉強が嫌いになっていきます。ちなみに子どもの大好きなゲームやYouTubeを仮に強制的にやるように毎日しつこく声かけしていけば、子どもはゲームや動画を嫌うようになります(これはあくまでも原理的な話であり、実行は厳禁です)。
(3)成績やテスト結果を見てマイナス部分の指摘から入る
子どもは親の表情をよく見ています。見ていないようで見ています。親がどのようなときに表情が明るいのか、暗いのか敏感に感じ取っています。
例えば、子どもの成績やテストの点数が親の期待値から低いとき、親の表情が曇ることがあります。そのときの子どもは親の「私の期待に応えないあなたを認めない」というメッセージを受け取っています。
人の評価は「まずはプラス部分から」
さらに、言葉に出して成績やテスト結果のマイナス部分を指摘することもあります。例えば、80点取ってきた子に、「この計算ミスはどうしたの?」「文章ちゃんと読んでいないから失点しているよね」とマイナス部分をはじめから指摘されていると、子どもは勉強嫌いになっていきます。
人の評価はまずはプラス部分からすることは基本原則です。この原則から外れ、マイナス部分の指摘をして伸びる子は、人生を悟った子です。ということはほぼいません。
(4)わからない問題、自力で解けない問題ばかりやらせる
勉強が嫌いになっていく要因の一つに、わからない問題が続いてしまうということがあります。授業はどんどん先に進むため、少し停滞しているとそこからわからなくなっていくことはよくあります。過去の基本部分が抜けているのに、現在進行中の授業内容が理解できるわけがありません。その間、わからない状態で、じっと授業を受けなくてはいけない、勉強しなくてはならないとしたら“地獄”です。
子どもにとって必要なレベルは、少しストレッチした程度のレベルです。それであれば、やってもいいという気持ちが出てきます。
ゲームでも、やる気がなくなるのは、簡単すぎるゲーム、まったく歯が立たないゲームです。勉強も同じです。特に算数は積み上げ型の科目であるため、基礎が抜けるとその後は総崩れになります。そのような状況で粛々と毎日授業を受けられる子はいません。
もし、今勉強から心が離れているとしたら、一旦、子どものレベルにあった内容に落としていく必要があります。そのほうが、復活が早いです。
(5)大人が子どもに「できない子だね」「〇〇は苦手だな」と勉強に関してネガティブな発言をする
子どもの感受性は大人が思っている以上に強いことを知っておく必要があります。子どもの心を無視して、土足で心に踏み込んで、平気で傷つくような言葉を使う大人も世の中にはいます。基本的に、聞いていて心地悪い気分になる言葉は使わないほうが無難です。このような言葉を継続して使われると、いつしか子どもをできない状態に“洗脳”しかねません。
ネガティブな言葉は、自分で言っても心を蝕む
一方、子どもの中には自分を卑下してネガティブ発言をする子もいます。かつて中学生を指導していたときに、ネガティブ発言をよくする子がいました。「僕は数学が苦手でできない」と頻繁に言っていたのです。そのようなときに、ただ「ネガティブな発言をすることは良くないよ」と言っても効果はありません。そこである会話をしたら、その後は一切言わなくなり、前向きに勉強に取り組み、数学がぐんぐん伸びていきました。それが次の会話です。
先生:「先生が君に会うたびに『君は数学苦手だね』『数学全然できるようにならないね』と言い続けたらどうなると思う?」
生徒:「どんどんやる気がなくなって、できなくなる気がします」
先生:「君はそれを自分でやっているんだよ」
この会話ではネガティブ発言をやめることを伝えていません。「こうしたらどうなると思う?」という問いかけだけです。これで子どもは実感できたようです。ネガティブな言葉は大人によっても、自分で言っても、心を蝕んでいくことがわかると思います。
以上、子どもを勉強嫌いにさせる5つの項目についてお話ししてきました。このうち複数個を継続して行えば、ほぼ確実に勉強嫌いな子が誕生します。そうならないための対策は、ただ一言、「やらない」というだけです。
勉強好きにする必要はありません。勉強嫌いにさせないことだけを考えてみてください。すると子どもは、自力で勉強するようになっていきます。
(石田 勝紀 : 教育デザインラボ代表理事、教育評論家)