「ティッシュがいつもの場所にないと激怒」発達障害のパートナーをもつ人が陥る「カサンドラ症候群」のつらさ
■相手の気持ちを察することが苦手、こだわりが強い
こだわりが強くて徹底した「マイルール」があり、例えばいつもテーブルの右側に置いてあるティッシュペーパーの箱が真ん中に置いてあると、イライラして怒ってしまう。朝起きてから出勤するまでの身支度の手順が決まっていて、家族の体調不良や用事などで、それを変えられると混乱して機嫌が悪くなる。天候の悪化や家族の病気などで、決められていた予定が直前に変わるとパニックになりキレてしまう。
あいまいなニュアンスを汲み取ることが苦手で、「今日は体調が悪くて食事の用意ができないから、夕食はコンビニで買ってきて済ませて」と言うと、自分の食べるものだけ買ってきて、寝込んでいるパートナーの食べ物まで気を利かせることができない。好物のメニューを作っているので、楽しみに待っていてほしくて「もうすぐご飯ができるから待っててね」と言っても、「もうすぐ」がどれくらい先なのかが気になってしまい「何時何分にできるの?」と聞き返してくる。
自分が関心を持っていること以外には目を向けず、子どもの教育について話し合おうと思ってもまったく関心を持ってくれない。逆に、子どもがいやがっても「子どもには絶対にこの習い事をさせないとダメだ」とこだわる。
最近、大人の発達障害については知られるようになってきました。約束を忘れてしまう、ものが片づけられない、こだわりが強くて習慣が変えられない、言葉になっていない相手の気持ちを読み取れない……などの傾向の背景に、発達障害の特性がある場合が考えられるのです。
そして、配偶者やパートナー、上司、部下など、身近な人が発達障害の特性を持つために、心の通ったやりとりやコミュニケーションができず、またそれを誰にも理解してもらえない孤独感から、心身の健康を害してしまうことがあります。正式な医学的な病名ではありませんが、こうした症状は一般的に、「カサンドラ症候群」と呼ばれています。
■周囲に理解されず、余計に悩みを深めてしまう
カサンドラ症候群は、職場でも家庭でも起こりえますが、圧倒的に多いのが家庭です。
そして男女で言うと、カサンドラ症候群になるのは女性の方が多いです。発達障害は女性よりも男性に多いことに加えて、まだまだ根強く残る男性中心の価値観が強い社会や家庭内では、どうしても女性から自己主張するのが苦手であることが背景にあると考えられます。
上司や部下が発達障害で困っている場合は、人事部や産業医に相談したりできますし、異動などで相手と離れることもあります。私自身も産業医の立場から、発達障害の可能性がある社員に対しては、受診してはどうかと勧めることがあります。
しかし、一つ屋根の下に暮らす配偶者やパートナーが発達障害の特性を持つ場合は、簡単に関係を切ることができず、逃げ場所もありません。友人や身内に相談してみても、「よくあることだ」「誰でも多かれ少なかれそういう傾向はあるものだ」と、なかなかわかってもらえず、「こんなことを気に病む自分が悪いのではないか」と、余計に悩みを深めてしまうことが多いようです。結局、ストレスを自分で抱え込み、メンタルヘルスに不調をきたしてしまうのです。
■本人に悪気はなく、自分では何も困っていないことも多い
発達障害は、そもそも一つの病気があるわけではなく、発達障害という一つの大きなカテゴリーの中に「ADHD(注意欠如・多動症)」「ADD(注意欠陥障害)」「ASD(自閉症スペクトラム症)」などの特性が存在します。「100%ADHD」という人はめったにおらず、いろいろな特性がさまざまな割合で組み合わさっていることが大半です。そして、カサンドラ症候群に比較的関係しやすいのは、コミュニケーションや対人関係に困難を持つ傾向のあるASDの特性だといわれています。
カサンドラ症候群の症状は多岐にわたります。「配偶者やパートナーがもうすぐ帰ってくる」と想像するだけで頭痛や腹痛がする、動悸がする、息苦しくなる。また、憂鬱な気持ちが消えない、夜眠れなくなるといった状態になったり、倦怠感、疲労感が取れない場合もあります。
カサンドラ症候群で精神科を受診される方の中には、「原因となっている相手(パートナーや配偶者)を受診させて、発達障害の診断や治療を受けさせて、言動を変えさせたい」と言う人も多いですが、これは簡単なことではありません。本人に悪気はないうえ、自分では何も困っていないことも多く、病院に連れてこられて病人扱いされることに反発し、かえってパートナーとの溝を深めてしまうこともあります。また、発達障害は単なる「病気」とはいえず、「治る」ものではなく、本人や周囲の人が特性を理解し、お互いがストレスを抱えない対処法を学んでいくしかありません。
では、パートナーなど身近な人が発達障害の特性を持っている場合、どうすればカサンドラ症候群を予防したり、症状を緩和したりできるのでしょうか。そのためには大きく3つのステップがあります。
■まずは特性を知ること
まずは、発達障害の特性を知ることが重要です。
カサンドラ症候群の人の中には、発達障害がどういうものか、よく理解していない人が少なくありません。まずは、自分が、相手のどのような言動にストレスを感じているのか、そして、相手はなぜ、そんな言動をするのかを理解しましょう。
もちろん、頭で理解しても、心が追い付かないかもしれませんが、特性を知ることで、相手の受け入れがたい行動や許せないふるまいの背景を知ることができます。納得はできないかもしれませんが、合点がいくようになれば、少なくとも「受け入れられない私が悪いのではないか」と自分を責める気持ちは和らぐでしょう。相手の言動を変えることはできないことについて、あきらめもつきやすくなります。つまり発達障害を知ることで、相手の言動に対する自分の受け止め方が変わってくるのです。
■相手と自分の間に「境界線」を引く
2つ目のステップが、相手への期待値を下げて「境界線」を引くことです。
最初のステップで、発達障害の特性について知ると、相手の言動を変えることは難しいことがわかってきます。こちらが期待するような反応は、なかなか返ってこないのです。ですから、期待すればするだけ裏切られる苦しさも大きくなる。ですから、難しいことかもしれませんが、期待値を下げ、相手と自分の間に境界線をしっかり引くことを意識しましょう。
まじめで責任感が強く、思いやりや共感を大切にする人、自分のことを後回しにしてでも、相手のために何かしてあげたいと思う人は、どうしても相手に巻き込まれやすく、カサンドラ症候群にも陥りやすい傾向があります。境界線をひいて、ある意味突き放すような捉え方をすることに、罪悪感を感じてしまうのです。また、「夫婦、家族はいつも一緒に過ごすもの」といった「理想の夫婦像・恋人像」などを持っている人も、現実をそこに近づけようとして、余計に自分を苦しめてしまいます。
相手に対しては、「いちばん近くにいる他人」ぐらいの感覚でいるのが良いと思います。描いている、夫婦や恋人の「理想像」も、いったんあきらめた方がいいでしょう。「私は私、あなたはあなた」と境界線を意識して割り切り、自分の気持ちを大切にしてください。
そして、たとえば、今日何を食べるか、どんな服装をするか、何をして過ごすか、など、どんな小さなことでも、自分できちんと決めることを意識します。相手に引きずられたり振り回されたりすることで自分に対して抱えてしまっていた、無力感を取り除いてほしいと思います。
■家の外に居場所を持つ
3つ目のステップが、家庭の外に居場所を持つことです。
私はよく、「家庭の疲れは、家庭の外で発散してください」と伝えています。自分の趣味や居場所を持ち、自立していくことは、カサンドラ症候群にならないためにも大事なことです。
一般的に、人間関係に悩みを抱える人は、相手のことで頭がいっぱいになりがちです。ですから、まず相手に向けている視線を「自分」に向けるようにするのです。仕事に没頭してもいいし、お気に入りのカフェで一息ついたり、緑の多い公園で過ごしたりしてもいいでしょう。家の外に、自分がリフレッシュできる場所や行動を持っておくことが、一番の予防法であり治療法にもなります。
■別居や離婚も選択肢の一つに
ただ、こうしたステップも、渦中で苦しい思いをしていると、なかなか実行できないかもしれません。その場合は、精神科医やカウンセラーなど、第三者に相談してみてください。一人で抱え込まないようにしてください。
誰しも限界はありますから、自分のキャパシティーを超えそうになることもあります。いろいろ試した結果無理だったならば、その場を離れ、相手と物理的に距離を取るしかない場合もあるでしょう。最終的には、別居や離婚を選択肢に入れてもよいと思います。
自分の心身の健康を犠牲にしてまで、一緒にいることにこだわる必要はありません。理想像からは離れるかもしれませんが、自分たちにとって最適な距離感を探してほしいと思います。その結果、別居や離婚ということになっても、それは決してダメなことではないはずです。
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井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医
産業医・精神科医・健診医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、精神科医としては外来でうつ病をはじめとする精神疾患の治療にあたっている。ブログやTwitterでも積極的に情報発信している。「プレジデントオンライン」で連載中。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)