脳トレには、実はほとんど効果がないそうです(写真:buritora/PIXTA)

内閣府の調査によれば、2025年には65歳以上の認知症患者数が高齢者人口の20%になると推計されています。つまり、5人に1人が認知症になるという計算です。近年は「脳トレ」と呼ばれるパズルが高齢者の間で人気を博していますが、認知症予防の観点では効果がないということもわかっています。認知症を防ぐためには、どうすればいいのか。高齢者の精神医療を専門として6000人以上の高齢者を診察してきた和田秀樹氏が認知症の「真実」を語ります。

※本稿は和田氏の新著『「健康常識」という大嘘』より、一部抜粋・再構成のうえお届けします。

難聴を避ければ認知症のリスクを減らせる

私は高齢者の精神医療を専門として、これまでに6000人以上の高齢者を診察してきました。長い臨床経験のなかには、認知症家族の家族会運営も含まれています。

認知症の人の家族の多くが「ボケるのが怖い」「ボケたくない」と言います。介護などでつらい経験があると、どうしてもそう考えてしまうのでしょう。

世界五大医学誌の一つとされる『ランセット』は、2020年に「12の認知症発症リスク」を発表しました。これは認知症の発症を40%予防、もしくは遅らせるために避けるべきことをリスト化したもので、たとえば「難聴」を避ければリスクを8%減らせるといった具合です。

そのなかの3番目、認知症リスクを4%下げるとされたのが「社会的孤立」です。孤立を避け、仕事や遊びで家族や仲間との交流を持てば身体活動も精神活動も増えて、脳機能の維持に役立つというわけです。

同様に、国立長寿医療研究センターのあるグループが65歳以上の約1万4000人をおよそ10年間にわたって追跡調査した結果でも「配偶者あり」「同居家族の支援あり」「友人との交流あり」「地域のグループ活動に参加している」「就労している」という5項目のすべてを満たす人は、0〜1項目しかあてはまらない人に比べて認知症リスクが46%低いとしています。

独居のほうが認知症の進みは遅い

ただし、ここで注意をしなければいけないのは『ランセット』の挙げた「社会的孤立」は、決して「独居の高齢者」を指したものではなく、「社会との接点の有無」を言っているという点です。

たとえ一人暮らしであっても、自発的に社会との接点をいろいろとつくることはできます。老人会や地域サークルに参加するのもいいですし、今はたいていの高齢者がスマートフォンを持っているでしょうから、そこでSNSを活用してみるのも一種の社会交流です。

認知症の進行度合いを見た時に、「独居のほうが遅い」こともわかっています。朝起きて布団をたたみ、朝食をつくり、散歩に出かけ、近所の人と顔を合わせれば世間話をする。そんな毎日のことが認知症の進行を遅らせるのだと考えられます。

家事をこなすことは適度な運動になり、同時にかなり頭を使います。とくに料理は「どんな献立にするか」「冷蔵庫のどの材料を使うか」「足りないものは別のもので代用するか」等々、調理を開始する前から考えることがたくさんあります。

そして、いざ調理を始めれば「お鍋を火にかけている間にネギを切る」「フライパンで玉子を焼く間にトースターで食パンを焼く」などと一度に別々の行動をする場面が多くあって、この「同時に2つ以上の行動をする」というのも脳の活性化には効果的です。調理で包丁を使う際の手先の細かな動きも、脳への刺激になります。

年をとるにつれて洗濯物の出し入れが大変になるので、洗濯機はドラム式のものを使うと腰などを痛めることが少なくなります。ルンバのようなロボット掃除機を使ってみるのもいいでしょう。

ロボット掃除機は床にものを散らかしているとうまく使えないため、自ずと片付けの習慣がつきます。部屋が乱雑な高齢者は認知症になりやすいとの説もあるので、掃除や片付けはしっかりやるようにしたいものです。

高齢者の脳は日々萎縮し、衰えていきます。しかし加齢による衰えはライフスタイルを改善することによって、進行を食い止めることができるのです。認知症と診断されてからも普通に暮らしていける人は決して少なくありません。

認知症であっても日常的な家事はこなせるし、テレビやパソコンなど使い慣れた機械であれば操作も問題ありません。読書や俳句づくりを習慣にしてきた人なら、これも変わらずに続けられます。

認知症予防に脳トレはほとんど効果がない

昔から「頭を使っている人はボケにくい」といわれていて、これは一面の真実と言えます。脳の萎縮が同程度に進んでいる認知症患者の比較でも、とくに何もしていない人はかなりボケているのに、日頃から頭を使う環境にいた人はそうでもなく、知能テストでも後者の点数が高くなるケースが多いようです。

ただし、頭を使うといっても、いわゆる「脳トレ」はほとんど効果がありません。たとえば数独ばかりをずっとやっていれば、認知症の初期ぐらいなら数独の点数は伸びます。

しかしそれは脳全体の機能が活発化しているわけではなく、単に数独ができるだけのこと。他のテストの成績がよくなることはありません。このことはいろいろな実験で明らかにされていて、脳トレといわれるものは数独でも百マス計算でも、認知症予防という観点からはほとんど無意味です。

国際的な科学雑誌『ネイチャー』やアメリカの医学会雑誌『JAMA』でも、いわゆる脳トレの効果にまつわる大規模調査の結果が発表されています。

そのうちの一つ、アラバマ大学のカーリーン・ボール博士による2832人の高齢者に対する研究では「言語を記憶する」「問題解決能力を上げる」「問題処理能力を上げる」などのトレーニングをした場合、練習した課題のテストの点だけは上がるのですが、他の認知機能は上がらないことがわかっています。与えられた課題を繰り返し行えばそのことはできるようになっても、脳全体の活性化にはつながらないのです。

脳のトレーニングに有効な他人との会話

ではいったいどうやって「頭を使う」といいのか。私の経験上、もっとも効果が高いと思われるのは、他人との会話です。他人としゃべる時には強制的に頭を働かせる必要があります。自分が話したことに対して相手からの反応が返ってくるというやりとりで「頭を使う」ことが、有効な脳のトレーニング法となるのです。

普段から頭を使っているつもりの人でも、認知症と強い関連のある前頭葉は案外と使っていないものです。読書は言語を司る側頭葉を使うだけですし、計算やある程度難しい数学の問題を解く時も頭頂葉しか使っていません。

かつて前頭葉を切り取ることである種の精神病を治療することを目的とした「ロボトミー手術」というものがありました。さまざまな問題が起きたため、今では行われなくなりましたが、この手術の後でも知能指数はまったく落ちなかったといいます。

つまり、前頭葉は一般的な知的活動には使われていないのです。前頭葉が使われるのは、何かを創造したり新規なものに対応したりする時で、前頭葉が老化すると、決まった行動を好むようになります。

さまざまなことに挑戦して前頭葉を鍛えよう

行きつけの店にしか行かなくなったり、同じ著者の本ばかり読むようになるのが一つのサインです。逆に言えば、新しい店に出かけたり、読んだことのない作家の小説を読んだり、可能ならば俳句を詠んだり小説を書いてみると前頭葉が鍛えられます。


日本では大学でもあまり前頭葉を使う教育をせず、仕事でも自分で考えたことをやるのではなく「言われたことができればいい」という風潮が強いため、前頭葉を使うことが苦手な人も多いのですが、まだまだ続く長い人生のためにもぜひチャレンジしてください。

また最近の研究では、きちんとした対処をすれば認知症の進行を止めるだけでなく、知能が回復する可能性も指摘されています。

幹細胞や上清液を使って生きている脳を元気にしようという治験を行っているグループがあるのですが、そこで聞いた限りだと、それらの処置をすることで長谷川式認知症スケール(簡易的な知能検査)などの点数が上がるそうです。

こういった研究が進めば、将来的には萎縮した脳を復活させることが可能になるかもしれません。

(和田 秀樹 : 精神科医)