ゆで太郎、丼スタイルで「のり弁」を提供するなぜ

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ゆで太郎での「ミニのり弁」。そば屋さんなのにのり弁? 「弁」といいつつ店内では「丼」で出てくる…? そんな不思議メニューには、意外と奥深い歴史が(筆者撮影)/外部サイトでは写真をすべて観られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」――外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。

人気外食チェーン店の凄さを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回はセルフそばチェーン・ゆで太郎の「ミニのり弁」を取り上げます。

飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。

そば店なのに弁当 さらに「丼」なのに「弁」

今回のテーマは、ゆで太郎の「ミニのり弁」です。なお、詳しくは後述しますがゆで太郎には大きく分けて直営とフランチャイズの2種類があり、今回の記事では基本的にゆで太郎システムが展開する後者を扱います。


セルフそばチェーンのゆで太郎。最近はもつ次郎との併設店もチラホラ(筆者撮影)

ゆで太郎といえば、代表メニューは何といってもそば。一方でカツ丼やカレーといった「丼メニュー」もいくつか展開しています。中でもミニサイズのみを展開しているのり弁は「ミニサイズしかないのなんでなんだ」といった声がSNSで上がっているとともに「弁」といいつつも店内では「丼」で提供することから「丼に入ったのり弁は初めて」など驚きの声も出ているようです。

カレーやカツ丼などはそばと一緒に食べるイメージもありますが、弁当はなかなか想像がつきません。それに、丼に入ったのり弁とはいったいどんなメニューなのでしょうか。実際に店舗へ足を運んで確かめてみました。


セットや朝食メニューも充実しているゆで太郎(筆者撮影)

訪れたのは、都内郊外エリアのロードサイド店。ゆで太郎が2020年から展開しているもつ煮業態「もつ次郎」との併設店でもあります。土曜日の昼時ということもあって、店舗前の駐車場は満車と盛況です。

店に入るとまず目に入ったのが、製麺所。ゆで太郎は毎日、店舗で粉から製麺していることで知られています。店内を見回すと家族連れからソロ、夫婦などさまざまな人がいて幅広い客層がうかがえます。

注文したのはもりそばと単品のミニのり弁です。代表メニューともいえるそばは「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」の「三たて」として謳っているこだわりそのまま、口当たりやのど越しが良くツルツルと食が進みます。


ゆで太郎のそばは「三たて」を謳っています(筆者撮影)

オーソドックスなのがうれしい 鰹節の存在も光る

肝心のミニのり弁は、噂の通り「弁」なのに「丼」。とはいえ多くの人が「のり弁」と聞いてイメージする最大公約数をそのまま具現化したかのような、安心感と定番感のある見た目をしています。


確かに「のり弁」なのに丼(筆者撮影)

ご飯の上に敷かれた海苔、その上に乗っているのはちくわ天と白身魚のフライです。普段ちくわでご飯を食べる人は少ない(はず)にもかかわらず、天ぷらになっていることでご飯の上に乗ったときの説得感が生まれているのはなぜでしょう。一口かじると、しっかりとしたちくわの歯ごたえを感じるとともに、なぜかそばだけでなくご飯が欲しくなるのです。


ちくわなのにご飯にも合う、それがちくわ天(筆者撮影)

一方の白身魚のフライには、おかずとしての堂々としたたたずまいがあります。そのままでも良し、マヨネーズなどをかけても良し。こちらはそばよりもご飯が進みます。


「のり弁といえば」の代表おかず、白身魚のフライ(筆者撮影)

何よりうれしいのは、ご飯と海苔との間に挟まれている鰹節。もちろん海苔だけでもご飯は食べられますが、鰹節の存在によって満足感と幸福感が何倍にも高まることは間違いありません。のり弁の隠れた主役ともいえる名脇役です。

ミニサイズだけあって、あっという間に食べられるかと思いきや、ご飯の量も意外と多く、そばと合わせて満腹になりました。一見するとスタンダード過ぎるのがこのミニのり弁かもしれませんが、だからこそいつでも注文できる、オールマイティーなサイドメニューといえるでしょう。

ゆで太郎は2種類!ほっかほっか亭との意外な関係性

ここであらためて、ゆで太郎の紹介です。実はゆで太郎には2種類あることをご存じでしょうか。現在、信越食品とゆで太郎システムの2社が運営しているのです。

そのうち、ゆで太郎のルーツは信越食品です。もともと弁当チェーン・ほっかほっか亭の店舗オーナーだった水信春夫さん(信越食品創業者)がそば職人に転身。本格的なそばを立ち食いでも展開したところ、大ヒットしてゆで太郎の誕生につながったそうです。

その後、ほっかほっか亭時代の知り合いだった池田智昭さん(ゆで太郎システム社長)が店舗運営のシステムを整え、フランチャイズ展開することを提案し、2004年にゆで太郎システムが設立されました。そのため、現在は信越食品が直営するゆで太郎と、ゆで太郎システムがフランチャイズ展開するゆで太郎の2種類があるのです。池田社長によると、前者は都心部の立ち食い店が多く、後者はロードサイドで着席して食べる店が多いとのこと。


そばがメインながらミニ丼も充実しています(ゆで太郎公式Webサイトより)

そんなゆで太郎の人気商品は、基本中の基本でもある冷そば・温そば。ミニ丼ではかつ丼が圧倒的な人気を誇ります。池田社長によると、コアターゲットは「20〜60代の働くお父さん」。商品開発では経営陣も積極的にコミットし、メンバー自身が同じような属性であることから「自分が食べたいと思えるものを開発しています」と話します。

「ゆで太郎が提供しているのは日常食なので、華々しくはないかもしれない一方で、着実な商品を心掛けています。商品会議では主に味・ボリューム・価格の観点から、新商品とともに既存商品のブラッシュアップも行っています」

ほっかほっか亭には「ケンカ売っているのか」

そばチェーンとしては珍しいのり弁がラインアップに加わったきっかけは何だったのでしょうか。先述した通り、池田社長は「のり弁の祖」とも呼べるほっかほっか亭出身です。1976年に創業したほっかほっか亭が「のり弁当」として販売した商品こそ、現代のり弁のルーツとされています。

かつて池田社長がほっかほっか亭に入社したきっかけも、のり弁でした。昭和32年生まれの池田社長にとって、のり弁はお母さんが作る弁当としての原風景だったそう。その原風景を再現し、260円で展開したほっかほっか亭ののり弁は「ルーツ、原点の商品」とも語り、一目惚れのように魅力を覚えて入社したそうです。

そう聞くと、今回のテーマであるゆで太郎ののり弁は、さぞ肝いりで開発が進んだのかと思いきや、意外にもそうではないようです。

「のり弁が生まれたのは定番商品のブラッシュアップがきっかけです。薬味そばなどで使う鰹節を口当たりの良い極薄削りの本枯節に、あとは海苔を播磨灘産の一番摘みにしたり、ちくわを高品質なものへリニューアルしたり改良を加えていたんです。そこで、ふとあるとき社内で雑談していて『おかかと海苔とちくわがあれば、あとは白身魚さえあればのり弁ができるのでは』と思い付いたんです」

それまでゆで太郎のミニ丼メニューにはカツ丼やカレーなどがあった一方で「1品、毛色の違うものが欲しかった」とも池田社長は振り返ります。そこから白身魚の調達先を探し、実際にのり弁を作ってみたところ、違和感のない仕上がりに。ちなみに「丼」で提供するのに名前が「弁」なのは「『のり丼』だと海苔を敷いただけの印象がある」ことから、洒落も交えつつ決めたそうです。

偶然から生まれたゆで太郎ののり弁は、池田社長と同じくほっかほっか亭出身であるゆで太郎システムの営業部長・商品部長も納得の商品になりました。ちなみにほっかほっか亭には旧知の方も多く、ゆで太郎からのり弁を出す際には笑いながら「ケンカを売っているのか」といわれたとか。


かつて販売していたミニサイズではない、フルサイズののり弁(提供:ゆで太郎システム)

現在も販売しているミニのり弁は2020年11月に発売し、2022年4〜8月にはミニサイズ以外に、より豪華な「満腹太郎のり弁」の単品とセット商品も展開。しかし、もともとそばがメインであり、フルサイズの丼はそこまで人気が出ないことから、現在はミニサイズのみを展開しています。ミニのり弁の売れ行きについて池田社長は「『まあ、こんなもんかな』と思う程度」と話します。安定感がある商品がゆえに、爆発的なヒットには至らないながらも毎日コンスタントに売れているそうです。

ゆで太郎が提供するのり弁の特徴は、揚げたてであること。朝昼の過度なピーク時を除き、揚げ置きはしません。冷めてもおいしいのがのり弁ではありますが池田社長は「弁当チェーンののり弁は、持ち帰るうちにフライがしっとりしてしまいます。一方、ゆで太郎ののり弁は基本的にできたてを店舗で食べていただくのが強味です」とし「その点は『弁当チェーンののり弁よりも、うちの方がおいしい』と自信を持っています」と胸を張ります。

ゆで太郎にはコアなファンが多く、中には1日2回、3回と来店する人もいるといいます。現在は2500人ほどの会員を擁するファンクラブもあります。当初は私設だったのですが、現在は池田社長自らが管理人を務める公認状態です。メンバーはさまざまで、一般の主婦から大学教授、オリンピックのメダリストもいるとのこと。


季節メニューも人気商品の1つです(ゆで太郎公式Webサイトより。写真は記事執筆時のもの)

ファンクラブの意見が店舗運営に反映されたケースもあるそうです。例えば、セットメニューのコロッケを大根おろしに、かき揚げをワカメに変更できるようにしたのはファンクラブ会員の意見から。特に朝の時間帯には揚げ物を食べたくない人もいるようで、それなりに変更するケースがあるそうです。

シンプルなメニューでコアなファンをつかむ

池田社長はそばについて「うどんやラーメンのように、比較的どんなものにも合う食べ物ではない」と話します。つまり、アレンジの幅が少ない、シンプルな食べ物がそばなのです。そのシンプルな商品で戦いながら、こうした多数のコアなファンを獲得するゆで太郎には驚かされます。

同様にシンプルな立て付けで長らく愛され続けているのが、のり弁でもあります。前述したように、既存商品のブラッシュアップを欠かさないゆで太郎ですが、もはや「完成形」にも思えるミニのり弁をリニューアルする予定はあるのでしょうか。

池田社長によると「のり弁は、ほっかほっか亭がかつて発売してから40年以上もメニューが基本的に変わっていない怪物のような商品」とそこまでリニューアルの余地がないことを指摘しつつ、細かい点として国内の原材料への切り替えなどを検討しているといいます。シンプルな商品を洗練しながら成長を続けるゆで太郎とシンプルがゆえに支持され続けるのり弁の今後から、目が離せません。


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(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)