外国人特派員協会で会見を行ったとにかく明るい安村(提供:FANYマガジン)

イギリスの人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』の出演で、現地で一躍人気者となった、とにかく明るい安村。

そんな安村は日本に帰国してから、世界に向けて日本のお笑いを発信するイベントに参加している。

今年8月に東急歌舞伎町タワーで開催された『Yoshimoto Comedy Night OWARAI』では、東京五輪開会式のスポーツピクトグラムで話題になったパフォーマンスユニット・GABEZらと共に、ステージを盛り上げた。


東急歌舞伎町タワーで開催された『Yoshimoto Comedy Night OWARAI』に出演したとにかく明るい安村(写真:吉本興業提供)

吉本興業も、同イベントを9月から渋谷のヨシモト∞ドームにて定期開催するほか、大阪・関西万博でのステージも視野に入れるなど、国内から海外に向けた発信を強化。さらに安村の成功から、プロジェクトチームを設けて、芸人たちの世界進出に向けて本格的に動き出している。

吉本興業の今後の世界進出について、安村のイギリスでのブレイクの立役者の1人でもある、同社マネジメント&プロデュース本部 本部長の神夏磯秀氏に話を聞いた。

これまでは芸人個々に海外に出て活動

安村のイギリスでのブレイクはすでに広く知られているとおり。イギリスの人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演すると、おなじみの「安心してください。はいてますよ」の英語バージョンが、審査員を笑いの渦に包んだ。スタンディングオベーションも巻き起こし、日本人初の決勝進出者になるとともに一躍イギリスの有名人の仲間入りをした。

その模様はすぐに日本でも伝えられ、安村のYouTubeチャンネルやSNSなどのフォロワー数が激増。メディアでも引っ張りだこになり、再ブレイクを迎えている。

その一方で、過去を振り返ると、これまでにも多くの吉本興業所属芸人が海外に進出している。渡辺直美は、全米7都市を巡るトークライブを行うなど活動拠点をアメリカに置く。ジャルジャルは昨年イギリスで約1カ月間にわたり23公演を実施したほか、それ以前にもロンドン、パリで公演を行った。

ゆりやんレトリィバァのアメリカ版『ゴット・タレント』(2019年)出演も記憶に新しい。角刈りのカツラ、アメリカ国旗の水着を着たパフォーマンスが日本のメディアでも取り上げられ、大きな話題になった。

このほかにも、ウエスPはフランス版『ゴット・タレント』(2018年)で決勝に出演。ウーマンラッシュアワーの村本大輔はスタンダップコメディでの欧米進出の準備を進める。

また、なかやまきんに君がロサンゼルスへの筋肉留学後、日本で再ブレイクする一方で、ピースの綾部祐二、たむらけんじのように渡米して次のステージを画策する芸人もいる。

プロジェクトチームが海外進出をバックアップ

ただこれまでの芸人個々の動きと、安村以降で異なるのは、吉本興業がプロジェクトとして戦略的に芸人たちの海外進出をバックアップしていこうとしている点にある。


『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演した、とにかく明るい安村のステージ(C)Britain’s Got Talent Fremantle/Simco Limited

イギリスでのブレイクから世界的な知名度が上がり、オーディション番組などへの出演オファーが各国から舞い込んでいる安村を先陣にして、海外進出への道筋を作り、そのあとに続く芸人たちを送り出そうと、吉本興業は考えているのだ。

吉本興業でタレントマネジメントとコンテンツプロデュースを担当し、今回の安村のイギリスでの活動にチームの一員として携わり、これからの世界進出プロジェクトにも関わる同社の神夏磯氏。いま社内の専門スタッフを集めプロジェクトチームとして動き出す理由をこう語る。

「安村はこれまでに海外進出してきた芸人を含めた中でも、海外で有数にウケて、イギリスで一躍有名人になりました。本人と話して、このチャンスを生かし、ここ1年は海外の仕事に振り切ることにしました。

少し前までは、芸人は地方(大阪)で売れてから東京に出てもう1回売れないといけないと言われていました。しかし、これからはさらにその先に海外があり、3段階のステップを自然と目指す時代が来ていると思います。

吉本興業には約6000人のタレントさんが所属していますが、安村は、今回のゴットタレントの成功の追い風を受けて、ほかのタレントさんたちに夢を与える存在として、海外への先陣を切ってほしいと思っています。思いっきり実績を作って突破口になり、次につなげてほしいです」

その一方、イギリスでブレイクしたことで日本での仕事量が急増している安村にとっては、いまは海外に出るより日本で仕事をしたほうが稼げる時期、という見方もある。

それを蹴ってまでも世界に向き合う気持ちを固めた背景には、会社の意思もあるが、「芸人として一生のうちに何度も巡ってくるわけではないチャンスがいま来ている。お金よりも夢や可能性を優先したい」との本人の思いが第一にあるという。

いまの追い風にどう乗るかを考える

海外で知名度がより広がれば、ワールドワイドなコメディアンとして日本での活動の場を広げることにもつながるだろう。そうなれば当然、仕事も稼ぎも増える。そこまでを視野に入れたうえでの世界進出への振り切りなのか。

「本人は長い目ではそこまで考えていないと思います。芸人としての嗅覚というか、いまの追い風にどう乗るかを真剣に考えているんだと思います。世界はそんなに甘くない。先々まで視野に入れて計算的に策略を練れるようなフィールドではありません。芸人は、未知の場所に行ってパフォーマンスをしてウケるのが何より楽しくて、うれしいんです。打算的な考えは思った以上にないと思います」(神夏磯氏)。

では、安村が長期的な目線で考えていないとなると、会社が安村の海外進出を後押しする狙いは、どこにあるのだろうか。

神夏磯氏は「長く見ても、安村単体では、そこに費やす渡航費等の投資を踏まえても、おそらくそんなに利益にはなりません。ただ、安村の面白さを世界に気づいてもらえたときに、安村だけでなく、『日本のお笑いに世界が振り向いてくれる』キッカケになる。振り向く人が現れたときに、『日本には世界でいちばん面白いお笑いがあること、世界有数に面白い芸人が山のようにいること』に気づいてもらえます。

弊社だけではなく、日本として、『世界に振り向いてもらって』から、お金につなげていけばいい。今はビジネスにならずとも、今の段階から未来のために種をまきつつ、チャレンジし続けることが大事だと思っています」と語る。

第2陣は話芸を含めたノンバーバル芸以外で勝負

今回の世界進出プロジェクトでは、安村のほかウエスPやGABEZ、市川こいくちをはじめとする体を使うノンバーバル(非言語で笑わせる)中心の芸人たちが第1陣となり、そのあとには話芸を含めた芸人たちが第2陣として続くことになる。第2陣の芸人や時期など詳細は現時点では未定だ。

第1陣のなかで神夏磯氏が期待を寄せる芸人の1人が、巨大昆虫に戦いを挑むネタや必殺技出ちゃったシリーズ、失格シリーズなどで、芸人がおもしろい芸人と認めるインポッシブル。

第2陣には、鬼越トマホークに期待しているそうだ。神夏磯氏は「(鬼越トマホークの)喧嘩ネタは、ハリウッドスターなど現地タレントを巻き込むことができ、多少のローカル言語のやりとりを入れれば成立します」とし、世界各地に輸出の可能性があるフォーマットと語る。

「第2陣からは、現地の言葉も多少入れた話芸やリズムネタなどの音楽系、陣内智則のような映像系のネタ、ZAZYのようなイラスト系のネタなどもものすごくチャンスがあると思っています。ノンバーバル系以外でも十分チャレンジできると考えています」(神夏磯氏)

吉本興業は、オーディション番組『ゴッドタレント』を運営するフリーマントル社と連携し、今年2月にその日本版となる『ジャパンズ・ゴッド・タレント』(ABEMA)を配信。また、5月には海外のコメディアンが国際色豊かな観客の前でパフォーマンスを披露し、各国の審査員により優勝を競う『世界を笑わせろ!グローバルコメディアン』(日本テレビ系)を企画制作し、放送した。

お笑いワールドカップを開催したい

これらも、芸人の世界進出と同列のお笑い海外進出戦略の一環になる。こうした取り組みの先に目指すのは、お笑いワールドカップの開催だ。

「スポーツや音楽、映画には世界的なアワードやセレモニーがありますが、お笑いにはない。お笑いにも世界大会があるべきだと思っています。もちろん言語や文化の壁があるから簡単ではない。そのために『Yoshimoto Comedy Night OWARAI』や『Global Comedian』などのイベントや番組でこれからも試行錯誤していきます。日本発のお笑いコンテンツを、世界中に発信していくことが目標です」

言葉も社会慣習も感性も異なる文化を超えたお笑いの世界大会には、ルール作りや審査基準の策定など困難なハードルが数多くありそうだ。それらを吉本興業が突破し、お笑いワールドカップが、開催される日が来ることを期待したい。

(武井 保之 : ライター)