10年も求婚し続けてくれた男性と結婚した雅恵さん。2人の出会いと結婚までの驚きの経緯と現在とは?(イラスト:堀江篤史)

<コロナに感染して重症化して死にかけた。人間生死の境を渡ると……ホントに必要なものが見えると思いました。

しょうもない男とズルズルと16年も付き合って人生の大半をドブに捨てた私をずっと10年間好きでプロポーズをしてくれていた旦那さん。コロナにならなかったら本当に大切なものに気づけなかったと思います。

愛されるというコト…かけがえのない子どもにも恵まれてとても幸せです。普通の幸せがこんなにありがたいと思える今を実感しています>

10年間プロポーズし続けてくれた夫

愛知県内に住む青木雅恵さん(仮名、42歳)から本連載の出演申し込みフォームを通じてこんなメッセージが入ったのは今年5月。「しょうもない男とズルズルと16年」はありがちだけど、「ずっと10年間好きでプロポーズ」をし続けるのは並外れている。

もちろん、ストーカーなどではない。最後には成就して幸せな家庭を築けているようだ。特に旦那さんの話を聞いてみたいと思って取材依頼のメールを送った。実際に会うと、もっと並外れた事実が出てくることを知らずに……。

ある土曜日に愛知県内のカフェで待ち合わせをすると、青木さん一家が車で来てくれた。システムエンジニアだという夫の健太さん(仮名、50歳)は緊張気味なのか口数が少なめ。生後6カ月の娘さんのお世話を健太さんにお任せし、まずは雅恵さんの話を聞くことにした。

「私は恋愛体質で、若い頃から結婚願望が強かったんです。いわゆる尽くすタイプで、一度好きになると自分が見えなくなってしまいます。周りから『やめておいたほうがいい』と言われても耳に入らなくなるんです。相手がどんなクズでもヒモでも……」

色白の顔に愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべながらどんどん話してくれる雅恵さん。「クズ」「ヒモ」といった激しい単語がちょっと気になるが、かなり過酷な家庭環境で育ったようだ。

「両親の仲はよかったのですがどちらもギャンブル依存症。母は朝からパチンコに行ってしまうので、私が子どもの頃から妹と弟に料理を作って食べさせていました。食費もほとんどないほど貧しくて、中学校を卒業してからは働きながら専門学校に通い、理容師になりました」

もともと愛情豊かな雅恵さん。幼いきょうだいの世話を通じて、「誰かに何かしてあげて喜んでもらうのが嬉しい」傾向が強まっていた。美質ではあるが、自己犠牲を伴いすぎるものだと依存症となりかねない。

22歳のときには理容室を辞めてしまい、心の穴を埋めるかのように飲み歩いていたという雅恵さん。お金はどうしていたのだろうか。筆者の疑問を雅恵さんはすぐに察知し、健太さんに「話していいかな?」と相談した。

夫は毎月のように通い続けてくれたお客さん

「実は、長いことソープランドで働いていたんです。夫は毎月のように通い続けてくれたお客さんです」

筆者はこの連載を9年間も続けているが、雅恵さんと健太さんのような出会い方をしたケースは初めてだ。まるで江戸時代の遊郭で花魁に惚れた客のようなストーリーである。

しかし、2人が結婚するまでには10年という歳月が流れている。雅恵さんには2歳年上の「彼氏」がいたからだ。

「風俗仲間の友だちの結婚式で飲み過ぎて吐いてしまったら介抱してくれたのが彼です。竹野内豊似の超イケメンで、バーを経営していると聞きました。女性の扱い方がすごく上手なので、すぐに好きになってしまったんです」

しかし、その彼はなぜか自宅も店も教えてくれない。16年もつき合っていたが、雅恵さんと会うのは2カ月に1度程度。後からわかったことだが、自宅には同棲中の恋人がいて、経営しているのはバーではなくホストクラブだったのだ。

「私が結婚や子どもの願望を口にしても鼻で笑うような人でした。いい加減に愛想が尽きて別れ話をしているときに私がコロナにかかって入院することに。家から着替えを持ってきてくれるように頼んだら、銀行通帳を盗まれてしまいました」

その金額はなんと800万円。明白な犯罪であるが、コロナの後遺症で1年間も倦怠感が抜けずに自殺願望まで高まっていたという雅恵さんには訴える余力はなかった。

「すごく悔しいけれど、もう思い出したくも関わりたくもありません。あの人は本当にクズでした。もう二度とイケメンなんて信じません」

一方の健太さんは愛知県内の進学校出身者だが、大学中退という「負い目」を抱えてきたと打ち明ける。大学の授業内容に身が入らず、アルバイト先の飲食店にそのまま就職した。

「今の会社に転職したのは26歳のときです。大学を中退したことで卑屈になっていたこともあって恋愛はほとんど経験がありません。妹は20代で結婚して、その子どもはもう大学生と高校生です。自分はずっと独身なんだろうな、とうすうす思っていました」

実家暮らしだった健太さんにはお金の余裕があり、週末の気晴らしを兼ねてソープランド通い。そこで出会ったのが雅恵さんだった。

「行く目的は1つしかありません。でも、90分間はけっこう長いのでしゃべりますよね。だんだんとそっちのほうが楽しくなってきて、雅恵と会いたいと思うようになりました」

お互いを思いやっての別れから、2年後に再会

当初から冗談交じりに「付き合ってほしい」「結婚してほしい」と言っていたという健太さん。ただし、店の外で待ち伏せするような行為はしない。雅恵さんとはLINEでつながっていたが、途中で2年ほどのブランクがあったと振り返る。雅恵さんが別の店に移籍したのがきっかけだった。健太さんからの連絡に雅恵さんは返信しなくなった。

「夫はちゃんとしている人過ぎて、また連絡するのが申し訳なかったからです。こうして終わるのが自然な流れなのかな、仕方ない、と思っていました」

お互いのことを思いやっての別れだったが、2年後に再会できたのは健太さんの風俗遊びが続いていたからだ。

「ネットで他の店を見ていたら。明らかに雅恵だとわかる写真が出ていました。目元は隠されていましたが、体のフォルムでわかります」

さすが通い詰めていた常連客である。健太さんはその店に客として「突撃」をした。その頃には彼氏との仲は冷え切っていたという雅恵さんは健太さんが忘れずに追いかけてきてくれたことに感動。2回目以降は店の外で会うようになった。

その1年後、雅恵さんは新型コロナウイルスに感染し、エクモを必要とするほど重症化してしまう。退院後も後遺症に悩まされた。無収入のうえに、元恋人からは貯金を盗まれてしまう。もう死ぬしかない、と思い詰めていた。

「でも、夫から『そんなことを言うもんじゃない!』と怒られました。一度も声を荒らげたことがないぐらいに優しい夫が私のために怒ってくれたんです。あのときはめっちゃ泣きましたね。嬉しくて……。もう少しだけ頑張ろうと毎日をやり過ごしていました」

健太さんに聞きたいことがある。仕事とはいえ、他の男性とも寝ている女性と実際に交際することに逡巡はなかったのだろうか。

「雅恵は風俗嬢らしくありません。ブランド物のバッグなどは持たず、一般的な感覚を持っているところがいいなと思って好きになりました。そうであれば、彼女が風俗で働いていることは自分の中で消化するしかありません。生きていくのにお金が必要なことも感覚としてわかります」

「オレが結婚したいんだからいいんだよ」

雅恵さんのほうには迷いがあった。健太さんは本当に自分でいいのだろうか。私なんかと結婚してもいいことはないよ、と何度も口に出してしまった。不誠実を通り越して非道な恋人との16年間で自尊心が低くなっていたのだろう。

「でも、夫は『オレが結婚したいんだからいいんだよ。誰かに自慢したいわけでもない』と言ってくれたんです」

結婚直後に子どもを授かり、今は子育てに専念している雅恵さん。結婚するまでの41年間は本当にいろいろな経験をし、まさに生死の境をさまよったこともあった。だからこそ、今の平穏をかけがえのないものだと感じられるのだ。

「前の彼氏とのストレスで毎晩のように飲み歩いていた時期もあります。酔いつぶれて路上で寝てしまい、警察のお世話になったことも一度や二度ではありません。今は小さな子どもがいるので夜に外食することすらできませんが、すごく幸せです」


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そろってギャンブル依存症だけど夫婦仲はいい雅恵さんの両親。前の恋人に関しては「あれ人間のクズだ。お前は人を見る目がない。オレに似たのか」と雅恵さんに警告していた父親だが、健太さんのことは一目で気に入った。「結婚するべきはこういうヤツだぞ」と断言したという。どの口が言っているのかと思ってしまうが、彼なりに娘の幸せを願っているのだろう。

世間に対してずっと引け目があったという健太さんは、結婚して一児の父親になったことで「50歳にしてようやく一人前になれた」と感じている。今は風俗通いをやめ、自分の娘をひたすらに可愛がっている。両親や友人も雅恵さんとの結婚を喜んでくれているが、ソープランドではなくネットで出会ったことにしている、と小さな声で付け加えた。

でも、それはまったくの嘘ではない。風俗店をネット検索しているときに別の店に移った雅恵さんを発見したのだから、ネットでの出会いの一種ではないか。筆者がそう言うと、雅恵さんと健太さんは大笑いをしてくれた。この家族の前途には明るいものしか感じない。

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(大宮 冬洋 : ライター)