北海道地盤のツルハHDは道内に425店舗を展開し、高いシェアを誇る(記者撮影)

"モノ言う株主”の提案は、すべて否決された。8月10日、ドラッグストア業界2位のツルハホールディングス(HD)の株主総会が開催された。香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが株主提案を行っていたことで、例年よりも緊迫した雰囲気に包まれていた。

オアシスが「ツルハHDのガバナンス不全」を理由に、会長職の廃止や、自らが推薦する社外取締役5人の選任等を求めていたが、ツルハHDは「オアシスの指摘には根拠がない」と反論。ただ、オアシスが持ち分比率を12.8%まで高める一方、ツルハHDの創業家側は1割以下であったため、厳しい戦いになると見られていた。

だが、結果はツルハHDの大勝利。オアシスの提案はすべて賛成比率30%以下で否決され、創業家を含めた現経営体制の続投も決まった。

賛成票の獲得に奔走

総会前、海外株主に影響を与える議決権行使助言会社であるインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)はオアシス側、グラスルイスはツルハ側の提案への賛成を推奨し、意見が割れていた。

そんな中、ツルハHDは「個人株主に一件ずつ電話やダイレクトメールを送付し、会社提案に賛成してもらえるよう頼んでいた」(個人株主)。各地域の取引先に対しても「経営陣が手分けして委任状作成の依頼に回っていた」(業界関係者)。水面下では賛成票の獲得に奔走していた。

ある個人株主は「10年以上も株を持ち続けている。ツルハは北海道の代表企業だからがんばってほしい」と会社側に賛成票を投じたと語った。

一方、オアシスの全提案に賛成票を投じたという複数の個人株主からは「株主提案は理にかなっていて、取締役会に緊張感を持ってもらう必要がある」「10年後の成長を考えるとイオンや海外企業との統合等を強化するべきだが、現体制では実行が困難と判断した」といった声が上がった。

今回の総会では勝利を収めたものの、「ツルハHDの本当の戦いはこれからだ」という見方は多い。というのもキーマンとなるのが、ツルハHDの株を13.5%を保有するイオンだからだ。

8月1日、イオンは、オアシスも主張している「大手同士の再編の重要性は当社も認識している」としたうえで「(ツルハHDとの)良好な関係を維持・強化」するために、会社提案に賛成するという意味深な公表をしていた。

経営陣の刷新を迫られる中、イオンが味方に回ったことで「ツルハHDにかなり恩を売った」(複数の業界関係者)。もしイオンがオアシス提案を支持していたら、ツルハをのみ込む業界再編も予想できた。

イオンにとってドラッグストアはどんな立ち位置なのか。イオンは現在、前述のツルハHDへの出資に加え、子会社でありドラッグストア業界1位のウエルシアHDや、9.98%を出資するクスリのアオキHDとの関係が強い。このドラッグストア3社は、イオンを中心に医薬品のPB供給や薬剤師の教育等で連携するハピコムグループの一員でもある。

イオンの小売り事業で群を抜く収益力

イオンのGMS(総合スーパー)事業、SM(スーパーマーケット)事業、DS(ディスカウント)事業、そしてウエルシアHDに該当するヘルス&ウエルネス事業を小売り事業と見た時、ウエルシアHDは売上高に相当する営業収益の15%程度に過ぎないが、成長率は2023年2月期で前期比11.5%増と群を抜いている。

本業の儲けを表す営業利益に至っては、イオンの小売り事業の半分以上をウエルシアHDが稼ぐ。食品などが中心のスーパーマーケットと比べて、ウエルシアHDは医薬品や化粧品の売り上げ構成比が高く、好採算な調剤事業の店舗併設率も7割を超えており収益力が高い。

好業績で純利益水準も高いウエルシアHDの同年度の配当金総額は6708億円で、同社に50.6%を出資しているイオンは恩恵を受けている。イオンにとってウエルシアHDは、まさに優良子会社なのだ。


一方、ウエルシアHDは全国に店舗網を広げているものの、北海道には2023年2月末時点で7店舗のみ。北海道地盤であるツルハHDは、2023年5月期末で同地域に425店舗を展開する。

経営統合で得られる仕入れ価格交渉力やPB開発等のシナジーは、強力な武器になる。これまでイオンは、ツルハHDの株を保有しながらも比率を引き上げるなど積極的に関与する動きはなかった。

ウエルシアHDはM&Aを含め2030年に売上高3兆円に到達する目標を掲げており、直近2023年2月期の売上高は1兆1442億円。規模拡大に向けて、いつ大型再編が起きてもおかしくなさそうだ。

クスリのアオキHDでもオアシス完敗

一方のオアシスも今後、イオンの動向に悩まされるのかもしれない。

オアシスは、北陸地盤で業界中堅のクスリのアオキHDへの保有比率を2023年5月15日時点で5.5%へ引き上げ、ツルハHD同様に創業家の経営体制にガバナンスの問題があるとして株主提案を行った。クスリのアオキHDにはイオンが9.9%、ツルハHDが5.1%出資している。ツルハHDを軸とした、オアシスの業界再編戦略に巻き込まれたと推測される。

だが8月17日に開催されたクスリのアオキHDの株主総会でも、オアシスは再び敗北。ツルハHDの時と同様、オアシス側の提案はすべて賛成率3割以下で否決され、現経営体制の続投が決まった。

クスリのアオキHDは創業家の持ち分比率が3割近くと高く、ツルハHDよりも守りが固い。さらにツルハHDとイオンが、オアシス陣営に回るとも考えにくく、株主提案を通す難易度は一段と高かったとみられる。

オアシスにとって都合のよいシナリオは、ツルハHDやクスリのアオキHDの株式をイオンに売却することだろう。しかし現時点でイオンは、慎重な姿勢を崩していない。

かねてツルハHDの鶴羽順社長は「他の小売業界は3社程度に集約されており、ドラッグストア業界もそうなることを覚悟して経営したい」と語ってきた。オアシスの株主提案に端を発し、大型の業界再編が動き出すのか。ツルハHDの株主総会が無事に終わっても、騒動に終わりは見えてこない。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)