施設で親が転倒。歩けなくなってしまったときはどうしたらいい?(写真:Ushico/PIXTA)

「住み慣れた自宅で療養したい」「最期まで自宅で過ごしたい」という患者や家族の思いを支えるのが、患者宅を訪問して医療や介護を届ける在宅ケアだ。

これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。読者から寄せられた医療や介護に関するお悩みや疑問に、中村医師が答える。

5回目は、転倒で歩けなくなったことを受け、施設を変えるべきか悩む相談について。施設を変えるかどうかの見極め方、家族の関わり方をはじめ、転倒を防ぐための対策なども踏まえて回答する。

<はなさん(40代)の相談>

昨年末に、認知症の母が施設に入りました。ところが施設で転倒を繰り返し、慢性硬膜下血腫を2度繰り返したことで、2カ月前までジャンプができていた母が歩けなくなってしまいました。

母親が転倒した際、施設は病院にも連れていかなかったようで、施設を変えるべきか悩んでいます(※相談内容は一部変えています)。

転倒を繰り返して歩けなくなった

<中村医師の返事>

2カ月前まで元気に過ごされていたお母様が、転倒を繰り返して歩けなくなってしまったとのこと、とても悲しいお気持ちだと思います。今後同じ施設で過ごしていいものか、心配になられるのもよくわかります。

もちろん、今お考えのように、施設を変えるかどうか検討することも1つの選択肢です。ただ、施設が「転倒した際、病院に連れていかなかった」という部分については、もしかすると誤解があるかもしれないと思ったため、その点からお話ししたいと思います。

まず、慢性硬膜下血腫は脳と頭蓋骨の間に血液がじわじわとたまっていく病気で、一般的には60歳以上の高齢者に多いとされています。

転倒した直後に生じることはほぼなく、転倒などで頭を打った後や、尻もちなどで脳が揺り動かされた後、およそ2週間から3カ月の期間にゆっくりと起こってきます。すぐに症状が表れる脳卒中などと違い、症状はゆっくりと進行していくため、忘れた頃に症状が出ることも珍しくありません。

そのため、もし転倒した直後に病院に連れていったとしても、その時点では慢性硬膜下血腫にはなっていない可能性が高いです。

実際、転倒しても特に外傷がなく、血圧や脈拍を含め、ご本人の様子に変化がなければ、まずは経過を見ることが多いと思います。

転倒時に何かしらの症状が見られたのであれば別ですが、利用者が転倒するたびに、念のためにと病院に連れていくことが必ずしも必要とは限らないため、今回の件は施設が悪いとは言い切れないと考えられます。

ただし、先述の通り、転倒からしばらく時間が経ってから、頭痛やふらつき、言葉が出にくい、ぼーっとしているなどの症状が表れることがあれば、慢性硬膜下血腫を疑って受診する流れになります。

もちろん施設の報告義務はある

もちろん、施設内や施設が管轄する場所で利用者が転倒した場合、転倒したことを施設が家族に報告するのは基本です。

その際、「転倒してから、後々こういう病気(慢性硬膜下血腫)が出てくる可能性もある。ただ、それは症状が出てからでないと調べられないため、今の時点ではこのまま様子を見ることになる」という説明を添える必要はあったかと思います。

もしかすると、はなさんは、施設からこうした説明がなかったことで、より心配になったのではないかと感じました。

また、「2カ月前までジャンプができていたのに、歩けなくなった」という点に関しては、慢性硬膜下血腫以外の病気が潜んでいる可能性もあるため、主治医に確認することをお勧めします。

病気の種類や、飲んでいる薬の影響でふらつきなどの症状が出て、それが転倒のきっかけになっている可能性もあります。できるだけ早めに主治医に相談したほうがよいでしょう。転ぶ理由が病気や薬によるものだとしたら、それを解決するのは医師の仕事でもあります。

他方、施設側に疑問点があることも確かです。

お母様は「転倒を繰り返していた」とのことですが、転倒を防ぐための対策は、何か取られていたのでしょうか。転倒を繰り返しているなら、主治医や施設と相談し、転ばないための対策を取ることが必要になります。

例えば、部屋の中で転倒を繰り返すのであれば、物の配置を変えたり、手すりをつけたり、照明を明るくしたりするなどの対策を取ることも可能です。また、介護保険の適用外にはなりますが、転んだときに凹んで衝撃を吸収する機能素材の床やマットなどもあり、こうした対策グッズを転倒に備えて取り入れるのも1つの案です。

こうした対策について施設の人たちと話し合い、努力されたうえでの転倒なら、それはやはり仕方がないかもしれません。もしまだ主治医や施設に相談されていなければ、早めに対策について話し合いましょう。

大切なのは、「あれ、大丈夫かな?」と思ったらそれを抑え込まないこと。関係者にきちんと話をして、その都度、疑問や不安を解消していったほうがいいです。

モヤモヤを抑え込むことが続くと、どうしても不信感が募ってしまいます。何らかのできごとがきっかけでたまった不満が一気に出てしまえば、穏やかに話を進めることができず、つい言葉も強くなりがちです。

施設のスタッフや医師も人間ですから、家族から責められるような姿勢で強く言われたり、「お金を払っているんだから、解決するのが当たり前でしょう」という姿勢でこられたりすると、防衛反応が働いて反論してしまうことだってあると思います。

その結果、お互いにコミュニケーションがうまく取れなくなり、大事になってしまう場面が出てくるかもしれません。

上手な伝え方をすることが大事

そうならないためにも、まずは小さな疑問の段階で、解消すること。そして上手な聞き方をすることも大事です。その1つが、「自分たちに何かできることはありますか?」という姿勢です。

施設に対しても「病院に連れていったほうがいいか?」と聞くより、「病院に連れていく必要があったら教えてください」と言ったほうが、印象が柔らかく、すんなり伝わると思います。

ちょっとしたことですが、伝え方次第で受け手の印象が大きく違ってくるものです。私も日頃から、患者さんや家族とのコミュニケーションの中で、相手に伝わりやすい言い方を心がけていますが、こうした心がけを持つのは、信頼関係を築くうえで欠かせないと感じています。

疑問や不安を都度、施設に聞くことに対し、「そんなに何回も聞いたら、面倒な家族だと思われるかもしれない」と心配される人もいるかもしれません。しかし、施設側もそうした家族の気づきや疑問を、ありがたく思うこともあります。

実際に、問題が小さなうちに解決することで、大きな事故を予防することができれば、施設にとってもメリットが大きいはずで、結果的にケアもスムーズに進みます。理想は、疑問や不安をとことん聞いて話し合ったうえで、家族と施設側とが1つのチームになれる関係性です。

ここまでは施設を変えない前提でのお話でしたが、もしすでに施設に対して不信感が募っていて、かなりネガティブな印象を持っていたとしたら、施設を変えるのも選択肢の1つだと思います。

変えるかどうか見極める際には、まずは現場でお母様に接しているスタッフだけでなく、上層部の施設長とも話してみるといいかもしれません。それぞれの立場によって、見方や考えが異なる場合もありますし、「実は現場はしっかりしているのに、施設長が動かない」、あるいはその逆など、どちらかに問題がある可能性もあります。

両者としっかり話して、それでも抱えているモヤモヤが消えなかったり、対応が気に入らなかったりするようであれば、施設を変える方向に舵を切ってもいいでしょう。

高齢者は転倒しやすいという前提

ただし、加齢による身体機能の低下もあり、高齢者が転倒しやすいという状況は、変えようがない現実です。

高齢者が転んで骨折すると、寝たきりになってしまう危険もあることから、できるだけ転倒はしないほうがいいのは確かです。

しかし、どれだけ対策を取っていても、100%防ぐことはできません。たとえ自宅で家族みんなで見守っていたとしても、少し目を離した隙に転んでしまうこともあります。

反対に、転ばないように動きを制限してしまえば、それが結果として身体機能を下げることにつながり、寝たきり状態を招いてしまうという、本末転倒なことが起こる恐れもあります。ですから、本人の生活の質を考えると、転ばないための対策を十分に講じたうえで、多少のリスクを背負いながらも、やはりある程度、自由に動くことが大切だと思います。


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施設で転倒すると、施設の責任と考えたくなりますが、どうしても防ぎきれないところがあるのも事実です。

これらを踏まえ、“施設での転倒=施設のミスではないこと”、そして施設に入れても変えられないリスクがあることは、前提として理解する必要があると思います。

まずは、こうしたことをご理解いただいたうえで、今お感じになられている疑問や不安を、施設にうまく伝えてみることから始めてみてはいかがでしょうか。はなさんが安心して、お母様を見守ることができる環境が訪れるよう、心から応援しています。

(構成:ライター・松岡かすみ)

(中村 明澄 : 向日葵クリニック院長 在宅医療専門医 緩和医療専門医 家庭医療専門医)