ひょんなことから超能力を手に入れたしんのすけが、同じく超能力を手に入れたものの、社会への絶望から復讐を誓う青年の暴走を止めるために立ち上がる(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

「クレヨンしんちゃん」初の3DCGアニメ『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜』が現在公開中。8月4日に初日を迎えた本作は、早くも興収10億円を突破するヒットを記録している。

3DCGらしい表現を施しつつも、それでいていつもの「クレヨンしんちゃん」らしさは失わない、という絶妙なバランスの3DCGアニメーションを担当するのは『シン・ゴジラ』や『STAND BY ME ドラえもん』を手がけた、CGのプロフェッショナル集団の白組。監督・脚本を『モテキ』『バクマン。』の大根仁監督が務めている。

制作期間7年という期間を経て完成した本作。その制作段階でチャレンジしたこととは何なのか、そして「しんちゃん」らしさで大切にしたことは何なのか。CGラインプロデューサーを務める白組の畑中亮氏、そして本作プロデューサーを務めるシンエイ動画の吉田有希氏に話を聞いた。

いままでとは絵もスタッフも違う

――今回の作品は、毎年春に公開している「劇場版クレヨンしんちゃん」の新作ではなく、番外編のような位置づけだと伺ったのですが、ある種、お祭りのような意識が大きかったということでしょうか?

吉田:それは大きいですね。それこそ絵も違いますし、スタッフも全然違いますから。ただしレギュラーの声優さんたちは一緒だということもあり、「クレヨンしんちゃん」らしくて、らしくなくて、らしい、という特別感があります。

畑中:白組としては、観ていただく方に、なんかいつもと違うなということにならないように。いつもの画面の延長線上で観てもらうことができれば、ある意味、成功だと思っていました。もしそういうふうに見ていただけたならすごく嬉しく思います。

吉田:そこは狙っていました。3DCGだからといって違うキャラクターではないので、いつもと同じように愛してほしいという気持ちはありました。

――この作品は制作に7年かかったそうですが。

吉田:思ったより時間がかかりました(笑)。7年かけて作るぞということで始めたわけではないです。

ほかの作品と比べても長い製作期間

――それはコロナの影響も?

吉田:それよりもコロナ前に制作の準備段階で時間がかかったということです。キャラクター開発だったり、脚本作りだったり。監督の都合もあったんですけど、初期開発に時間をかけたので、結果的にそうなったということです。もちろんコロナになって白組さんの環境が大きく変わりましたが、それで大きく遅れが出ることがないようにやっていただけました。


本作のキャラクターデザインで使用されたポーズライブラリー。しんちゃんの多種多様な顔が準備されている。(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

畑中:コロナの時はリモートワークをせざるをえなかったですからね。システム部がプロジェクトに影響が出ないように。と、頑張ってリモート環境を構築してくれて本当に助かりました。コロナ初期の頃はみんな心配していた時期だったので、できる限りスタッフには負担をかけないように。

それでもどうしても出社してもらわないとできない作業があった場合も、出社時間をずらしたりして、あまり密にならないようにと工夫をしながら、作業を進めていきました。その甲斐あって何カ月かの遅れで済んで。大幅な遅れにはならずに作業を進めることができました。

――7年というのは他作品に比べても長い作業時間だったのでは?

畑中:やはり長いと思います。ほかの作品でも、プリプロ(作業前の準備段階)を入れて、3年とか4年でつくっていますので、7年というのはちょっと長いですね。

――今回の作品は3DCGアニメではありつつも、いわゆるディズニーやピクサーのようなCGアニメのキャラクターなどとは違い、どこかいつものセルアニメのような、しんちゃんらしさを感じたのですが。そのあたりは意識されたのでしょうか?

畑中:開発期間中は、それこそピクサーっぽい感じだったり、いろんなパターンを試してみたんですが、そこは響かなかった、ということですかね。


初期段階の3Dモデリング画面。当初はディズニーやピクサーのようなテイストも検討されていた(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

いろんなパターンを試していくうちに、予告編でも流れていたような、白黒の初期テストフィルムができあがった。これはいろんな方に、こういうことだよねと響いた感じはありました。そこからパイロット版を作るタイミングでデザインを固めていったわけです。


中期段階における白黒のテストフィルム。このあたりから方向性が定まってきた。(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

そうした中で今の見た目ならばファンの方にも受け入れていただけるのではないか、という形に落ちついたのかなと思います。

ただ先ほどセルアニメっぽさがあるというご指摘があったんですが、実は輪郭線を除くと、割とオーソドックスな3DCGの作り方をしています。普通にライティング(※3DCGの仕上げ工程のひとつで、光源を決めて、画面の最終的な見映えを決める作業のこと)もしてますし。ですから2Dっぽさを担保しつつも、裏では実は結構3D的なことをやっている作品なんです。

吉田:最初に王道の3DCGのモデルを見たときは、「まあ、こうなりますよね」という感じで。それが受け入れてもらえるような気がしなかったので。後に今のルックになるきっかけとなった、白黒のモデルが出てきたときにはこれはすごいなと思いましたし、このアプローチは新しいぞと思いましたね。

畑中:吉田さんからも、2D作品との差別化はしてほしい、ということをずっと言われてきたので。質感だったり、いろんなものを含めて、パッと見はセルアニメっぽいですが、ちゃんと3Dアニメを作っているという認識でつくらせていただきました。

ほっぺの「もちもち」の動きを表現

――今回目指した3Dらしさとは?

畑中:今回の白組のキーワードは「ツヤツヤもちもちカラフル」でした。「ツヤツヤ」というのは、メガネの反射だったり、そういうものを取り入れたということですね。2Dの手描き作品になると、またテイストが違ってくると思うんですが、「ツヤツヤ」は3Dが得意とする表現なので、それを取り入れています。


本作をつくる上での白組のテーマは「ツヤツヤもちもちカラフル」だった。(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

「もちもち」というのは、しんちゃんや子どもたちのほっぺなどがもちもちして、優しい感じで、というところを目指した質感になります。あとは動きですよね。「もちもち」とした動きを心がけました。そして「カラフル」はやはり全体的に3D映えするカラフルなトーンを作っていくということですね。

――今回は実写の監督である大根仁監督が参加されているというのも大きいと思うのですが、どういう経緯で大根監督が参加することになったのでしょうか?

吉田:大根さんが原作をしっかりと理解して、脚色をするのがすごくお上手な方だというのは過去の『モテキ』や『バクマン。』を観てよくわかっていました。ちょうどお願いしたときが『バクマン。』の公開後で。

「しんちゃん」に合うなというのは直感的に思ったというのと、せっかく3Dという今までと違う表現方法にチャレンジするんだから、普段お願いできない方にお願いしたいな、と。そこは欲張りましたね。白組さんならきっと大根監督とうまくやってくださるだろうという算段もありました。

CGは前の工程に戻るのが大変

――実写畑の大根監督を迎えるにあたり、実際のワークフローはどういう形に?

畑中:基本的には可能な限り、白組にお越しいただいて。そこでスタッフたちが監督に「これどうですか」と聞いて、「ここをこうしてほしい」とか「全然違う」とか。いろいろと意見を伺いながらつくっていった形ですね。基本的には普段の作業と一緒です。監督なので演出をつけられて、最終的に作品をこういうふうにしたい、という意志決定を持っている方として接するという意識は変わりません。

ただ気をつけなくてはいけないのは、前の工程に戻ることが大変だということ。2Dのアニメだと、原画を描いて、動画を描いて、色をつけていくという工程になるかと思いますが、色をつけていく段階で、ちょっとここの動きを直したいと言われても、戻るのは大変なんです。


しんのすけの超能力エフェクトの完成カット。キャラクターに合わせてうずまきやオーラなどを重ね合わせている。(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

それはCGもまったく同じで。形をつくり動かす仕組みを入れるとキャラクターが出来上がるんですが、その仕組みを入れた後やアニメーション作業の最中に、形を修正するのは結構大変なんです。

例えば今回でいうと超能力が登場するので。超能力のエフェクトは体の動き(アニメーション)が固まった後じゃないと作業ができないので。「エフェクトの作業に入ると、もう身体の動きは直せなくなりますが大丈夫ですか?」といった形で、工程の違いのようなところは丁寧に説明させていただいて。監督にもご理解いただきながら進めたという形ですね。

吉田:そこは毎回丁寧にやっていましたし、事前にこういうワークフローでいきますというのは説明させていただきました。ただ大根さん自身、実写の方で。アニメーションは違う畑なので、白組のディレクターの皆さんにも、同じ監督をするという意識でやってほしいということはおっしゃっていました。

そこはアニメの現場に対してリスペクトを持って接していただいたなと思います。もちろん作品にとって絶対に必要なことは、ハッキリおっしゃっていただきましたし、そうした形で共同作業を進めたという形ですね。

しんちゃんのルールは守る

――今回の映画をつくるにあたり、「クレヨンしんちゃん」らしさ、ここだけは絶対に譲れない、といったポイントはありますか?

畑中:白組としてはやっぱりキャラクターですね。しんちゃんとして、皆さんに受け入れていただくということが一番大切にしていた点でした。それは造形だけじゃなく、動いても、ちゃんとしんちゃんである、というところまでが、大切なポイントでしたね。


かすかべ防衛隊の仲間たちも3DCGに。しんちゃんの笑顔は前から撮らないというルールはここでも守られている。(C) 臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会

吉田:やはり2Dと3Dは別の表現方法なので、アニメーションの付け方を変えることもできたんですが、できる限り近い印象になるようにアプローチしていただいたということと、アニメ的なことで言うと、2Dのしんちゃんにはルールがあって。笑顔を前から撮らないというのがあるんですけど、「あは〜ん」という顔をするときは必ずしんのすけは向こうを向いているんですよ。

そういったしんちゃんのルールは守っていただきました。だから技術的にはそういうところでらしさを担保するというのと、お話的にはこのキャラクターはこんなことを言わないでしょうというところや、こういう行動はとらないでしょというところは監督と一緒に考えながら進めていきました。

(壬生 智裕 : 映画ライター)