モノに埋もれて見えなくなっているベッド(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」のもとにかかってきた1本の電話は、病室からのSOSだった。依頼者の女性は、「ゴミ屋敷になってしまった自宅を、自分が入院している間にどうしても片付けたい」と言った。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

入院中の依頼者がゴミ屋敷に抱いた切実な想いとは。YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する同社の二見文直社長に話を聞いた。

暖房がついたままのゴミ屋敷

費用の見積もりをするため、依頼者に病室から郵送してもらった鍵で部屋の中へ入ると、生ゴミが腐ったモワっとした臭いが鼻をついた。窓は完全に締め切られ、換気扇も回っていない。なぜか暖房だけがついたままで、臭いをさらに強いものにしている。

玄関と廊下には衣類や段ボールなどの生活用品が中心に散乱している。封を開けた箱や袋もあるのでゴミも多く混じっていそうだ。脱衣所と風呂場にもゴミが入り込んでいるが、浴槽だけはかろうじて使えるようだ。洗い場に散らばったゴミに水がかからないように浴槽の中でシャワーを浴びていたのだろうか。


食べかけの食品の容器で埋め尽くされているダイニングテーブル(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

リビングと寝室がある奥へと進むにつれて部屋の状況はさらに荒れていく。キッチンからは、中に入ったままの食べものが黒く固まった鍋がいくつか出てきた。ダイニングテーブルだけでなく寝室にも食べカスや食べかけの弁当が放置されていて、液状化してほかのゴミを侵食している。臭いの大きな原因はこの弁当だろうか。

依頼の内容は、「普通の生活を送っているような部屋の状態に戻す」というものだ。主に生ゴミなどの生活ゴミを外に出し、衣類や生活用品は箱詰めして整理し、家具はそのままにしておく。作業に入るスタッフは4人、およそ5時間で片付けは完了する見込みだ。


風呂場にもモノが入り込んでいる(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

病室からSOSを送った切実な理由

依頼者がこの部屋に住み始めたのは、依頼から約半年前のことだった。その詳細の多くは話さなかったが、転職をしたことで気を患うことが増え、精神的に弱った状態から新生活がスタートしたという。そのため荷ほどきもできず、必要なものがあるたびに段ボールを漁るという生活になってしまった。


荷ほどきをしておらず積み上がった段ボール(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

マンションで決められたゴミ出しの曜日に都合が合わず、仕事のストレスも重なり、現在のような状態になっていった。そんな生活が続いたこともあってか3カ月前に大きく体調を崩し、しまいには急遽入院することになった。今回の依頼の電話は入院している病室からかかってきたものだった。心身とも辛い状況にありながら、「片付けよう」と思い立ったのはなぜか。二見社長が当時を振り返る。

「初めに電話をもらったときは病状がかなり悪化していたみたいです。もし自分に何かあったら、おそらく両親が部屋を片付けることになりますよね。子どもが亡くなったということだけでショックなのに、この部屋を見たらさらに大きなショックを与えてしまうんじゃないかと思ったそうです」

イーブイの公式LINEを通して見積もりや段取りのやり取りをしていくうちに、病状は回復に向かっていった。ただ、退院したとしても体力的に自分では片付けられそうにない。心配した両親が家に来ることもあるかもしれないので、予定通り片付けを依頼することになった。

「いざ家に帰れないとなったときに、人間はいろいろあると思うんですよ。たとえばスマホやパソコンの中身を見られたらどうしようとか。でも人間は自分が死んだときのことまでは頭回らないと思うんですよね」(二見社長、以下同)

あくまで推測ではあるが、この依頼者もイーブイに言わないだけで両親に今の部屋を見られたくない理由があったのかもしれない。

依頼者は必ずしも、現場にいなくていい

今回のように、依頼者が現場に立ち会わないケースは全体の1〜2割にまでのぼるという。その多くは、「恥ずかしい・後ろめたい」という理由からだ。

「知らないうちに綺麗になっていたらいいというか、現実から目を背けたいというのはあるんだと思います」


中身が残ったまま放置されていた鍋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

そういった理由でも同じように鍵を郵送し、最初から最後まで対面することなく片付けを依頼することも可能だ。イーブイのスタッフが部屋の写真を公式LINEで依頼主に送り、「いるもの・いらないもの」を随時ヒアリングしながら作業を進めていく。

亡くなった住人の遺族からの依頼も多い。遠方に住んでいるので片付けには立ち会えないが、遺品だけは先に仕分けして持ち出してくれている。ほかにも、こんな理由から現場に立ち会えない依頼者もいた。

「離婚を機に子どもと家を出る予定のお母さんからの依頼でしたが、夫からずっとDVを受けていたみたいなんです。おそらくDVも離婚の原因のひとつでしょう。引っ越しの作業中にもしも夫が帰ってきたらまたDVを受けてしまうかもしれないとのことで、現場に依頼者がいないというケースもありました。一般的な引っ越し業者にはなかなかお願いしづらかったんだと思います」

片付けの作業は大量に発生していたコバエの駆除から始まった。見積もりで部屋に入ったときに一度殺虫剤を撒いたが、数日間のうちにその数は戻っていたからだ。コバエの原因はやはり放置された生ゴミだと思われる。繰り返すようだが臭いがかなりキツい。

「臭いの原因は食べ残しと飲み残しですね。キッチンだと鍋の中に作ったものが残っていてそのまま腐ったり、風呂場だと桶の中に水が溜まっていてそれが腐ったり。やっぱり水気のあるものがとくに臭いが出ますね。ふたの開いた中身の残ったペットボトルも臭いの原因になります」(作業中のスタッフ)

うじ虫が孵化した孤独死の現場

以前、住人が孤独死をしてしまった大家から片付けの依頼があった。遺族もいなかったので大家が処理をするしかないが、「中を見たくない」とのことだった。


この連載の一覧はこちら

「部屋に入ると遺体に湧いたうじ虫が成長してすべてハエになっていました。一体何匹いるのか見当もつかず、羽の音だけで耳を塞ぎたくなるほどでした」

二見社長は片付けが終わった後も定期的に依頼者と連絡を取ることがあるという。できれば再びゴミ屋敷に戻ることなく生活をしてほしいからだ。


片付けとハウスクリーニングをした後の部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

また、仮にゴミ屋敷に戻ってしまったとしても、こちらから連絡をしたタイミングで気軽に依頼ができると考えている。しかし、病室からSOSを出した今回の依頼者とはもう連絡を取っていない。

「とにかくあの状況を消し去りたかったんだと思います」

心身ともに回復し、元の日常を過ごしているといい。仮にそうでないとしたら、また誰かを頼ってくれたらいい。

(國友 公司 : ルポライター)