果たして「叱る」は正義なのか。その科学的真実を明らかにしていきましょう(写真:プラナ/PIXTA)

一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。

たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。

その岡本氏が、全メソッドを公開し、累計20万部のベストセラーとなっている『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』に続き、待望の新刊『世界最高の伝え方── 人間関係のモヤモヤ、ストレスがいっきに消える!「伝説の家庭教師」が教える「7つの言い換え」の魔法』がついに発売され、発売たちまち大増刷するなど話題を呼んでいる。

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「『人は叱らないと育たない』は本当か」について解説する。

いまだに残る「人は叱らないと育たない」という先入観


BIGMOTOR社の幹部や上司の、社員へのすさまじい叱責ぶりが問題になっています。

この激しい「ツメ」の裏には、

「厳しく言わなければ、相手はわからない」

「叱らないと、人は甘やかされる」

「人は叱られないと育たない」

といった先入観があるように感じます。

あそこまでひどい物言いはしないものの、そんな認識を持っている人は意外と少なくありません。

はたして、「叱る」は正義なのか

その科学的真実を明らかにしていきましょう。

「叱る」。この言葉の意味を辞書で調べると、「(目下の者に対して)声をあらだてて欠点をとがめる。とがめ戒める」とあります。

「とがめる」の意味は、「あやまちや罪を指摘し、非難する。なじる」。つまり、「厳しい口調で、欠点や過ちを非難する」ということ。

私は、企業の役員・幹部向けに雑談・会話から説明・説得、プレゼンまでを学んでいただく、話し方の研修や学校を運営していますが、特に議論がヒートアップするのが「ほめ方・叱り方」のコマです。

多くの幹部の方が、

「厳しく叱られて育てられて、今の私がある」
「今の若い子たちは、少しでも叱るとすぐ折れる」
「耐性をつけるために、叱られることに慣れておくべきではないか」

などとおっしゃいます。

パワハラ経験からは「モチベーション」は上がらない

私も、これまで、理不尽なパワハラ上司やモンスターカスタマーに何度も遭遇してきました。

ネチネチ嫌味を言う感情に任せて叱りつけるほめることはほぼなく、何やかやとケチをつける……。

そういったパワハラ体質の人たちと接すると、普段会う人たちや日ごろの少々の苦労が、「あの嫌な連中よりはマシ」「あんなつらい日々よりはマシ」と思える側面は確かにあります。

しかし、一方、そのパワハラ経験から、「自分を変えよう」とか「もっと頑張ろう」というモチベーションが生まれたかといえば、それはまったくないわけです。

「とにかくその場を切り抜けよう」という気持ちだけであって、「そんな嫌な上司のために頑張りたい」とも到底思えない

「成長を実感」する機会にはまったくなりませんでした。

実際、脳科学的・心理学的には「『叱る』は百害あって一利なし」というのが真実です。

たとえば、次のようなケースです。

●脳は批判的な意見やフィードバックを脅威とみなす。批判によって生じる強い否定的感情は、神経回路へのアクセスを阻害し、認知、感情、知覚の障害を呼び起こす。つまり、人の欠点に焦点を当てることは、学習を促進するのではなく、阻害する
(アメリカ・ケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究)

●学生は本能的に、気分が悪くなるような意見やフィードバックを排除し、気分が良くなるようなフィードバックに同調する。実際、ほめられる頻度が高く、批判される頻度が低いほど、つまりほめ言葉の比率が高いほど、生徒は積極的に行動する。
(2020年の『Journal of Educational Psychology』誌掲載の研究)

●スポーツの現場での言葉による攻撃は、モチベーションや感情とは負の相関がある。否定的な行動変容のテクニック(人格攻撃、能力攻撃、からかい、嘲笑、脅迫、冒涜など)は、何ら効果がない
(『Journal of Sport Behavior』誌掲載の研究)

このように、「否定的なフィードバックや批判、つまり、『叱る行為』は相手を嫌な気分にするだけで効果がない」ということがあらゆる科学的研究から明らかになっています。

命にかかわる大事な局面でも「厳しく叱る」のはアウト

「いやいや、とはいえ、命にかかわるような大事な局面では、厳しく叱る必要があるだろう」というご意見もあるかもしれません。

しかし、たとえば、「手術室で執刀する先輩医師が、ミスを犯した後輩医師を叱りつける」「飛行機のコックピットの中で、副機長の間違いを機長が厳しく叱る」のも、どちらもアウトというのが、最近の定説になっています。

こうした叱責は将来的に、間違いを犯した人が、それを隠蔽しようとするリスクを高めたり、上長の間違いも指摘できなくなったりしてしまうからだそうです。

たとえ、あなたの叱責、批判が図星だったとしても、状況がどんなに危機的だったとしても、声を荒らげて叱りつけることは逆効果になります。

「叱る」は基本、相手の行動を変える力はあまりないばかりか、「あなたがどんなに嫌な奴だったのか」という記憶を相手に植え付けるだけで終わるのです。

では、なぜ「叱る」に効果がないのでしょうか?

叱りつけることは相手の「反抗心」に火をつけてしまう

なぜなら、批判など「否定的な言葉」は相手に恐怖心を覚えさせ、「Fight or Flight(闘争・逃走)モード」にしてしまうからです。

人は他人から批判されることを、極端に嫌がる生き物です。

人類は何万年もの間、群れをつくって生きてきたわけですが、批判される、糾弾されるということは、「その群れから追い出され、生命が危機にさらされるかもしれない」ということを意味します。

人から拒絶されること、叱られることは物理的に「叩かれる」「ぶたれる」ことと同じ。暴力級のダメージであり、とてつもない恐怖感を植え付けられるということなのです。

だから、そこから逃げようとする。つまり、人を「逃走モード」へと駆り立てるのです。

さらに「叱責」は、相手を「闘争モード」にも追い込みます。

世界的なベストセラー『学習する組織』の著者、ピーター・センゲ氏は「人は、変わることに抵抗するのではなく、変えられることに抵抗するのだ」と述べていますが、誰かに「こうしろ」と強制されることを極端に嫌がります。

自由を制限された際に、それに必死で抗おうとする「心理的リアクタンス」という状態に陥ってしまうのです。

相手への「批判・攻撃・敵愾心」は自らへの攻撃としてブーメランのように戻ってくる。つまり、叱りつけることは、相手の反抗心に火をつけ、逆の行動をとらせるだけの結果になりやすいということです。

「自主性・成長の機会を奪い、人格を壊す」最低のやり方

ただ、正直にいえば、相手に恐怖を覚えさせるような言葉で、叱りつけることは一時的に相手をコントロールすることには効果を発揮します。

恐怖で相手を支配し、操る、これは多くの独裁者が使う手法ですが、部下や子どもに使うことは絶対におすすめしません

禁止されることが多く、命令に従っているうちに自分で判断や行動をしなくなる「プリゾニゼーション(刑務所化)」という現象がありますが、まさに「叱りつけ」による支配は部下や子どもの考える力、自主性や成長の機会を奪い、人格を壊す最低のやり方だからです。

「叱りつけ」は積極的に学び、自律的に成長していこうという気持ちを奪い、上の言うことを唯々諾々と聞いているだけの「他律的人材」を作り出す結果になりがちです。

これからの時代に必要な、ちゃんと自分で考え、自分の足で立ち、自分の主張をできる「自律的人材」を育成するためには、「叱る」はまったく妥当な方法とは言えないのです。

とはいえ、ただ、ほめてばかりでも人は育ちません。悪いところはしっかりと指摘し、改めてもらわなければならないわけですが、そのために、わざわざ、「叱る」「相手にムチを打つ、傷つける」必要はないのです。

人が育ち、スイスイ動く簡単な「言い換えの魔法」


岡本純子さんの「伝え方セミナー」を9月13日(水)に紀伊國屋書店梅田本店で実施します(詳しくはこちら)。

ですから、相手を叱りつけて、傷つける「destructive(破壊的)フィードバック」を、相手がきちんと、その誤りや間違いに自ら気づき、動く「constructive(創造的)フィードバック」に「変換」していかなければなりません。

おかげさまでベストセラーになっている新刊『世界最高の伝え方』では、人がグングン育ち、スイスイ動くようになる簡単な「言い換えの魔法」を紹介しています。

「〇〇ハラ」にならない「究極の人の動かし方」を学んでみませんか。

(岡本 純子 : コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)