「税は財源じゃない?」100人の島に例えて解説
子どもからもらう「肩たたき券」もお金の一種?(写真:CORA/PIXTA)
値上げや増税で経済を圧迫している日本。結局国の赤字はどのくらい問題なのか? 債券の価値って? 知っているようで意外と知らない「お金の働きと仕組み」をわかりやすく説明した『東大生が日本を100人の島に例えたら 面白いほど経済がわかった!』著者のムギタロー氏が解説します。
肩たたき券もお金の一種?
本題にはいる前に重要な「債券」と「債権」を肩たたき券に例えて説明します。
「肩たたき券もお金の一種だよ」
そう言われたら、違和感を感じる人もいるかもしれません。
でもこんな風に考えてみてください。
太郎くんが作った肩たたき券を、太郎くんママが持っています。
太郎くんママが、肩こりのひどい太郎くんパパに、「この肩たたき券と、ケーキ1個交換してくれない?」と言ったとして、太郎くんパパが「最近、肩こりひどいし、太郎くんは信用できるから肩たたきちゃんとやってくれそうだな」と思えば、交換してくれるかもしれません。
このとき、肩たたき券はお金のように機能しています。
お金には大きく、信用貨幣と商品貨幣とに分けられますが、肩たたき券は「信用貨幣」の一種です。
商品貨幣とは米、塩、金属のような、「人が直接消費してなんらかの価値を感じられるもの」かつ「持ち運び可能」で、「保存がきくもの」です。
一方、信用貨幣とは、「お金の機能を果たすことができる“債券”のこと」です。
どういうことでしょうか。
“債券”を理解するために、「債務」の仕組みを説明します。
経済学における債務(負債)とは、なにかをしなきゃいけない義務のことです。
英語では「Debt」と言います。
私たちはふだん「債務を抱えている」と聞くと、「毎月100万返済する義務」のように「ヤバいもの」をイメージしがちですが、そうとは限りません。
「債券」と「債務」
肩たたき券の例で言えば、「太郎くんには、肩たたきをしなければいけない義務」があります。それを「債務」と言い、太郎くんは「債務者」になります。
そして「肩たたきをする相手」が「債権者」で、その債務を果たしてもらう権利を持っています。
つまり“債券”とは「債権を書類化」したもの。
いわば「この券の持ち主が“債権者”だという証明券」のようなものです。
整理をすると、
<債券>
資産Xをもらえる券。資産Xを受け取ると消滅。債券の持ち主が債権者。
<債務>
債務者が債券を持っている人に、資産Xを渡す義務。
<資産X>
債務者の資産。モノでも、「肩たたき」のようなサービスでもいい。
肩たたき券も「資産」です。
太郎くんに、「人生で10000回肩たたきを施術できる体力」にあるとすれば、目には見えませんが、太郎くんは「肩たたきというサービスを施術する能力✕10000」という無形資産(実体の無い財産)を持っていることになります。
太郎くんが事故で両手を失い、明らかに「肩たたきをする能力」を失った場合、人々は「太郎くんは肩たたきをするという義務を果たせないだろう」と考えます。
つまり「太郎くんは債務を履行できない(債務不履行)」状態となり、太郎くんの肩たたき券は紙切れになります。
というわけで、“債務”とは「債権と対になって生まれる義務」にすぎません。
ラーメン1杯無料券も、債券の一種として説明できます。
債務…「券を使った人に、ラーメン1杯を渡すというラーメン屋の義務」
債券…「ラーメン1杯をもらえる券。ラーメン1杯と引き換えに消滅」
一般的にラーメン屋は、十分なラーメンの在庫・提供能力を持ち、廃業しない限り債務不履行になる危険は低いため、消費者は安心してラーメン1杯無料券を使えます。
ラーメン1杯無料券(債券)は、持っている私たちにとっては資産ですが、ラーメン屋にとっては債務です。
これと同じように、デパートの商品券やネット通販サイトの「ポイント」なども債券として説明できます。
このように、お金として機能する債券のことを「信用貨幣」と言い、債務者の「債務を果たす能力」が信用できる限り、債券は価値を持ち続けます。
なぜ貨幣には価値があるの?
では、なぜ貨幣には価値があるのか。
国の信用貨幣の価値は、どうやって保証されているのか。それは「税と暴力」の存在によります。
想像しやすい例を考えてみましょう。
今回はわかりやすく腕っぷしの強い西遊記の孫悟空に例えて解説します。
※文中に登場する例え話は、仕組みをざっくり説明するためのものであり、歴史的順序などは現実とは整合しません。ご了承ください。
あるとき、無人島に100人が流れ着きました。
100人のうちの1人に、孫悟空がいます。孫悟空は言いました。
「ここはオラの島にする。みんな幸せに暮らせるようにしてやるから言うことを聞け」
孫悟空はものすごい戦闘力なので、他の99人は誰も逆らえず、
「おめえら5人はオラの部下として働け。さもないとぶっ飛ばすぞ」
「おめえら、米を30kgくれ。さもないとぶっ飛ばすぞ」
「おめえらはそこにダムを作れ。さもないとぶっ飛ばすぞ」
と言われるままに動きます。
そうやって島が運営されていきました。
孫悟空は、ある時からやり方を変えます。オリジナルのお金を生み出すことにしたのです。
みんなの前で紙切れに「1エン札 by孫悟空」とハンコを捺(お)し、「オラのハンコじゃないと駄目だからな、偽物作ったやつはぶっ飛ばす」と言い、
さらに「これからこのエンをこの島の通貨にする。1エンを税として毎年オラに払え、さもないとぶっ飛ばす」と言いました。
このとき、
<債券(エン)>
孫悟空にぶっ飛ばされない券。税として払って、「自由」を受け取ると消滅
<債権者>
券を持っている人
<債務>
税としてエンを払った人をぶっ飛ばさない義務
<債務者>
孫悟空
という図式になるため、ぶっ飛ばされたくないほかの住民にとって、エンは価値を持ちます。
つまり、冒頭の肩たたき券同様「お金」として機能するのです。
しかし最初の段階で、孫悟空から「さあ、今年度の予算が欲しいから、税収だ! エンを渡せ」
と言われたら、どうでしょうか? もちろん渡せません。
誰もエンを持っていないからです。
だからまず「孫悟空がエンを作る」のが先です。
エンを何枚か発行した孫悟空は言います。
「さあ、エンが欲しいだろ? オラの部下として働いてくれる5人には月1エンやるよ」
これを聞いて、住民のうち何人かが立候補し、悟空が面接して5人採用しました。
「米30kg欲しいんだが、交換してくれるやついねぇか?」
これを聞いて、農家の住民が「5エンでいいですよ!」「4エンでどうぞ!」「3エンでもいい!」と声を上げます。
「そこにダムを作ってほしいんだが、やってくれる奴いねぇか?」
これを聞いた技師の住民は「俺は15エンでやるぞ」「うちは11エンで」「10エンでやらせて」と声を上げます。
このように、まず孫悟空が「エンを作り」、年末に孫悟空にぶっ飛ばされたくない=エンを欲しい住民たちは、引き換えとして「労働や財」を差し出します。
こうしてエンは島の人々の間で流通し、貨幣として使われていきます。
流通と価値の変化
やがて孫悟空がエンを作り続けるうちに、みんながエンをたくさん持つような状態になり、
「もう年1エンぽっちの税が払えなくて、ぶっ飛ばされることはない……!」
とみんなが思い始めます。
すると、当然エンの価値は下がっていきます。
以前は1エンで買えたはずの肉も10エンじゃないと買えなくなっていきます。
エンの価値が下がっていく(インフレ)のです。
こういうとき、孫悟空はこう言います。
「増税すっか。次から年100エンな」
このように、エンが出回るにつれて、1エンの価値は下がっていきます。
が、それに伴って税が変わるだけ。なので、孫悟空としてはなんら問題はありません。
「孫悟空にぶっ飛ばされないことの価値」は住民にとって変わらず、その単位を1エンから100エンに変えただけです。
給付金の仕組みと豊かさの変化
ちなみに、孫悟空が
「みんなを幸せにすっぞ! 100人全員に1億エン給付だぁー!」
とやることも理論上は可能です。
ただ急にかなり物価が上がって、物価と連動して税額も上がるし、「1000万エン札」などの新紙幣も生まれるかもしれず、島は混乱するでしょう。
また1億エン給付しても、100人の島にあるモノ・サービスの質や量はまったく変わらないので、島の生活水準は変わりません。
エンという紙を配っただけでは、物理的な「豊かさの変化」は起こらないのです。
(※ただし貧富の差は是正されます。たとえば全財産が1エンだった人と、全財産が100万エンだった人の財産が、それぞれ1億1エンと1億100万エンになるので)
本当に「みんなを幸せにすっぞ!」と思うなら、孫悟空は「保育園が足りねえ? じゃあオラが保育士を高給で雇ってやる。あと、誰かここに保育園を3つ作ってくれ!」というように、物理的に島民の生活を変える政策を行う必要があります。
話はさておき。孫悟空は毎年たとえば、「今年は、税を計100エン集めて、150エンみんなに渡した」と記録することもできます。
収入が100エンで、支出が150エン。
家計簿としてみれば、赤字のようにも見えます。
が、これはただ、「新しく50エンを発行した」だけなのでなにも問題はありません。
集めた税だけを使って、孫悟空が家計をやりくりしているわけではない、
というのは、おわかりいただけたかと思います。
「税は財源ではない」し、「高額納税者が偉いわけでもない」のです。
同じことが、「国」にも言えます。
物騒な言い方になりますが、国家は「暴力を独占」しています。
国の警察や軍隊だけが、ルール違反した人を無理やり捕まえることができます。
もしもこの暴力の独占を悪用すれば、国民から「食べ物、労働力、物品」を強制的に回収することができます。
日本史の授業でも習う、古代の税「租庸調・雑徭」は、国が国を運営するために、国民から米や布などのモノや、土木工事や兵役などの労働力を強制回収していました。
戦時中に出された「金属類回収令」などもそうです。
国はまさに、すさまじい戦闘力(暴力)を持つ悟空と同じ存在なのです。
日本円は次のように説明できます。
<債券(日本円)>
自由(逮捕しない)をもらえる券。税として払って、「自由」を受け取ると消滅。
<債権者>
券を持っている人
<債務>
日本円を税として払った人に、自由(逮捕しない)を与える義務。
<債務者>
国
先ほどのエンが、日本円に相当します。
現実でも昔1円だったリンゴは、10円になり、100円になり、価格の上昇に伴って税額も上がっていきます。
通貨の価値を維持できるかは、国によって左右される
こういった前提があるので、国が日本円(債券)を発行するときは、同時に「国の債務が増える」ことになります。でもどうでしょうか。
債務が増えたからといって、「ヤバいこと」ではありませんよね。
なぜか。
国は「国民に暴力(逮捕・財産没収など)を行使する能力」を持っているからです。
いつでも「税をちゃんと払ったら、逮捕しない義務」は果たせます。
もしもその債務を果たせないことがあるとしたら、それは革命などによって「暴力の独占」を失ったときです。
「ぶっ飛ばせる戦闘力」を持った孫悟空ならば、確実に「ぶっ飛ばさない義務」を果たせることと同じ。果たせなくなるとしたら、ケガや病気などで「戦闘力」を失ったときです。
国が滅んで、通貨が価値を失った実際の例があります。ソマリアの通貨である「ソマリアシリング」は、1990年代に内戦によって一時期、無政府状態になったことで、ほぼ価値を失いました。2000年代後半に新政府が誕生してから、「ソマリアシリング」はまた少しずつ価値を取り戻しましたが、このように通貨が価値を維持できるかどうかは、国家が安定しているかどうかによって左右されます。
ここまでは、簡単にするために「国」とひとくくりに表現しました。実際の世界では、政府と中央銀行(日本銀行)とに分かれていて、「国債」というややこしい仕組みがあります。しかし、基本的には今までの説明とやっていることは同じです。
次回はコチラ:国債は日銀が買い取る? 100人の島に例えて解説
(ムギタロー : 経済評論家)