経営責任を問う声が日増しに高まっている損保ジャパン(編集部撮影)

中古車販売大手・ビッグモーター(東京都港区、和泉伸二社長)をめぐる騒動が拡大の一途をたどっている。

ここまで騒動が大きくなったのは、保険金の水増し請求をはじめとして、不正の限りを尽くしたようなビッグモーターの悪辣さだけが要因ではない。コンプライアンス(法令順守)にとりわけ厳しいはずの金融機関がときにその片棒をかつぎ、さらには一緒になって隠蔽しようとしたのではないかという疑義が拭えないからだ。

強い疑いの目を向けられている損保ジャパン

中でも強い疑いの目を向けられているのが、損害保険ジャパンだ。不正疑惑が強まっている最中にビッグモーターとの取引を再開するなど、これまでの対応には不審な点があまりにも多い。業を煮やした金融庁が、保険業法に基づく報告徴求命令の中で、損保ジャパンに対してのみ、拙速な取引再開について経緯説明を求める事態にも発展している。

ここでは、特に問題視されている昨夏の取引再開の経緯について、損保ジャパンやビッグモーターの社員らの証言を基に改めて検証し、その深層を探る。

最大の焦点となるのは、2022年6月のビッグモーターによる自主調査だ。ビッグモーターに出向者を出していた損保ジャパン、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険の損保大手3社は、関東地方にある4つの板金工場を対象に自主的な調査をするよう、ビッグモーターに要求。加えて、それまで3社で競い合っていた事故車の紹介(入庫誘導)については、全33工場のうち25工場で停止する措置をとった。

自主調査を渋々受け入れたビッグモーターは、関東4工場の従業員に対してヒアリング調査を実施。ヒアリングを行うメンバーには、ビッグモーターの社員だけでなく、損保ジャパンと三井住友海上からの出向者も加わっている。

そのヒアリングでは、複数の工場の従業員から「工場長の指示で日常的に過剰な自動車の修理を行ったうえで、保険会社に対して過剰な修理費を請求している」という趣旨の証言があり、3社は6月下旬までにその報告を受けているという。

修理費の水増し請求が単なる過失ではなく、組織的な不正である疑いが一段と強まった瞬間だった。

実際に損保ジャパンの白川儀一社長は今年7月、報道陣によるぶら下がり取材で「工場長からそういう(不正の)指示があったと把握しているという話が、(出向者から)私ども経営(陣)のほうにも連絡があった」と語っている。

報告書では「真逆」の内容に一変

ところがだ。ビッグモーターが昨年6月30日に3社に提出した自主調査の報告書は、出向者から聞いていた内容と真逆のものになっていた。ヒアリングの結果、工場長などによる不正の指示は確認できず、水増し請求の真因は事務連携上のミスや従業員の技術不足だ、と結論付けていたのだ。

しかも、報告書に添付されていたヒアリングシートは「不正の『指示はなかった』という内容になっており、証言した従業員とヒアリングを担当した出向者の署名もあった。いったいどう受け止めればいいのか、署名を偽造しているのではないか、など新たな疑念が噴出して当時は非常に困惑した」と大手損保の幹部は振り返る。

その約2週間後の7月14日、3社は今後の対応について協議する会合を開いている。東京海上と三井住友海上の2社はその会合で、ヒアリングシートの信憑性や追加調査の進め方が主な議題になると考えていた。しかし、ビッグモーターの幹事会社を務める損保ジャパンが示した方針は、「追加調査はしない」「再発防止策の策定を順次進める」というものだった。

当然ながら2社は猛反発した。「なぜ追加調査が不要なのか」「不正の指示があったと従業員は証言していたはずだが、何をもってこのヒアリングシートに信憑性があると考えたのか」「水増し請求の被害にあった顧客への対応や案内はどうするつもりなのか」などと迫った。

それに対して損保ジャパンは、「追加調査を実施してもこれ以上の結果は得られない」「従業員本人が署名している以上、ヒアリングシートには信憑性がある」「被害を受けた顧客への案内は現時点では考えていない」などと応じてみせたという。

不正疑惑の隠蔽、被害者置き去りと批判されても仕方がないような対応だが、これほどまでに不可解な対応で損保ジャパンが押し切ろうとしたのはいったいなぜなのか。

証言内容が一変した舞台裏を把握していた可能性

可能性として考えられるのは、従業員の証言内容が、「不正の指示があった」から「なかった」へ一変したその事情を把握しており、かつビッグモーターを通じて得られる100億円超の保険料収入を減らしたくないという思いがひときわ強かったから、ということだろう。

証言内容が一変した経緯については、損保ジャパン、ビッグモーターともに「調査中」としているが、取材を進めるとそれぞれの言い分が食い違っている様子が垣間見える。

ヒアリングに携わった損保ジャパンの出向者は、ビッグモーターの板金部長(当時)から、不正の指示はなかったという内容のヒアリングシートを手渡されたといい、「これに署名をもらってこいと指示された。従業員には事情をすべて話し、何とか署名をしてもらった」と主張しているもようだ。

一方で、板金部長は「書類の内容はよく見ていない。覚えていない」という主張に終始。ヒアリングを受けた従業員は「不正の指示がなかったなどと、証言した覚えはない」と話しているという。

どの主張が真実なのかは不明だが、損保ジャパンの出向者とビッグモーターの従業員は、不正の指示があったと認識していたことは紛れもない事実だ。

3社協議の3日前となる昨年7月11日、ビッグモーターの兼重宏行前社長は損保ジャパンの中村茂樹専務執行役員(当時)を訪ねている。本来であれば、その会談の場で「なぜ従業員の証言内容が一変したのか」と兼重氏を問い詰めるべきだが、そうした対話があったという声は聞こえてこない。

訪問の趣旨は「お礼」と兼重氏は発言

むしろ関係者から聞こえてくるのは、兼重氏が今年7月25日の記者会見でいみじくも語ったように、「事故車入庫再開(方針)のお礼」といった類の話だ。ビッグモーターは慌てたように、記者会見後、同社ホームページで「兼重の当時の記憶に事実誤認がありました」と訂正したが、同会談の前後数日の間に入庫誘導の再開方針を損保ジャパンが伝えていたとみるのが自然だろう。


損保ジャパン役員との面談内容について「入庫再開のお礼」と、今年7月25日の記者会見で語ったビッグモーターの兼重宏行前社長(撮影:今井康一)

そうした損保ジャパンの不可解な対応方針をまとめたのは、中村氏だ。白川社長にその方針を伝えたのは、3社協議の数日後とみられる。その後、損保ジャパンは2022年7月19日に金融庁に出向き、証言内容が一変した事実にはいっさい触れずに、不正の指示は確認できなかったと虚偽報告。そして7月25日に入庫誘導の再開に踏み切っている。

早期の幕引きでうまく逃げ切るつもりだったのかもしれないが、同業の損保2社を完全に敵に回したことのツケは大きかった。ヒアリングシートの信憑性に、当初から強い疑義を抱いていた東京海上が、昨年8月下旬に改めて工場の従業員に聞き取りをし、「不正の指示があった」という証言を執念で引き出してみせたのだ。

それを聞きつけた損保ジャパンは、さすがにまずいと考えたのか、9月14日になって入庫誘導を再び中止したというのが一連の流れだ。

白川社長はのちに、入庫誘導再開の判断は「あまりに軽率だった」と報道陣の前で陳謝したが、証言内容が報告書で一変したことを知りながら最終的なゴーサインを出していたことになり、その経営責任は重大だ。

「論功行賞」の人事をしたのか

さらに言えば、その軽率な対応方針をまとめた中村氏を、今年6月21日付で損保ジャパンの常勤監査役に就かせたことも、はなはだ疑問だ。ここまで騒動が拡大し疑惑の目が向けられるとは思わずに、白川社長の8年先輩にあたる中村氏に「論功行賞」人事をしたのであれば、目も当てられない。損保ジャパンの前身である安田火災海上保険への入社は、中村氏が1985年4月、白川社長が1993年4月だ。

現在、そうした一連の経緯については、親会社のSOMPOホールディングスが引き取るかたちで第三者調査を始めている。あたかも、親会社には今回の責任はないかのような立ち居振る舞いだが、SOMPOの櫻田謙悟グループCEOは損保ジャパンの取締役でもある。

事の詳細は知らずとも、取締役として出向者の状況や不正行為、証言内容の変遷を知り得た立場にあり、その認識の度合いによっては会社法上の善管注意義務違反に問われる可能性がありそうだ。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)