いつのまにか起業後進国になってしまった日本は巻き返せるのか(写真:Ryuji/PIXTA)

スティーブ・ジョブズの下でiPodとiPhoneの開発チームを率い、アップル退社後はAI搭載サーモスタット(室温調整器)のネストを創業。人気ブランドに育てた後グーグルに売却し、現在は投資・アドバイザリー会社の経営者――。

順風満帆の人生に思えるが、トニー・ファデル氏に言わせれば前半生は失敗の連続だったという。そこから学んだイノベーションの極意をまとめた著書『BUILD:真に価値あるものをつくる型破りなガイドブック』を上梓したファデル氏に、自らの起業家半生を振りかりながら、「起業後進国」とされる日本が変わるのに必要なことを聞いた。

ほとんどの人の20代は失敗ばかり

――ファデルさんは、アンドロイドを生み出したアンディ・ルービン、イーベイ創業者のピエール・オミダイアなどきらぼしのような才能が集まるゼネラルマジックでキャリアのスタートを切ったものの、同社はまもなく破綻し、20代はなかなか芽が出なかった。自分より若いグーグルやフェイスブックの創業者が一夜にして大成功を遂げる様子をどんな気持ちで見ていたのか。
 
彼らは運に恵まれたわけだが、起業家の多くが成功をつかむのは30代半ば以降だ。10代、20代は少ない。ほとんどの人は失敗に失敗を重ねながら20代を過ごす。

僕の見るかぎりグーグルやフェイスブックの創業者は一度幸運に恵まれたが、その後何も新しいものを生み出してはいないし、一流のマネージャーやリーダーでもない。僕は手痛い失敗を通じて能力を身に付け、なんどもゼロから挑戦して成功をつかんできた。

ネストを立ち上げたときだって、グーグルのように何十億ドルも資金があったわけではない。運で成功する人間もいれば、苦労の末に獲得した能力で成功する人間もいる、それだけの話だ。


Tony Fadell(トニー・ファデル)/1969年生まれ。スタートアップ企業ゼネラルマジックで30年にわたるシリコンバレーのキャリアをスタート。2001年iPodの開発責任者としてアップルに入社。2007年にiPod部門シニアバイスプレジデントに就任、また初代iPhoneのハードウェアと基本的ソフトウェアの開発チームを率いる。2010年アップル退社後ネスト社を立ち上げ、2014年にグーグルが32億ドルで同社を買収。2016年にネスト退社後、現在は投資・アドバイザリー会社ビルド・コレクティブを率い、約200のスタートアップ企業にコンサルティングとサポートを行っている。(写真:早川書房提供)

イーロン・マスクだって20代には大したことはしていなかった。そう言い切れるのは、1990年代半ばにロケットサイエンスという会社で彼と肩を並べて「SEGA CD」向けのビデオゲームをつくっていた時期があるからだ。僕はゼネラルマジックの正社員だったが、会社の仕事に不満がたまって夜や週末に副業していたんだ。あの頃のイーロンはただのプログラマーに過ぎなかった。

だから今苦労している20代の人たちに伝えたいのは、行動し、失敗し、そこから学習しよう、ということだ。それが最善の学習法だ。大学を卒業したら、現実にもまれ、人間関係の機微に触れ、ストーリーテリングを習得しなければならない。

プログラミングの方法を知っている、ChatGPTを使いこなせるからといって成功できるわけではない。人間性について学び、顧客や組織を理解し、それらがどう結びついているかを知る必要がある。本書はそのためにある。

40歳で独立・起業した人もたくさんいる

――すでに30代、40代になり、新しいことを始めるには遅すぎると思っている読者へのアドバイスは。

好奇心があり、さまざまな年齢やバックグラウンドの人との対話を厭わない人なら、いつだって新しいことを始められる。人生の選択を重ね、背負っているものがたくさんある人なら、越えなければいけない壁も多くなるが、「五十にして天命を知る」という言葉もある。40歳で大企業から独立・起業した人をたくさん見てきたし、僕自身も40歳でネストを立ち上げた。

この年代の人は顧客、会社の仕組みや動かし方、どうすればうまくいくか、いかないかをよくわかっている。ゲームオーバーなんてことはない。生物学的な子供をつくるのにはタイムリミットがあるが、デジタルな子供をつくるのに遅すぎるということはない。

――日本の場合、労働市場が硬直的で、転職も少なく、アメリカと比べて起業は難しいと考える人は多い。

フランスをはじめヨーロッパ諸国についてもかつては同じことが言われていたが、ここ7、8年で大きく変わった。大勢の人が大企業を辞め、新たな会社を立ち上げている。今ではフランス生まれのユニコーンまである。ひと昔前には、誰も想像しなかったことだ。

僕が経営する「ビルド・コレクティブ」という投資・アドバイザリー会社はポルトガル、スペイン、ドイツ、フランス、スイス、オーストリア、スカンジナビア諸国、イギリスのスタートアップに投資している。いずれも好調で、世界トップクラスの会社ばかりだ。

日本にはとてもクリエイティブな人材がいるし、人口高齢化への危機感もある。大企業の力は衰え、ベンチャーマネーが流れ込んでいる。2012年〜13年頃のフランスに似た、本当にすごいことが始まろうとしている空気がある。当時のフランスでは、なぜこの国からグーグルが出てこないのか、そういう企業が必要だという声が上がっていた。

今に「もういい、自分がやってやる」という若者たちが出てくる。僕の投資会社でも日本の案件を検討している。以前なら考えもしなかった。何社もの経営陣と会っているし、日本からおもしろいモノが出てこようとしているのを知っている。韓国も同じような状況だ。イノベーションは世界中のあらゆる国で起きている。

今の若い日本人は優秀

――大方の日本人以上に、日本に対して楽観的だ。

楽観的にならなかったら何も始まらない。実は1992年に僕が初めて北米から出て、旅行した先が日本だった。秋葉原に行って度肝を抜かれた。ものすごいイノベーションが起きていた。


だが日本市場はあまりに閉鎖的で、海外に目を向けず、ストーリーを語ることもなく、ハードウェアしか見ていなかった。今の秋葉原には海外のブランドしかない。イノベーションはすべて輸入している状況だ。日本的メンタリティ、大企業病によって往年の大企業は傾いてしまった。

今の若い世代の日本人は違う。海外で教育を受けた優秀な人材が日本に戻ってきている。変化の機運は高まっていて、「なんとかしなければ」と考える若者も増えている。あとは時間の問題だ。僕は日本が変わると信じている。

前編:「iPodの父」が語るジョブズから教わった教訓

(土方 奈美 : 翻訳家)