AIが人間の仕事を奪う未来は来るのだろうか(写真:phonlamaiphoto/PIXTA)

ChatGPTをはじめとする生成AIは、ビジネスに大きな影響をもたらすことが考えられる。その一例が、検索エンジンによる広告ビジネスだ。検索事業はグーグルが一強時代を築いてきたが、ChatGPTの開発元であるOpenAIと組んだマイクロソフトが猛攻をかけている。世界のテクノロジーとビジネスを目利きし、投資している山本康正氏に解説してもらった(本記事は山本康正著『アフターChatGPT』の内容を一部抜粋・再編集したものです)。

生成AIは既存のビジネスや仕事を破壊するのか

ChatGPTをはじめとする生成AIによって仕事のやり方が大きく変わりそうだ。業界の仕組みが根本から変わるかもしれない。それどころか、今の自分の仕事が生成AIに奪われるかもしれない―─。

そんな風に生成AIに対する抵抗感や恐れを密かに抱いているビジネスパーソンは決して少なくないでしょう。ChatGPTをはじめとした生成AIの世界的トレンドは、それほどまでに人々の心を揺さぶる衝撃をもたらしています。

1つはっきりしているのは、「よくわからない」「うちは関係ない」で済ませられる人は限りなくゼロに近いというシビアな現実です。インターネットが登場した際も同様でした。

ChatGPTのような画期的なテクノロジーの登場は、いつの時代でも、それまでの価値観に揺さぶりをかけます。勤続年数や肩書と有能さが比例しないように、創業してからの歴史が長いからといって、その企業の価値観がこれからも通じ続けるとは限りません。積み重ねてきた信頼や伝統は確かに大切なアセット(資産)ですが、そこに固執してしまうと、ビジネスの存亡がかかった変曲点を見極められず、多くのものを失ってしまうリスクが高まります。

歴史や伝統、従来の手法が、アセットではなく、負債、重荷になっていないか? 多くの企業が、一度立ち止まってゼロベースから見直すべき局面に来ているのかもしれません。

では、実際のところ、「アフターChatGPT」のビジネスはどう変わるのか。どんなビジネスがどのように残り、どんな仕事が淘汰されていくのか。生成AIがビジネスや個々人の働き方にもたらす影響について考えていきましょう。

グーグルの検索事業の広告モデルは生き残れるか?

グーグルは、検索エンジンにおいて四半世紀ほど、ほぼ一強時代を築いてきました。しかし、生成AIの性能が向上し、普及が進むことによって、従来のグーグルのビジネスモデルが成り立たなくなる可能性もないわけではありません。

写真フィルムの大手だったコダックが、新しく出てきたスマートフォンという、当初は性能が限定的だったものに、予想外に、もしくは、わかっていても有効な対抗策を立てられず、敗れました。同じようなことが、将来繰り返されることがあり得るのです。

今は、何かについて調べようと思ったとき、多くの人は、まず検索をかけます。思ったような情報がすぐに出てこないときには、検索のキーワードを増やす、変える、組み合わせるなどして、知りたいことにより近い情報を探し出します。そうしてヒットした大量の情報を人間が見て取捨選択し、判断をしていました。その過程でユーザーが目にし、クリックする広告が、グーグルの主な収益源です。

しかし、生成AIに質問をすれば、そんな面倒な検索をしなくても、欲しい情報が得られる可能性があります。ユーザーが検索をしなくなると、検索ワードに合わせて広告を表示し、ユーザーを広告主のサービスに誘導するというビジネスモデルが成り立たなくなるかもしれません。

これまでも、例えば買い物のために、検索するのではなく、直接アマゾンのアプリを開かれてしまっては、広告を表示する機会を失っていました。こうした脅威は、たびたび話題にはなっていました。

この先、対話型AIをユーザー個人ごとに合わせてカスタマイズできるようになれば、答えの精度や的確さがさらに向上していくでしょう。その人の年齢や居住エリア、属性、嗜好などのパーソナルな情報をどんどんインプットしていけば、「昨年の夏季休暇ではこのエリアに旅行をしましたね。

では、今年はこのエリアはどうでしょう?」というように、過去のデータや個人の嗜好も踏まえた、よりユーザーにフィットする回答が返ってくる未来も十分にあり得ます。AIが自分専属のコンシェルジュになってくれる。そう考えるとわかりやすいかもしれません。

そうなったときに、検索とそれに連動する広告というビジネスモデルで地位を築いてきたグーグルは、どこで価値を出せばいいのか? グーグルが今急ピッチで模索しているのは、まさにその方向性でしょう。

グーグルに負け続けてきたマイクロソフトの巻き返し

ChatGPTの爆発的普及を受けて、グーグルはBardの発表を急ぎました。しかし、マイクロソフトがBingにGPT-4を搭載したことで、検索エンジンと生成AIとの融合では、グーグルはマイクロソフトに先を越された形です。

2023年3月には、さらに、オープンAIの画像生成AI、DALL・E(ダリ)の先進モデルもBingに搭載されました。

グーグルも、2023年5月10日、Google I/Oという年次総会で、検索エンジンに生成AIを組み込むことを発表しましたが、このマイクロソフトの動きを見て、対話型も含めた検索エンジンの領域において、マイクロソフトがグーグルに急速に追い付く可能性があるとの見方も出てきています。

GPT-4を使ったBingのチャット機能では、公開直後のChatGPT自体とは違い、回答に出典へのリンクが貼られています。まさに、従来の検索と対話型AIが組み合わさった形です。2023年3月からは広告も実験的に表示する取り組みを発表しています。

グーグルが自社の検索エンジンとBardを組み合わせて、どのようなサービスを作るのか。そして、マイクロソフトのBingを引き離せるのか。それは、今後の動向を見なければわかりません。ただ、マイクロソフトが、これまでの遅れを取り戻すかのように、怒濤の攻勢をかけているのは確かです。

マイクロソフトは、携帯電話のOSにおいて、後発でウィンドウズフォンというものを出したのにもかかわらず、アップルやグーグルに敗北しました。動画においても、グーグル傘下のYouTubeに負けています。

そして、検索エンジンにおいても、グーグルに負け続けてきました。この時代は、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツと後任のCEOスティーブ・バルマーが、判断ミスだと後悔した時代だと、後にインタビューなどで明らかにしています。

マイクロソフトの「本気度」を業界は理解している

3代目の社長サティア・ナデラが、経営方針を時流に合ったものに方向転換し、サブスクリプションの導入、エコシステムの強化、買収、新サービスの発表を行なって、時価総額を大きく回復させてきました。


今の時代に重要視される市場でことごとく敗北を喫してきたマイクロソフトには、「生成AIこそは取ってみせる」という気持ちがあるのでしょう。そのマイクロソフトの本気度を十二分に理解しているからこそ、業界のなかで緊張が高まっているのです。

グーグルですら「変わらなければ生き残れない」と本気で考えている。ならば、自分たちはどうだろう? そんな視点が持てるようになれば、ビジネスパーソンとして次にすべきことは何かも自ずと見えてくるのではないでしょうか。

(山本 康正 : 京都大学客員教授)