大企業も望まぬ「下請けイジメ」生む日本の商習慣
日本でもさまざまな業界で見られてきた「下請けイジメ」。「値上げ」に関して、現場ではどんなことが起きているのか(写真:metamorworks/PIXTA)
大企業が取引先の中小企業や個人事業主に対し、力関係の差を利用して不利な取引を強いる下請けイジメ。日本でもさまざまな業界で見られてきたが、昨今ではむしろ「大企業のほうが気を遣う」といった状況が発生している。
お役人的発想すぎる「中小企業保護」の実態と、翻弄される現場の悲鳴とは──。新著『買い負ける日本』が話題を呼ぶ、調達のスペシャリスト・坂口孝則氏が解説する。
第2回:「下請けイジメ」糾弾された大企業のまともな弁解
当連載でも紹介したが、2022年12月に公正取引委員会が、物価上昇で大変な時代において、仕入先に納品価格アップの機会を与えてない企業の実名を公表したことは多くの企業に衝撃を与えた。
(出所:公正取引委員会HP『(令和4年12月27日)独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査の結果について』)
値上げを認めないのではなく、値上げの機会を与えないだけで指摘されたためだ。そこで、世間のイメージとは裏腹に、むしろ買い手企業たちは、仕入先に「値上げしたいけれど、いい出せないなんてことはないですよね」と逆質問するにいたった。
私はサプライチェーンの現場に身を賭している。大企業がやっと重い腰をあげて、中小企業の値上げを認めるにいたった……と書くのはたやすいし、そう書きたい衝動に駆られる。しかし、現実はそう簡単ではない。むしろ、大企業の肩を持ちたくなる状況に多く出くわす。
「仕入れ価格を値上げしろ」と簡単にいうけれど…
大手繊維関連メーカーの調達マネージャーが語る。
「たぶん他社も同じだと思いますが、値下げのマニュアルはありますが、値上げのマニュアルはありません。いくらの値上げが妥当かどうかはその都度判断するしかありませんし、上司も同じです。でも値上げ幅は妥当かどうか、かなり真面目にやっています。
たとえば取引先が『ナフサが値上がりしている』といってきたら市況データを確認します(著者注・ナフサ=石油製品)。そして、調達品がナフサと連動するとすれば、何円くらいの値上がりが妥当かを計算します。でも、取引先からはその想定の値上げ幅以上の申請が届くんですよ。だから『なんで?』と質問しても、まったく回答がありません。『社内で、これくらいは認めてもらってこい、といわれています』といわれるだけ……。
と思いきや『値上げは、そちらの査定どおりでけっこうです。ただ1年分をまとめて注文してくれませんか』といわれたケースもあります。こちらは妥当性を検証して納得できればいいですよ、といっているのですが……」
読者は「一行見積書」という言葉をご存じだろうか。おそらく読者の勤める企業の調達・サプライチェーン関連部員は知っているだろう。これは文字どおり、一行で製品価格は〇〇円と書いている見積書のことだ。
もちろん買い手は見積書の詳細がわからない。建設業界、自動車業界の一部など、この一行見積書を基本的には許さない業界はある。ただ、見積書の詳細を提示するのは法的に義務付けられているわけではないし、現実的には取引先が出してくれない。そこで買い手の多くは一行見積書でもあきらめる。
問題となるのは値上げ交渉のときだ。もともと中身の詳細を取引先は出してくれていない。しかし値上げ交渉の際には「この製品の中身に〇〇という材料を使用していて、それが値上がっているから、最終価格に反映してくれ」といわれる。先に登場してくれた大手繊維関連メーカーの調達マネージャーがいう。
「最初から中身を明確にしてくれていたら交渉に応じますよ。でも、もともとブラックボックスにしておいて、値上げ交渉の際にのみ、そんなこといわれたって……というのが本音です。
取引先にとってみれば、そもそもリスクをどう取るかの話ですよね。ブラックボックスにする代わりに、市況高騰は自ら責任を取る。あるいは、公開する代わりに、買い手側に市況の面倒を見てもらう。とはいえ、優越的地位の濫用といわれてしまうから、交渉に応じるしかないんですけれど……」
多くの人たちは、原材料等が上昇しているから仕入れ価格を上げろ、という。しかし、買い手側の企業は株主への説明責任もあるし、むやみやたらに価格を上げられない。かといって、値上げをしないと優越的地位の濫用といわれる。
だから、妥当な金額を査定したいと願い、なぜその値上げ幅になったのかの委細を尋ねる。値上げを認めたくないわけではなく、双方にとって適切な値上げ幅にするための交渉のためにだ。それなのに、妥当な価格を査定するほどの情報をもらえない……。
ここで、あえて中小企業側に立つならば、「交渉」が「圧力」に思えてしまうほど、彼らはこれまで価格を下げることばかり求められてきたのかもしれない。ここに、今のサプライチェーン・調達関連従事者の「仕入れ価格を上げろって、簡単にいうけれど」という苦悩がある。
業績が絶好調で、かつ理屈のない仕入先の価格を上げるべきか
恨み節を聞かせてくれたのは、大手インフラ企業の調達マネージャーだ。
「取引先が『納入価格を〇〇円ほど上げさせてください。労務費が上昇してどうしようもない』と申請してきました。たしかに労務費が上がっているのは知っています。
でも、現場の社員から聞くと、その取引先は人員を効率化してさほど影響はない、という。そこで、その取引先の最新の決算書を取り寄せると最高益なんですよ。労務費比率も上がっていない。
そりゃ、もちろん、いいたいことはわかりますよ。でも、こちらが『さほど影響はないのではないか。具体的に影響額を教えてほしい』といっているのに『値上げできなければ納入停止します』と返事されるのは、どうかと思ってしまう」
下請け事業者を含む仕入先が値上げを認められていないと社会的に問題になった。原材料市況が上昇しているのならば、そのコストアップは認めなければならない。認めなければ優越的地位の濫用になりうる。しかし、と機械メーカーの調達幹部がいう。
「だから私たちも取引先にアンケートを実施しました。私たちが強引に価格を抑えようとしている例はないのか、と。社会問題になる前に解決しようとしました。すると、アンケートで『価格改定をまったく認めてもらっていない』と書いた仕入先がいました。
しかし、そこは月間で数万円しか取引をしていないんですよ。値上げ額も、月に1000円といったところでしょうか。さらに、その仕入先は値上げの申請もしていませんでした。これで優越的地位の濫用といわれると、こちらの部員を励ます言葉がないですよ」
継続前提の取引価格と、現場に委ねる体質に問題がある
しかし、考えてみると不思議なことではないだろうか。たとえば、製品を売りたい人がいる。そして買いたい人がいる。2024年まで100円で契約した。それなら2024年までは売り手は100円で売らねばならない。明確だ。
そして、その金額では儲けが出ないのであれば、契約更新時に110円に値上げを申請する。買い手が110円の価値がないと思うのだったら、その売り手からは買わない。異なる売り手を探す。たったそれだけのことではないだろうか。
現実的には、日本企業間の取引価格は継続が前提となっていて、明確に「◯◯◯◯年○月○日まで有効な価格」と取り決めることは珍しい。このように、日本の商習慣の問題がある。さらに、もっと問題は契約の締結以前に、勝手に企業の現場が交渉してしまうケースがあることだ。
問題はサプライチェーンや調達部門だけではない。どの企業でも調達部門が取引先と価格交渉をするように規定で定めている。しかし現実的には現場や設計者などが取引先と価格交渉をしてしまうケースは多い。
外資系企業は三権分立といって「製品仕様を決める人(=設計部門)」「取引先を決める人(=サプライチェーン・調達部門)」「検収を行う人(=生産部門)」と厳密に分けることで内部統制を実施している。しかし、日本企業では権限が融解しているケースがある。建設メーカー調達責任者が語る。
「現場には荒っぽい人がたくさんいてね。たとえば現場でモノが足りなくなっちゃうと、調達部門を経由すると時間がかかるから、取引先に電話してしまう場合があるんですね。そして電話口で『もうちょっと安くしろよ』と強引にお願いしてしまう」
これは企業の内部統制に関わる話であり、さきほど説明した三権分立について、多くの企業では社員教育がなされている。ただ、現実的には突然にモノが不足したとする。明日までに客先に納品せねばならない。そんなときルール外だが、現場の担当者が電話で注文し、取引先まで商品を取りに行って受領書にサインすることがある。契約をする前に取引を成立させてしまうのだ。
事後で調達部門に連絡があれば防ぎようがない。その過程で“荒っぽい”交渉がありうる。先の建設メーカー調達責任者が続ける。
「困ったのが、会社の問い合わせ窓口に、いきなり取引先から申し入れがあったんですよ。『価格交渉が強引だから、出荷を停止します』と。あきらかに調達部門が悪いと誰もが思う。でも、聞いてみたら、調達部門の人間じゃなく、現場の人間が悪かった」
とはいえ、社内への啓蒙も調達部門の役割といえなくはない。
透明な取引の実現を目指して
この連載では、下請けイジメだ、とイジメられる大企業の現状について現場の赤裸々な現状をレポートをしてきた。しかし最終的には、大企業側の問題も指摘して一旦の報告としたいと考えている。
大企業ではコンプライアンス意識の高まりから、仕入先に対してできるだけ真摯に値上げ幅を査定し妥当な価格アップを実現しようとしている。情報を入手しにくい現状も報告しておいた。ただし、その意識は大企業のあらゆる部門にも行き渡らねばならず、その徹底は課題として残るだろう。
また、読者の企業でもときとして合理的ではないが、それでも「価格を下げてほしい」と交渉するケースはあるだろう。そのときにはとくにできるだけ背景を説明し、そして仕入先の納得を得たうえでの取引を実現するよう試みねばならないだろう。
さらに、前向きに考える人もいる。鉄鋼業の調達マネージャーは語る。
「ある意味でチャンスだと思いますよ。なぜなら旧世代のやり方が潰えたといえなくもありません。つまり、中小事業者をたたいて価格交渉するだけの方法です。価格を下げたいのであれば、真に効果的な方法を模索せねばなりません。たとえば仕様を見直すとか、条件を見直すとか。そんなことはずっと前からいわれていたんです。でも現場では交渉だけで価格を下げようとする人たちばかりでしたからね」
そう、これからは透明性の時代だ。どんな交渉でも公平・公正にせねばならないし、コストを削減したいと思ったら、根拠をもった交渉をせねばならない。当たり前の話だ。そして理想的には仕入先と買い手がお互いの立場を十分に説明しつつ交渉を重ねること。ここにしか解決策はないように私は思う。公正取引委員会や中小企業庁に関わりなく、売り手と買い手の融合が進むことを期待したい。
(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)