文系院生の就活の実態とは(写真:foly / PIXTA)

大学院生が毎日をどのように過ごしているのか、一般的にはあまり知られていない。調査や論文の執筆、教授の手伝い、学部生のサポートなど忙しい日々を過ごしているが、そのような現状が知られていないばかりか、大学院生を採用の対象にしている企業にも理解されていない、と感じている大学院生は多い。

特に文系の大学院生は、就職活動で学部生に対するアドバンテージもなく、同じ条件で就職活動をしなければならないケースが多い。しかも就職活動の早期化や長期化によって、研究の時間を大きく削られている実態がある。大学院生の現状を明らかにしていくこの連載の2回目は、大学院生が悩む研究と就職活動の両立について、文系の大学院に通う女性に話を聞いた。

研究活動と就職活動の両立は困難


この連載の一覧はこちら

「大学院に進学したものの、思ったよりも就職活動に研究する時間を取られると感じたのが率直なところです。就職活動が早期化していることで、研究と就活の両立は大変だと感じている大学院生は少なくないのではないでしょうか」

自身も研究と就活の両立に苦労したと話すのは、地方にある公立大学の大学院修士課程2年に在籍しているAさん。大学院では都市計画などについて研究している。話を聞いた7月は、10月の中間発表に向けて修士論文の執筆が本格化するところだった。

Aさんは今年5月頃まで、精神的にも肉体的にもきつい日々が続いた。それは、思っていた以上に就職活動の期間が長く、多くの時間を割かなければならなかったからだ。

「私は5月に関西のメーカーから内定をいただきました。ただ、就職活動は大学院に進学してすぐに始めなければならず、これほど研究との両立が難しいとは思っていませんでした。それだけでなく、文系の大学院生が、企業にあまり理解されていないと感じる場面も多々ありました」

Aさんの1日の過ごし方は、基本的には次のようなスケジュールだ。

「朝9時頃に大学に行って、午前中に修士論文に取り組みます。午後からはティーチングアシスタントとして、学部生のサポートや、教授のお手伝いなどをします。夕方に研究室に戻ってきて翌日の準備をするほか、大学院には社会人学生が多いため、授業が夜9時頃まである日も多いです」

修士課程に進学すると、通常は2年かけて修士論文に取り組む。Aさんは入学してすぐの6月に学会での発表を経験した。もちろん、大学院での研究が大変なことは、進学する際にある程度理解していた。研究がしたくて進学したこともあり、やりがいもある。しかし、想定外だったのは就職活動のスケジュールだった。

「進学してすぐに会社説明会やインターンの募集が始まりました。インターンに参加できなければ本選考にうまく進めないという話も聞き、準備せざるをえませんでした。内定をいただいたメーカーのほか、IT企業など3社のインターンに参加しました」

平日開催のインターンが研究活動に支障

インターンは学生が企業で就業体験をするもので、学部の3年生の夏から冬にかけて実施されることが多い。文系の大学院生の場合は、修士課程1年の時に学部生と同じ条件で参加しなければならず、それが思わぬ負担を強いられることになる。なぜなら、インターンは平日に行われるからだ。

「インターンも会社説明会も、平日が基本です。朝9時から夕方5時までなどその会社の勤務時間と同じ時間で実施されますので、当然ながら研究室にいる時間を削らなければなりません」

Aさんの指導教授は就職活動にも理解があり、打ち合わせの時間を少なくするなど配慮をしてもらえたという。しかし、そうではないケースも多い。

前回の記事『「大学院進学」の減少が止まらないこれだけの理由』で触れた全国大学生協連の「全国院生生活実態調査」では、全国の院生4645人から寄せられた回答の中にも、研究と就活の両立ができないといった声が多数挙がっていた。

具体的には、就職活動に時間を取られて修士論文が予定通りに進んでいないときに、教授から詰められるケースなどがあった。特に理系の場合は、就職活動を進めるために実験をいったん止めなければならないなど、かなり支障が出ているようだ。大学院生の生活実態と就職活動が合っていないと言えるのではないだろうか。

ただ、インターンの負担は、通常は修士1年の冬頃までの時期に限られる。その後、就職活動が本格化すると、Aさんにとって研究との両立はますます厳しくなった。修士論文は1年の秋から冬にかけて構成を考えて、春休みを使ってインタビューやアンケートなどの調査を進める。修士論文の準備をするうえで重要なこの時期に、就職活動もピークを迎えるのだ。

「エントリーシートを書いた2月頃から、面接が行われる4月頃がきつかったですね。エントリーシートは20社くらい書いて、最も時間を取られました。企業が求めていることはそれぞれ違いますので、限られた字数の中で何を伝えればいいのか悩みます。内定をもらえたメーカーのときは8時間かけて書きましたし、最低でも1社あたり1時間半以上はかかっていたと思います」

深夜にようやく帰宅する日々

「この時期は修士論文に取り組むことに加えて、学年末のレポートや、学部生の卒業論文のサポートなどもありました。深夜1時や2時にようやく家に帰ってきて、それからエントリーシートに取り組むような状態でした」

エントリーシートが選考を通過すれば、面接に進む。面接は一度だけではない。結果を待っている間の心労は、就職活動をしている誰もが感じるところだろう。

学部生にとっても就職活動が大変なのはもちろんだ。ただ、大学院生の場合はそもそも研究活動が多忙なため、学部生と同じ条件で活動するのは、物理的にも精神的にも負担が大きい。大学院への進学を決める段階で就職活動のスケジュールを知っておけばよかったとAさんは痛感した。

「大学院の修士課程に進学する場合、卒業後は博士課程への進学か、もしくは就職の2択です。インターンも含め就職活動は進学してから1カ月後には始まりますので、進学してから博士に進むか就職するのかを考えている余裕はありませんでした。就職活動はこれからも早期化することを考えると、大学院への進学を考えている人は進学前に大まかな方針を決めていたほうがいいですね」

Aさんは就職活動を通して、研究との両立が難しいことに加えて、文系の大学院生の就職の難しさも感じていた。それは文系の大学院生への理解が乏しい企業が多いことだ。

「面接の際に、大学院での研究内容まで踏み込んで質問していた企業はわずかです。内定をいただいた企業にはしっかり聞いてもらえましたが、多くの企業は『どんなバイトをしていましたか』『部活動はしていましたか』など、学部生を前提とした質問が中心でした。これはちょっと悲しかったですね。文系の大学院生が活躍するイメージを持っていない企業が多いのかなと感じました」

文系院生というだけで門前払いも

また、入社後の待遇も、理系であれば学部生とは区別されていることが多いものの、文系の大学院生には特段の優遇はない。学部生と同じ条件であり、むしろ年齢を重ねている分だけ不利な場合もあるかもしれない。実際に、文系の大学院生というだけで門前払いされた企業もあったという。

「エントリーシートを送ったら、文系の大学院生は受け入れていないと言われて、断られた企業も1社ありました。理由について説明もなかったので、びっくりしましたね。おそらく規模の小さな企業の場合は待遇に差をつけることができないので、はじめから院生を断ることもあるのではないでしょうか」

文系の大学院生が企業に評価されていない背景には、国の方針も影響しているのではないだろうか。文部科学省は2015年、全国の国立大学に対して人文社会科学や教員養成の学部・大学院の規模縮小や統廃合などを要請する通知を出した。人文社会科学系の組織を「社会的要請の高い分野」に転換するよう求めるものだ。

理系重視の動きはさらに進み、近年は科学技術関係予算が急増。2023年には3000億円の基金を活用して、理・工・農の3分野の学部設置などを行う大学に最長10年間で20億円程度まで支援する制度を始めている。

こうした理系偏重の動きに、文系の大学教員だけでなく院生としても疑問を持つのは当然のことだろう。Aさんも疑問を次のように口にした。

「すぐに社会の役に立つというか、わかりやすく目に見えるような学問にだけ力を入れて、本当にそれでいいのだろうかと思っています。文系の学問は、社会の根底にある考え方や、自分たちの文化がどのように発展してきたかといった基礎的な研究がほとんどです。それこそ文化は一度で終わるのではなく、これからもどんどん変化していきます。その部分をなくしてしまうと、人間の文化的な生活にも影響が出てくるのではないでしょうか」

企業側にも文系院生の実情を知ってほしい

Aさんは就職活動を通して、文系の大学院生に対する社会の理解が乏しいことを感じた。その経験を「今になって思えばよい経験だったかもしれない」と振り返り、今は文系の大学院生について知ってもらうことが必要だと考えている。

「私自身、大学院での研究活動を通して、学部生の頃よりも成長できていると感じています。調査を通じていろいろな立場の人や、幅広い年齢層の人と出会うことができました。その過程で培ったコミュニケーションを取る力や、分析する力は、社会に出ても役に立つと思います。

また、研究自体も社会を発展させるうえでの基礎的な研究を担っています。確かに研究と就職活動の両立は大変ですが、多くの院生は両立させようと頑張っています。文系の大学院生の実情や、大学院で学ぶことの価値を、もっと多くの人に知ってもらいたいですね」

(田中 圭太郎 : ジャーナリスト・ライター)