日本には数多くの中小企業があるが、事業承継に悩む事業者も多い(撮影:今井康一)

中小企業経営者の間で課題になっているのが事業承継だ。2000年以降、経営者の高齢化が顕著に進み、いまやボリュームゾーンは60代。70歳を超えても一線に立ち続ける経営者は増え続けている。

事業承継の候補として自らの親族を挙げる経営者は多い。中小企業白書によると、「子どもや孫に引き継ぎたい」と考えている企業の割合は3割程度いる。一方で、経営者が70歳以上であっても「未定・わからない」とする企業も3割弱存在し、後継者の選定に苦労している様子がうかがえる。

後継者が決まらずに、その企業が廃業に追い込まれるケースもある。東京商工リサーチの調査によると、2022年の休廃業企業は4万9625件と、前年比11.8%増と大きく伸びた。コロナ関連の支援策が縮小し、経営の自立・自走が求められる中で企業が決断を迫られていると分析している。

M&Aとは違う、事業承継の新しい形

親族や従業員などに事業を引き継がない場合に選択されることが増えているのがM&Aによる事業売却だ。取引銀行や証券会社のほか、M&A仲介の専門会社が盛んに活動しており、その件数も増えている。

一方で、売却先によってはこれまで続けてきた方針が変わってしまうほか、大きな会社に吸収されてしまうといった悩みも多い。そうした中、企業経営をしたい優秀な若手と先にマッチングし、事業を引き継ぐ新しい方法が生まれつつある。

「M&Aで会社を手放してしまうと、30年間育てた会社が完全に自分の手から離れてしまうのではと思った。これからも会社の成長を遠目で見ていたいのに寂しい」

千葉県で建売住宅を建設・販売するフレスコの創業者、阿久津文和氏はそう語る。1993年に創業した会社は30年の間に年商が100億円を超えるまでに成長。従業員は170人程度に達した。一時は大手のフランチャイズ傘下に入ったこともあったが、数年で解消。自主経営を重視し地道に会社を成長させてきた自負がある。

阿久津氏は60歳を超えた頃から「いつまでも自分が経営し続けることはできない」と意識し始めた。本当は会社をもっと何倍にも大きくしたいが、自らの力だけで大規模な資金調達や買収といった思い切った成長戦略を実行することもできない。そんな悩みも抱えていた。

取引先の銀行などからM&Aの案件を提案されたことは幾度となくあった。ただ、自らが立ち上げた会社との関係が切れてしまうことを考えると、どうしても一歩踏み出すことができなかった。

経営者が出資を受けながら経営したい会社を買収

転機が訪れたのは、2022年6月。それまでつきあいのあった野村證券の担当者経由で「サーチファンド」という事業承継の形式を聞いた。

サーチファンドとは、経営者を目指す若手(サーチャー)が投資家の出資を得ながら自らが経営したい会社を探し、買収する仕組みだ。事業を受け渡す経営者にとっては、後継者と承継後の経営方針を事前に話し合ってから売却することができるというメリットがある。阿久津氏はこの仕組みを聞いた際に「これしかない」と直感した。

フレスコを引き継ぐことになったのは岡部祐太氏。10代のころからプロ経営者を志し、コンサルタント会社などで働いた後にサーチャーとしてサーチファンドの運営会社に登録した。登録会社の紹介でフレスコとマッチングした岡部氏は業界の構造やフレスコの置かれた状況を詳しく分析し、今後の経営方針について阿久津氏に説明。その精緻さに阿久津氏も驚いたという。

2023年2月には事業承継に関する契約を行い、岡部氏が社長に就任した。岡部氏が所属するJapan Search Fund Accelerator(JaSFA)などが出資する投資事業組合がフレスコの第三者割当増資を引き受ける形で出資した。阿久津氏も株式を持ち続け、会長として社内に残ることになった。

経営者として会社の全責任を引き受ける立場から解放され、阿久津氏にとっても新たな楽しみが見つかったという。これまで忙しくて十分に行くことができなかった建設現場を回ることができるようになり、作業する職人と深く議論できるようになった。「もともと私は職人上がり。現場改善のために働くことができるのはうれしい」と話す。


フレスコの阿久津文和会長(左)は岡部祐太氏(右)に社長職を譲った後、現場に顔を出す機会が増えたという(記者撮影)

飛び込みで承継先に40ページ超の提案書

サーチファンドという仕組みは経営者を目指す若手にとってもベンチャー起業とは違う「もう一つの方法」になっている。2023年1月に神奈川県を中心に訪問介護事業を展開するメディプラスの事業を承継し社長となった松本竜馬氏は「ゼロから事業を立ち上げるのではなく、すでにある企業を大きくする活動をしてみたかった」と語る。

松本氏の会社探しは独特だった。興味のあった在宅の医療介護領域で活動する会社を国会図書館などで調べ上げ、代表電話にアポなしで電話。当時の社長に事業承継したいと直談判したのだ。前職の三菱商事時代に培った企業投資の知識を生かし、40ページにも及ぶ提案書を持参した。ちょうど承継先を探していた前社長もその熱意に押されて話し合いがトントン拍子に進んだという。

周囲には、起業という形で経営者の道を目指す仲間も多かった。ただ、それではこれまで培った魅力ある事業の改善策を考えるノウハウがうまく生きない。そんな思いがサーチファンドという手段を選んだ理由だという。

市場自体には伸びしろのある訪問介護業界だが、小規模な事業者が乱立する状態には課題も感じるという。松本氏は「事業所ごとの横のつながりが薄く、暗黙知が暗黙知のままになっている。そうした社会課題を解決していきたい」と意気込む。


メディプラスの松本竜馬社長(右)は事業承継の申し出にあたり、アポなしで当時の社長に直談判した(記者撮影)

アメリカで立ち上がった仕組み

経営者となる候補者を先に探して、事業承継させるサーチファンドという仕組みは2000年代にアメリカで立ち上がり、2010年代後半から南米やヨーロッパで広がったとされる。ただ、日本では2020年代になってようやく始まった。前出のJaSFAなどの会社が金融機関と組み、サーチャーの登録や買収のためのSPC設立などを手がけている。

独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)によると、M&Aによる事業承継は2022年度に1681件に達した。一方、サーチファンドの仕組みによる事業承継は年間数件が限度なのが現状だ。サーチャーとなる人材には高いスキルが求められるほか、個々の事情に即した対応が必要で件数を増やすことが難しいからだ。

それでも、JaSFAの嶋津紀子社長は「今はまだ黎明期、成功例を増やしてよい循環を作りたい」と、事業承継の主流にはならなくてもユニークな仕組みとしての普及を目指すという。

JaSFAと組んで事業承継用のファンドに出資する野村リサーチ・アンド・アドバイザリーの茂木豊社長は「日本の社会課題にユニークに刺さるやり方。投資事業に関わる企業としていいビジネスに育ってほしい」と語る。

競争力のある中小企業を次代に残すためにも、多様な手段を広めることは今後必要になってくるだろう。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)