スバルはEV戦略の加速に舵を切り、経営資源を集中する。写真はスバルがトヨタとの共同開発で市場に投入したEVの「ソルテラ」(撮影:尾形文繁)

唐突感は、否めなかった。

SUBARU(スバル)は8月2日に開いた新経営体制説明会で、2030年に世界販売120万台以上を目指し、うち50%の60万台を電気自動車(EV)にする目標を発表した。同時に2027年にもアメリカでEVの生産を開始する計画も明らかにした。

従来はEVに加えてハイブリッド車(HV)も数に入れた電動化比率で同年に40%以上とする目標だった。また、5月11日の決算説明会では、2028年以降に国内のEVの年産能力を年間40万台にすると発表した一方、世界販売台数の7割近くを占める主戦場のアメリカでのEVの生産は全くの白紙としていた。

その際、大崎篤社長(当時は専務執行役員、6月下旬から現職)は、「当面は国内でしっかり生産体制を固めて、国内から輸出していくことを先に始める。その先にはアメリカでの生産も検討していくことになる」と強調。まずはマザー工場の日本でEV生産のノウハウを培い、その後にアメリカでの生産を考えるとしていた。

EV戦略を朝令暮改

それから3カ月もしないタイミングでの方針転換の理由について、大崎社長は「国内工場の再編計画も見えてきたし、群馬でのEVの新工場も着工した。アメリカでのEV化のスピードを勘案し、この段階でアメリカでの生産を判断する決断に至った」と説明した。

朝令暮改に映るが、スバルにとってEV戦略の加速も、アメリカでのEV生産も、必要性が高いことは間違いない。主に3つの事情からだ。

1つ目は、カリフォルニア州など複数の州が導入する新たな規制だ。自動車メーカーは、新車販売に占めるEVなど環境対応車(ZEV)の比率を2026年に35%、2030年に68%にすることを求められ、満たせなければ罰金を科せられる。

2つ目は、アメリカ環境保護庁(EPA)による新たな排ガス規制案で、自動車メーカーに二酸化炭素(CO2)の排出量の大幅削減を求めるもの。こちらも、自動車メーカーは対応できなければ罰金を科せられる恐れがある。EPAはこうした規制により、2032年に新車販売に占めるEV比率が67%になると見込む。

3つ目は昨年成立したインフレ抑制法(IRA)。北米で最終組み立てしたEVを対象に、電池などの調達基準をクリアしたEVのみ最大7500ドルの税額控除が受けられる。

車載用電池の調達にメド

ただし、これらは5月の説明会時点でも分かっていたことではある。当時、IRAの影響を懸念してアメリカでのEV生産をしないのかという質問に対してスバルは、当面は日本からの生産・輸出でも十分に戦っていけるという見方を示していた。

それが一転、アメリカでEVの生産を決めたのはなぜか。契機になったと考えられるのが、EVに使う車載用のリチウムイオン電池の調達にメドが付いたことだ。

スバルは7月31日、パナソニックホールディングス傘下の電池メーカーであるパナソニックエナジーと電池の供給契約を視野に、中長期的な協力体制の構築に向けた協議に入ったと発表している。

現状、スバルが市場に投入しているEVはまだ1車種。トヨタ自動車と共同開発したソルテラだけだが、こちらの電池調達はトヨタに頼っている。スバルはこれからEVの独自開発も本格的に進めていくとしている。トヨタだけに電池調達を依存していては間に合わないということだったのだろう。

トヨタ資本が入る、いわゆるトヨタ陣営では、マツダも6月21日、パナとEV向け電池の中長期的な供給契約に向けた検討に入ると発表したばかり。スバルとマツダは似たような事情にあるのかもしれない。

スバルの江森朋晃・専務執行役員は「(トヨタと)両社でバッテリーの技術の幅を広げていくべきではないかという話をする中で、それぞれ違うところを行く。最終的には両社の成長に返ってくる」と強調するが、これからは独自の電池調達に大きなコストと手間がかかってくる。


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スバルは2030年頃までに電動化関連に1.5兆円を投じ、うち約半分を電池関連に充てる計画だ。投資の回収効率を上げるためにも、また、単独での購買力を付けるうえでも、一定のスケールを出すことは大事になってくる。

こうした事情が2030年にEVの世界販売60万台の目標につながり、既に40万台の生産体制構築を発表している日本に加えてアメリカでのEV生産を決めた一因になったのかもしれない。もとよりIRA対応を考えればアメリカでのEV生産は待ったなしだった。

新計画の発表でも株価下落の歯止めにならず

もっとも新計画への株式市場の反応は手厳しいものだった。

スバルの株価は新計画と決算を発表した8月2日午後1時の2779円から直後に下降し、足下は2600円台半ばで推移する。

業績は悪くない。2024年3月期決算の第1四半期(2023年4〜6月)の営業利益は前年同期比2.3倍の844億円で、通期の営業利益計画3000億円に対する進捗率も28.1%だった。

ただ、期初想定より円安に振れていることから業績の強含みは市場も織り込み済みだったようで、むしろ上振れ幅が市場からの期待値に届かなかったことが今期、ここまで上昇基調で進んできた株価への冷や水となったとみられる。今回のEVに関する新計画の発表は、株価下落の歯止めにはならなかったようだ。

その理由として考えられるのは、新計画を実現するための具体策の乏しさだ。たとえば、EVの生産や販売の拡大を目指すうえでは、生産の効率化によるコスト抑制は欠かせない。

これについて技術畑出身でもある大崎社長はモノづくり革新に注力するとし、「開発日数、部品点数、生産工程を半減させ、世界最先端のモノづくりを成し遂げる。リレー式で進めてきた生産工程をアジャイルに進める」と説明する。


技術系の大崎社長。車載電池の調達や生産コストの削減などEVシフトを加速するための具体的な施策の提示が求められている(撮影:今井康一)

しかし、工程の効率化はEVに限らず、スバルを含む各自動車メーカーが長らく追求していることで、いわば一般論だ。

求められる具体的策の提示

東海東京調査センター・シニアアナリストの杉浦誠司氏は、「トヨタはそのためにギガキャスト(別々に造って繋ぎ合わせていた車体パーツを、1つの大きなアルミ部品として造ることで工程を大幅に減らす鋳造方法)をやると言っているのに対し、スバルからは工程をどう半減させるかといった具体的な話が全然なかった。全体的に今回のスバルの説明は中身がなく、付け焼き刃という印象だ」と首をかしげる。

スバルのPBR(株価純資産倍率)は0.9倍台前半で、解散価値とされる1倍を割り込む。EVへの対応への遅れや懸念が重石となり、市場評価は伸び悩んでいる。

今回、高々と掲げたEV関連の目標や計画を”絵に描いた餅”としないための方策を進めていくことはもちろん、その実現性について市場の理解や納得を得られるような中身のある説明をしていくことが求められる。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)