市川猿之助(写真:Pasya/アフロ)

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母親への自殺ほう助の疑いで逮捕された歌舞伎俳優・市川猿之助容疑者(47)の出演作品を一部のテレビ局が配信停止したという対応をめぐり、SNSや一部の著名人から「作品には罪がない」といった意見に類する否定的な声が上がっている。

これまでにも、テレビ局の「配信停止」は、出演者の不祥事が発覚するたびに議論を呼んできた。出演者が起こした事件と作品は関係ないのではないかという声が度々上がる中、なぜテレビ局はインターネットサービスでの配信を停止するのか。

J-CASTニュースは2023年7月5日、メディア論を専門にする上智大学文学部新聞学科教授の音好宏氏に詳しい話を聞いた。

NHKや民放で配信停止の動き

5月中旬に両親とともに自宅で倒れているのが見つかった猿之助容疑者は6月27日、母親の自殺を手助けしたとして自殺ほう助の疑いで警視庁に逮捕された。

NHKは翌28日、有料動画サービス「NHKオンデマンド」で配信している大河ドラマ「風林火山」「鎌倉殿の13人」など8作品の配信を停止すると発表した。いずれも猿之助容疑者が出演している作品だ。

逮捕後にインターネットサービスでの配信停止を決めたのはNHKだけではない。テレビ朝日も、有料動画サービス「TELASA」で配信していた猿之助容疑者の出演作の配信を停止した。同局で放送されたドラマの劇場版「緊急取調室 THE FINAL」の公開も延期している。

テレビ東京は、経済情報番組「カンブリア宮殿」で、22年7月に放送された猿之助容疑者の出演シーンを削除して、再度配信している。

こうしたテレビ局の対応をめぐり、SNSでは「作品には罪がない」などの声が相次いだ。劇作家の鴻上尚史さん、脚本家の三谷幸喜さん、人気ラッパーの呂布カルマさんなど一部の著名人からも「配信停止」に対して否定的な声が上がっている。

テレビ局の配信停止は、過去にも同様の事例がある。NHKは2020年9月、大麻取締法違反の疑いで当時逮捕された俳優・伊勢谷友介さんの出演作品の配信を停止したと一部メディアが報じた。NHKは2019年にも、麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたミュージシャンで俳優のピエール瀧さんの出演作品の配信を停止している。

「反対側の意見も一定程度あると認識した方がいいと思います」

出演者の不祥事と作品は関係ないのではないかという声が度々上がる中、なぜテレビ局は「配信停止」という対応を取るのか。上智大文学部教授の音好宏氏は7月5日、取材に対し、今回逮捕された猿之助容疑者の出演作品の配信停止には、そもそも以下のような前提があると予測する。

「『作品に罪はない』という意見がある一方、『猿之助容疑者は許せない』という意見もあると思います。両方の意見がNHKや民放に寄せられていると思います。だから、反対側の意見も一定程度あると認識した方がいいと思います」

NHKは国民の受信料で運営されているため、NHKに対する信頼を高めることが受信料の支払いに繋がる。そのため、寄せられる視聴者などの声をもとに配信停止を総合的に判断していると、音氏は見解を示す。民間放送は、視聴者から寄せられる声やスポンサーの反応、スポンサーに直接寄せられる声などをもとに総合的判断しているという。

猿之助容疑者の逮捕をめぐっては、NHKや民放は報道機関でもあるため、警察取材のなかで「逮捕される可能性もある」といった一定の方向性は見えていただろうと、音氏は推測。事件性がある問題については、NHKや民放は非常に慎重に扱っただろうと述べる。

(1)世の中の意見分布を把握したり、スポンサーに配慮したりする(2)出演者の不祥事に事件性がある――という点を踏まえて、放送事業者は自身を律する放送倫理基本綱領といった基準に照らし合わせて、慎重に判断せざるを得ないという。

配信停止の基準「非常に明確とは言いにくいところがある」

「配信停止」を慎重に判断することは、インターネットサービスを展開する上で非常に重要だと、音氏は説明する。誰でもネット空間にアクセスし情報を発信することができる時代に、既存の放送事業者が一定の倫理基準に基づいた情報を提供することは、ネットサービス上での価値を高めることに繋がるという。

「既存の放送事業者がネット上で発信するにしても、テレビ放送と同様の放送基準に基づいてサービスを提供することが、ブランド価値や信頼の維持・向上に繋がりますし、市場を一定程度キープしていくことに繋がるわけです」

音氏は、配信停止の基準について「非常に明確とは言いにくいところがある」とし「(放送事業者は)常に時代環境や時代状況を見据えながら判断せざるを得ないでしょう」と述べている。しかし、今後「作品に罪はない」という意見が主流になったと認識すれば、配信されることになるだろうとしている。

先述したように、放送事業者には、自らが定めた放送基準がある。音氏は「放送事業者を律する基準は厳しめに作ってあるんです。その基準に照らし合わせて、猿之助容疑者の出演作品の配信停止という判断をしたんでしょう。その判断自体が、今後変わっていくことは十分あり得ます」と見解を示した。