台湾企業との統合、そしてナスダック上場。驚きのスキームの舞台裏をメディアジーンの今田素子CEOに聞いた(記者撮影)

「DIGIDAY[日本版]」「Business Insider Japan」などのウェブメディア運営で知られるメディアジーンは、5月26日に台湾のメディア企業The News Lens(TNL)と経営統合。「TNLメディアジーン」となった。メディアジーンの既存株主はTNLメディアジーンの株主となり、メディアジーンはTNLメディアジーンの全額出資子会社となる。

日本と台湾の新興メディアの統合というだけでも、あまり前例のないメディア統合のニュースだが、上場計画も同時に発表した。6月6日、2024年第1四半期(1〜3月)をメドにナスダックに上場する特別買収目的会社(SPAC)であるBlue Ocean Acquisition Corp.(BOCN)と統合することで、一気にナスダック上場を果たす、という斬新なスキームだ。

メディアジーンを率いる今田素子CEOは1998年に同社を創業。過去には東証への株式上場も計画していたのだが、なぜこうした企業統合、そしてナスダック上場計画へと行き着いたのか。その狙いと今後のビジョンについて話を聞いた。

WSJ元編集長がSPACの会長

――どのようなきっかけで今回のスキームが生まれたのでしょうか。

イード社長の宮川洋さんの紹介でTNLのCEOであるジョイ・チャンと初めてオンラインで話をしたのは昨年10月のこと。ここがすべての始まりだ。

2013年に創業したTNLは、ニュースとライフ系のウェブメディアを多く運営する台湾の新興メディア企業。2022年に日本支社をつくって日本での事業展開を進めていくうえで、日本における提携先を探していたようだ。何か一緒にできないか、ということでいろいろな話をした。


SPAC「Blue Ocean Acquisition Corp.」の会長を務めるマーカス・ブロクリ氏。2008年撮影(写真:ブルームバーグ)

話をしていく中で感じたのは、同じ志を持っているな、ということ。TNLとメディアジーンは、企業のサイズがほぼ同じ。メディアやテクノロジーへの考えも非常に近い。出会ったときには、先方も単独での株式上場を目指していたし、メディアジーンとしても日本での上場を想定していたのだが、経営統合することでやれることが広がる、ということで話が盛り上がり、一気に進んだ。

――ちょうどよいSPACをよくみつけてきましたね。

今回、重要なのはSPACの会長、マーカス・ブロクリの存在だ。彼はウォール・ストリート・ジャーナルの編集長(2007〜2008年)、そしてワシントンポストの編集長(2008〜2012年)を務めたメディア界の大物。BOCNの株主であるノースベースメディア(NBM)がTNLの株主なので、このSPACと統合を行うアイデアがすぐに出てきた。

マーカスは名門新聞のデジタル化を率いた人物で、ウェブメディアへの造詣も深い。ご本人が「DIGIDAY」のファンとのことで話が早かった。マーカスが私たちのチームを信頼してくれたことでアメリカ上場の道が開けた。マーカスとの出会いがあったからこそのSPAC上場だ。

――メディアジーンは日本での上場を目指していたのですか。

2017年に1度、そしてコロナ前に1度、具体的に上場の話を進めていた。ところが、いろいろな事情があり、結果的に上場できなかった。そのときには残念に感じたが、いま考えてみると、上場をしなくてよかった。もし、メディアジーン単独で日本の株式市場に上場していたらどうなっていたか。事業領域が日本国内だけに限られており、成長戦略を描き切ることができない。株主の期待に応えることは難しかったかもしれない。

それに対して、TNLとの統合による上場では世界へと市場が広がる。日本と台湾を軸としながらも、東南アジアで事業発展をできることが大きい。フィリピン、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国は、政治的にも安定していて大きな経済成長を続けている。ミレニアル世代の中間層、富裕層が急増しているこれらの地域でメディアを展開していくことができれば、爆発的な成長を図ることが可能だ。

テクノロジー進化の恩恵も大きい。いま生成AI(人工知能)が大きなブームになっているが、言語の壁を超えることができるのもAIのすばらしいところだ。いま日台をつないでSlackでやり取りをしているが、自動翻訳機能を使っているので、スムーズにコミュニケーションができている。

今後、編集者の仕事の進め方は大きく変わっていく。そうした転換期に、こうした枠組みをつくることができたのは本当にラッキーとしか言いようがない。

単独で上場するプランもあった


今田素子(いまだ・もとこ)/出版業界で編集発行・海外版権交渉に関わったあと、1994年に「WIRED」日本版でビジネス・マネージャーを務める。1998年にメディアジーンを創業し、2015年にはインフォバーンを新設分割により設立。「Business Insider Japan」「ギズモード・ジャパン」など15のメディアブランドを運営。第1回WebグランプリWeb人部門受賞。2022年より経済同友会幹事を務める。2023年5月にTNLとメディアジーンの経営統合に伴い、TNLメディアジーンの取締役を兼務(記者撮影)

――メディアジーンと子会社インフォバーンの決算をみると赤字体質。経営的に苦しかったのでしょうか。

単独決算とグループ決算では異なっている。2018年2月期にはグループで赤字となったが、「Business Insider Japan」の立ち上げに伴い戦略的な投資を行ったため。2018年2月期以外はコロナ禍の影響を受けた時期を除き、基本的に黒字を維持している。

ただし、成長に限界が生じていたのは事実。2017年頃までは閲覧数の拡大に合わせて、広告収入が拡大していった。世界的にも新興ネットメディアは脚光を浴びていたが、その後、新興メディアの経営は軒並み厳しくなっていった。そうした中でも、当社が運営している全メディアが粗利ベースで黒字を維持している。経営的に苦しい、ということはなかった。

――であれば単独で上場をしたほうがよい、との声もあった?

ほとんどの人からアメリカでの上場は「うまくいくはずがない」「リスクが大きすぎる」と反対された。でも私の考えでは、日本で上場をすることも同じようにリスクが大きい。

ここ8年ほど、メディアジーンでは新卒採用に力を入れており、昨年は8人、今年は14人採用した。最近は比較的定着率も高く、みな本当に優秀。こうしたプロパー社員の活躍を見るにつけ、大きく活躍できるステージを用意することが自分の使命だと感じていた。今回のスキームによって成長のイメージを示すことができたと思う。

上場はゴールではない

――合併によって社員を減らす、もしくは媒体数を統合する、などの計画はありますか。

両者合わせて約550人の社員がいるのだが、人を減らすこともメディアを減らすことも考えていない。例えばTNLには「愛料理」というレシピサイトがあるので、メディアジーンでも日本向けにレシピサイトを展開するというようなこともあるかもしれない。日本と台湾を結ぶ新しいメディアを立ち上げるアイデアもある。


TNLとメディアジーンの持つメディアブランド群(出所:プレスリリースより)

ナスダックへの上場はゴールではない。そこから発展をするためのスタートラインだと考えているので、M&Aによる成長も積極的に進めていきたい。

日本のベンチャー企業の上場ストーリーを見ると、上場がゴールになってスケールに苦心する例もあり、必ずしも若い人たちに大きな希望を与えているとはいえない。とくに女性起業家が大きな資金を得て発展を遂げている例が少ない。日本において女性起業家にお金が回っていない状況にも課題感を持っている。若い経営者、とくに女性経営者にさまざまな選択肢があるということを示し、勇気を与えることができれば本望だ。

――1998年の起業から今までを振り返って、今をどのように評価していますか。

私はこれまでずっと、メディアのことを人々、とくに若い人たちに大きな影響を与える存在だと思ってきた。そして、よいメディアは、人々の生活を豊かにできる存在だと信じている。そのためにも、コンテンツをつくるパブリッシャーのみなさんがしっかりと利益を上げて成長していく仕組みを作りたい、と思い続けてきた。

でも、ここまでにやれたことはわずか。アメリカのブランドのライセンシーとして運営していくスタイルで一定の役割は果たせたと思うが、世界へ打って出るためにはどうしたらいいか、ということをずっと考え続けてきた。今回、そのための道がようやく開けたという気持ち。本当にワクワクしている。

(山田 俊浩 : 東洋経済 記者)